第230話 上司の威圧

 冒険者として忙しい日々が続き、体が疲れておりました。

 私は二十年間勤めて、初めて寝坊をしてしまいました。


 アラームがなっていたのに気づかなくて、ミズモチさんが起こしてくれなければ、気づくことができませんでした。


「ありがとうございます! ミズモチさん」


《ガンバッテ〜》


 一時間ほど遅刻して、会社へとやってきた私を出迎えたのは、上司でした。

 私の仕事は多岐に渡ります。

 海外から輸入した商品を取引先に届ける物流関係の仲介をしているのですが、普段は事務仕事と取引先とのやり取りを主に行なっています。


 また上司は、普段は取引先に行くと言って会社にはきません。

 それが本当はサボっているだけだとわかっていても会社が黙認していることを私がどうこう言うことではないと思っています。

 

 目の前には嫌らしい笑みを浮かべ、フサフサの髪の毛を掻き上げ、蓄えた脂肪が揺れる上司が立っています。

 痩せて中肉中背、髪の毛が薄かった私とは正反対の見た目をされています。


 今では頭を剃って、冒険者になったことで鍛えられた我が身です。

 一部に目が行きますが、決して羨ましくはありません。


「あ〜べ〜」

「はい」

「何時だと思っているんだ! こんなに遅れてくるなんて、信じられないぞ!お前は何様のつもりだ!」

「す、すみません、課長。アラームを聞き逃してしまって…」

「アラームを聞き逃すなんて、いい加減な管理だな! お前は他のメンバーと比べても優遇されていると思っているのか! 遅刻をして他の人に迷惑をかけるなど、許せんな!」


 相変わらず理不尽な物言いですね。

 ご自分は、普段は出社もしてこないと言うのに、課長が仕事をしないので、私が全ての仕事を肩代わりしていると言うのに。


「それだけでは済まされないぞ。遅刻の理由をちゃんと説明しろ」

「実は、昨晩遅くまで仕事をしていたので、疲れてしまって……」


 連日の仕事と冒険者で疲れてしまいました。

 それで会社に迷惑をかけるのは、私も違うと思うので反省します。


「疲れているなら休めばいいだろう!他のメンバーだって疲れているのに、遅刻なんて許されるわけがない!」

「本当にすみません。今後はもっと早く起きて、時間をしっかり管理します」


 初めての遅刻で、確かにカオリさんや三島さんに迷惑をかけたことを反省しています。


「反省だけでは済まされないぞ。お前が寝坊したせいで、先方が怒っているからな! 頭を下げてこい!」

「えっ? 先方が怒っているのですか?」

「そうだ。取引先に行ってこい!」


 私は追い出されるように取引先に向かいます。


 カオリさんから取引先が、どこなのかメッセージが届きました。

 それは一件だけでなく、数件もあり、一日中歩き回ることになりました。

 

 どうやら課長が発注ミスをしたようで、尻拭いをしなくてはいけなかったのを押し付けられたようです。


 深々と溜息を吐きます。

 どうやらタイミングが悪かったようです。


 内心で怒りを抑えながら、上司への嫌悪に対して黙って耐えることにしました。

 初めての遅刻ですが、責められることをした私が悪いです。


 上司がしでかしたミスの尻拭いをするために、何度も頭を下げました。

 私の頭で相手の気持ちを収めてくれるのであれば、良いのですが。

 

「お帰りなさい」


 17時になって、やっと事務所に帰ってくることができました。

 事務仕事がほとんど何もできていません。


「経理の方は終わらせておきました。それと、事務関係で出来るところは三島さんがやってくれました」

「あっ、ありがとうございます」


 クソ上司とは違って、本当に困った時は頼りになります!

 お礼を兼ねて、謝罪のために買ってきていた菓子折りを二人に渡しました。


「えっ? いいんですか?」

「ええ、多く買っちゃいましたので。三島さんもどうぞ」

「ありがとうね。まぁ困ったことがあったら言いなさい」


 私はお茶を入れて、自分しかできない書類の整理を始めました。


「ヒデオさん」

「はい?」


 三島さんが帰宅されて、二人きりになったところでカオリさんに声をかけられました。


「どうして、会社を辞めないんですか?」

「えっ!? いきなりどうされたのですか?」


 カオリさんからの突然の質問に驚いてしまいます。


「いえ、今日の課長は最低でした。いつも最低だと思っていましたが、今回ほど理不尽な話はないと思ったんです。ヒデオさんは仕事ができます。それこそ課長よりも。なのに自分よりも仕事ができない人に偉そうにされて、会社が嫌にならないのですか?」


 私が課長よりも仕事ができるのかはわかりません。


「あ〜そうですね。確かに上司は嫌な人です。決して褒められた人ではありません」

「でしたら、それに最近は冒険者としても上手く行っているでしょ?」

「冒険者が上手くいってるのかは疑問ですが、危険な仕事です」

「それはそうですね」


 冒険者一本で一生食べていけると私はどうしても思えません。

 

「ですから、会社には勤めていたいと思っています」

「はい」

「まだ若い頃に、どこにも就職できなくて、困っている時に社長がうちに来たらいいと言ってくださいました」

「社長にですか?」

「はい。まだまだ小さな会社だった頃です。今では営業部などの他の部署ができましたが、私が勤め出した時は全ての仕事をしないといけなかったんです」


 私は昔を思い出して懐かしくなります。

 いつの間にか、会社が大きくなるにつれて、課長のような人も出てきました。


「ヒデオさんはどうして、そんなにも色々なことができるのに」

「あ〜それは私が出世などに興味が無く、また上司が私の出世を阻んでいるからなんですね」

「それをわかっていて」

「今まではそれを考える余裕もなかったので」


 冒険者をする前は、そんなことを考える余裕もありませんでした。

 こうしてカオリさんに質問されて、仕事について考える時が来たのかもしれませんね。

 

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