第119話 バレンタイン 後編

ユイさんに頭を撫でられてしまいました。

なんだか誰かに頭を撫でられるというのは、気恥ずかしさと嬉しさがあるものですね。


とにかく、ミズモチさんが待っているので家に帰りましょう。


そう思って冒険者ギルドを出たところで、ハルカさんに会いました。


「あっ、ヒデオさん待っとったで」

「待っていた?私をですか?」

「そうや。今日は事情聴取に来るってユイに聞いてたから」


ハルカさんとユイさんは名前呼びをするほどいつの間に仲良くなったのでしょうか?ですが、どうして私が来ることを聞いて待っていてくれたのでしょう?最近のハルカさんは忙しくてあまり冒険者ギルドで見かけることもないのです。


「はいこれ」


そう言ってハルカさんが渡してくれたのは、お肉でした。


「お肉?」

「そや、みんなからチョコはもらってるやろ?だから、これはミズモチさんと一緒に食べて」

「うわ〜これは嬉しいですね。チョコも嬉しいですが、ミズモチさんのことまで考えて頂きありがとうございます!」

「ミズモチさんにも、たくさん助けてもらっているからええよ。それと、これはヒデオさんに」


そう言って、小さな包み紙を渡してくれました。


「これは?」

「チョコや。いっぱい貰っているやろうけど。1個ぐらい小さいやつがあってもええやろ?」


ハルカさんは優しいですね。ミズモチさんのことも考えてくれただけでなく、私にも義理チョコを渡してくれるんですから。


「ありがとうございます。嬉しいです」

「別にええよ。それじゃね」

「はい。ハルカさんも忙しくて大変そうですけど。お身体ご無理はなさらないでくださいね」

「ありがと。気をつけるわ」

「はい」


ハルカさんと別れて、自宅へとたどり着きました。


「ミズモチさん、本日はハルカさんからお肉を頂きましたよ。それにデザートにチョコもあります。あとで一緒に食べましょうね」


【進化ミズモチさん】『ニク〜チョコ〜』


「食事をしたらご近所ダンジョンさんにも行ましょう。入口だけでも、ミズモチさんの魔力を回復しておかないと週末までは不安ですからね」


【進化ミズモチさん】『ヒデ〜ゴハン〜』


ハルカさんに頂いたお肉を焼いて、ご飯を済ませた私たちは、ご近所ダンジョンさんへと向かいました。


「本日は、お礼に参りました。白金さんがいてくれたおかげで、スノーベアーのダンジョンで何度も命を救われました。それに、シズカさんを助けるためにも助けて頂きました。ボス部屋にいくのは危険で怖いので、本日は入口でお供えをしておきます」


前回に節分の恵方巻きを食べてくれたので、本日はチョコケーキを買ってきました。ハルカさんと別れた後にコンビニで売っていたホールケーキです。


白鬼乙女さんが、喜んでくれると嬉しいですね。


「さぁミズモチさん。今日は帰りますよ」


【進化ミズモチさん】『は〜い』


少しだけご近所ダンジョンさんに滞在していましたが、本日は白鬼乙女さんは現れませんでした。


ですが、帰りのスーパーカブさんに乗ろうとしてポケットに手を入れると、何やら見知らぬ感触がありました。


「薬?」


黒くて丸いお薬のような物がポケットに入っていました。

いつの間に入っていたのかわかりません。

ダンジョンに来る前にはありませんでした。

白鬼乙女さんがくれたのでしょうか?


まだ、お話をすることはできませんが、いつか言葉がわかるようになったら話してみたいですね。


「ふぅ、最近は少しだけ暖かくなったかと思っていたのですが、やっぱり夜は冷えますね」


スーパーカブを止めて、家の前に来たところで人影に気づきました。


「あれ?シズカさん?」

「おかえりなさい。ヒデオさん」


白いコートを着ているのに、いつもは白い頬と鼻が赤くなっています。


「待たせてしまったのですね。すみません」

「いいえ。私が勝手に待っていたので」

「よかったら温まって行ってください」


私はシズカさんを家へと招き入れました。

すぐに帰ってくるつもりだったので、エアコンをつけて行ってよかったです。


「すぐに電気をつけますね」


玄関の閉まる音がして、ミズモチさんを下ろしたところで、シズカさんが後ろから抱きついてこられました。


「シズカさん?」


まだ、電気をつけていないので何も見えません。


「またです」

「えっ?」

「また命を救われてしまいました」

「それは、偶然で」

「偶然じゃありません!」


シズカさんにしては珍しく感情的に声が震えているように感じます。


「ゴブリンの時、ヒデオさんは私たちを守るために犠牲になろうとしてくれました。今回も、ヒデオさんが私を助けるためにロープウェイに乗ると言ってくれたと、ユウ君に聞きました。A級の魔物が出て危険なことがわかっていて、私が生きているのかもわからないのに!」


シズカさんの抱きつく力が強くなります。


「私はどうやって恩を返せばいいのかわからないぐらい、大きな恩を受けました」


どうしたものか……ふと、元さんの言葉が私の脳裏に浮かんできました。


「恩などと思わないでください。年上は年下へ」

「えっ?」

「私の尊敬する人の言葉です。私がしたことはシズカさんがいつか年下の後輩に返してあげてください。それに、私にとってあなたは大切な人です」

「私が大切な人?」


私は、そっと抱きしめられた手を掴んで正面に向き合いました。


「はい。シズカさんが死んだなんて思いたくありませんでした。冒険者になって、右も左もわからない私にユイさんとシズカさんが冒険者について色々と教えてくれました。シズカさんから届くメッセージが私を育ててくれたんです。恩を感じているのは私の方です。孤独な私にあなたが光をくれたのですから」


私はそっとシズカさんの頭を撫でました。


ですが、そんな私の行為よりもシズカさんは少しだけ強引に私の胸へと飛び込んできました!


「嬉しいです。まだ、子供として見られているのはわかっちゃいましたけど」


抱きつかれた勢いで、倒れた私の上で月明かりに照らされたシズカさんの顔は妖しく笑っているように見えました。


「でも、今日は女の子が大胆になる日なんですよ」


そう言って覆い被さったシズカさんは私にキスをしました。


強引で、甘い香りのするキスを……


「今日はこれで許してあげます」


そう言ってシズカさんは私から離れて、家を飛び出して行かれました。


私は動悸がして、しばらく動けなくなりました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る