第80話 いつもの光景
私、一人暮らしが長いもので、ずっと外食が多かったんです。東京では赤羽とかにもよく出没しておりました。
お酒は好きなんですが、たばこは全然ダメです。
吸うと咽せてしまうんですよね。
ミズモチさんが来てからは、会社近くのおでん屋さんには行く程度です。そちらの方にはすっかり行く機会がなくなってしまいました。
本日はたまたまクソ上司殿から、相手先へ書類を持って行ってほしいと頼まれて、こちらに来る用事ができました。
今時、紙媒体で渡すって、どこまでアナログなのでしょうね。しかもバイク便とかを使うのはもったいないから、私に行けと言うのです。あの上司殿だけは本当に……
まぁいいです。
本日は、ミズモチさんにも遅くなることは伝えてありますので、昔よく行っていた小料理屋さんに入りました。
女将さんが面白いオバチャンで、値段が安いのに美味しかったのを覚えています。
「いらっしゃい」
「えっ?」
「あら?お客さん、初めて?」
「いえ、昔は良く来てたんですけど、久しぶりで」
「ああ、昔のお客さんですか。ごめんなさいね。
母さんが倒れて私が引き継いだの。ミヤコっていいます。よかったら食べて行ってください」
着物に割烹着スタイルはキープされていました。
昔ながらの雰囲気が残っていてホッとするのと、女将さんが、若女将さんに変わってしまってしかも美人になると緊張しますね。
年齢は30代後半〜40代前半かな?同年代と言ったところでしょうか?
「それでは失礼します」
「はい。いらっしゃいませ」
お店の中は時間が早かったので、お客さんが誰もいません。L字カウンターの一番奥に座って、店内を見ながら飲むのが定位置でした。
「何飲まれますか?」
「それではビールを」
「はいよ」
黒髪ロングを、
旦那さんが羨ましくなるほどの綺麗な若女将です。
ミヤコさんは、また目の保養にきてもいいですね。
「はい。お待ちどう様です。何にしますか?」
テーブルに並べられた煮物や大きな出汁巻き卵。
どれも美味しそうで、摘まみながら飲むのが最高ですよね。
「それでは高野豆腐と卵を、それと煮魚を頂けますか?」
「はいよ。これお通しです」
そう言って出されたのは、よく煮込まれた豚の角煮と大根の煮物です。
味が染み込んでいて、口の中に入れた瞬間に上手い!!!ビールが口の中をサッパリと、クリアにしてくれて最高です。
「お客さんはあんまり見ない顔ですね。この辺じゃないんですか?」
「あっ、はい。今日はたまたま仕事でこちらに来たので、早めの夕食です」
「そうですか。この時間にお客さんが入ってくるのは珍しいので」
上品に笑う姿はとてもいいですね。
冒険者を始めてから、若い女性と話す機会が増えました。ですので、同年代ぐらいの女性と話すのは久しぶりなので、新鮮ですね。
「ご迷惑でしたか?」
「そんなことないですよ。でも、珍しいなって、もしかしてですけど冒険者さんですか?」
「えっ?どうしてそう思ったんですか?」
「前にね。冒険者さんのお客さんが来たことあるんです。雰囲気がなんとなくですよ」
なるほど、それほどまでに冒険者という職業も当たり前になりつつあるんですね。
会社に行って、給料をもらって日々を生きていた。
いつもの光景はどこかで変わってしまっていたんですね。
「私は冒険者に見えますか?」
「いいえ。どちらかというと凄く元気そうなサラリーマンさんやなぁ~ぐらいです」
「ふふ、合っていますよ。私はしがないサラリーマンです。副業で少しだけ冒険者をしていますが、週末だけなので本業の方々に比べれば大したことはありません」
「副業で?それはそれで大変じゃないですか?」
こういう店の女将さんはやっぱり聞き上手ですね。
ついつい話をしたくなっちゃいます。
「ええ、ですが相棒のスライムさんがとても愛らしくて、楽しくやっています」
「スライム?あの、ゲームとかに出てくる魔物ですか?」
「そうです。あのゲームとかに出てくるやつです」
「私らのときは、テレビゲームが流行りましたよね。
私も兄がいて、ゲームしているの見てました」
「そうですね。テレビゲームにマンガ、最近は読むことも少なくなりましたが、どれもワクワクしましたね」
やっぱり同年代と話すって、共通の話題があるのでいいですね。
「ダンジョンが出来てから、この辺も結構変わったんですよ。まぁ飲んだくれは変わりませんけどね。ふふ」
赤い顔して、外を歩くオジ様たち……赤羽という街は、古き良き場所と言えばいいのか、いつの時代も時が止まっているようで雰囲気が好きです。
「はい。タマゴと高野豆腐、それに酢の物はサービスです」
「おお!美味しそうですね。頂きます」
「ママ~きたよ~」
「は~い。いらっしゃいませ」
酔ったお客様が入ってこられて、賑やかになって参りました。雰囲気と食事を楽しみながら、久しぶりの一人酒を楽しみます。
「すみません、お会計を」
「は~い」
煮魚もとても美味しかったです。
最近は、肉食が多かったので、こういう和食は久しぶりですね。
「おいおい!我、誰にもの言うとんじゃ」
「お前じゃお前!」
「もうやめなさい!」
あらら、お酒の席とは言え、揉め事はよくありませんね。女将さんが止めていますが、大の大人が一行に引き下がる様子がありません。
きっと、少し前の私だったら恐いと感じていたんでしょうね。恐怖耐性様々でしょうか?毒耐性のおかげでお酒に酔うこともないので、私は二人の男性の肩に手を置きました。
「まぁまぁ、酒の席は楽しく飲むものです。女将さんも困っていますし、落ち着きましょう」
「なんじゃわ、うっ」
「ほうじゃおま、うっ」
私は少しだけ二人の肩に置いた手に力を込めます。
「私、冒険者なんです。少しぐらいなら相手が出来ると思いますけど」
「いっ、いい、もういい。女将会計してくれ」
「ほうじゃ。会計頼む」
二人は冷静になってくれた様子で、女将さんにお金を払って出て行かれました。
「あっ、あの」
「ミヤコさん。ご飯美味しかったです。こちらにお会計を置きますね」
「ありがとうございました」
「いえいえ、楽しく飲む場所ですから」
私は彼らが暴れる前に収めることが出来て、本当によかったです。
たまにはお酒を飲みに行くのもいいですね。
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