第25話 一条の過去③

 それから、一条は意外なほど素直に話をしてくれた。

 いつ、どこで、誰に、どのようないじめを受けていたのか。


(やっぱり赤間か……)


 あの不自然な詫びは、嘘告に対してのことだったらしい。

 そして何より怖いのは、赤間たちの陰湿さだ。

 佐々木は一条から話を聞くまで、クラス内でいじめが起こっていることも知らなかった。それなりに顔が広いのに噂や陰口さえ聞いたことがない。


(いじめることに慣れてる……? それとも——)


 なんとかしたいと言った以上、佐々木に逃げることは許されない。

 だがまず何よりも、はっきりと佐々木は伝えた。


「一条、話してくれてありがとう……怖かっただろ? ほんとによく頑張ってくれたって思ってる……そうだな……最初に言っておくと……」


 佐々木を一度言葉を区切って、誠意を込める。


「俺はどんなときでも、絶対に一条の味方だ!」

「……っ……ありがとう……」


 涙ぐんだ言葉が佐々木の耳に届く。

 話を聞いた佐々木が一条から感じたのは、強い孤独感だった。

 ある日突然、訳も分からずクラスメイトに裏切られて、相談もできなかったのだから、どんどん塞ぎ込んでいって当然。

 佐々木の言葉を素直に受け入れてくれたのは、まだ幸運だったと言える。


「無難な解決策を言うなら、親とか学校に相談する、だな」


 いじめ問題の解決を図る主体は学校。

 相談する際にいじめの内容を文章化し、担任教師だけでなく、学校長宛てにも送付しておけば報告がストップするのを未然に防ぐこともできる。

  

「……ごめん、それはちょっと……」


 だが、一条は難色を示した。

 これは、いじめを経験した人にしか分からないジレンマだ。

 いじめを相談すれば、教師や大人はいじめっ子達を注意する。いじめっ子がそれで反省して、いじめをやめるならそれで問題はない。だが実際問題、そうならないケースが存在し、教師や大人に説教された腹いせとして更にいじめがエスカレートする可能性もある。

 このような状況に陥れば、子供は二度と教師や大人に相談しなくなる。

 相談したところで解決しないのであれば、それどろか、いじめがエスカレートするのであれば、相談するだけ無駄と考えるのは当然だ。


「そっか……」

「ごめんね……相談にのってもらってるくせに我儘言って……」

「気にすんなって。言っただろ? 俺は一条の味方だ。だから遠慮する必要なんてどこにもねぇんだ」

「う、うん……ありがとう……」


 一条がこちらの言葉をどこまで信じてくれているのか、佐々木には分からない。

 だが、言わないよりはマシだろう。


「それに、俺も学校に相談するのは微妙かなって思ってたし……」

「そうなの?」

「ああ。もっと根本的に——」

「? 佐々木くん? どうかした……?」


 佐々木の言葉が急に途絶えて、一条の困惑がスマホ越しに伝わってきた。


「悪いんだけどさ一条……この続きは明日直接会って話さねえ?」

「どうして?」

「誤解を防ぐため。よくあるだろ? メッセージだけとか、電話だけとかだと誤解が生まれるって」

「そうだけど……ううん、分かった。佐々木くんの言う通りにする」

「わりぃ、ありがと。じゃあ、明日の昼休みに屋上で待ってるから」

「うん……忘れずに行く……」

「じゃあまた明日。おやすみ」

「お、おやすみ……」


 どちらからともなく電話を切って、佐々木はベッドの上で伸びをした。


「んん……っ、俺も頑張んねぇとな!」


 明日に持ち越した話題。

 もしそれを一条が受け入れくれるなら、受験に加えてさらにやることが増えることになる。

 忙しくなるだろうが、首を突っ込んだのは自分だ。

 責任も持ってやり切るしかない。


(莉央さんに勉強の機会減らしてって言ったら怒れるかな……)


 いや、今考えても仕方がないことか。

 そもそも一条が受け入れてくれるかも分からない。


(つか、莉央さんから課題渡されてたな……)


 ベッドから飛び起きて机を確認すれば、松村から明後日までにやっておくように言われたプリントがあった。


(ま、どっちもやるしかねぇよな!)


 気持ちを新たに、佐々木はペンを持って課題のプリントと向き合う。

 そうだ。

 一条の問題も、自分の受験も、どっちもこなしてみせる。




 ◇◆◇◆




 ——翌日。

 一条は佐々木に言われた通り、昼休みに屋上を訪れた。

 少し錆びついた扉を開けて見渡してみれば、その場には人っこ一人いない。


(あれ……? いないのかな……)


 一条は何気なく、周りを囲んでいるフェンスまで近づき、下に広がるグラウンドを眺める。


(佐々木くん、先に教室出てたんだけどな……)


 何か用事ができたのか……そう考えた時。


「一条こっちー!」


 後ろから声を掛けられて、一条が振り向く。

 声主は屋上の出入り口の扉がある塔屋の上にいた。


「佐々木くんっ!? そんなとこにいたら危ないよ!」

「大丈夫! 慣れてるし!」

「慣れてるって……そもそもどうやって登ったの? そこって梯子はしごがないと登れないよね?」


 周りを見ても、梯子は見当たらない。


「んなもんなくたって、よじ登ればいいだろ?」

「よじ……のぼる……?」


 信じられない、といった顔で佐々木を見つめる一条。

 塔屋はパッと見でも二メートル以上はある。誰も彼もがよじ登れる高さではない。


「そう。でも俺運動音痴でさ、高校に入学したばっかの時、ここ全然登れなかったんなだよね。でもどうしても登りたくて頑張った」

「なんで登りたかったの?」

「これ」


 佐々木が掲げて見せたのは、一冊の漫画。

 次にライトノベル。

 そして最後に折りたたみ式の椅子だ。


「ここを俺と田中の秘密基地にしたかったんだよ。でも当時は田中は登れて俺は登れなくて……だから登れるように頑張ったんだ」

「………」


 どこから突っ込んでいいか分からず、結果的に絶句してしまう一条。


「い、傷まないの……本……」

「置きっぱにしてんのはイスだけだから問題なし。雨除けも被せてあるし」


 そう言って佐々木は塔屋の上から飛び降りた。


「何が言いたのかって言うとさ……俺的には、理想ってものが大事だと思うんだよね」

「理想……?」

「いじめが解決したその先のこと」

「ごめん……よく理解できないんだけど……」


 一条が困惑したように首を傾げる。


「そうだよな、ちゃんと順を追って話そう」


 佐々木が話を切り替えるように咳払いをする。


「昨日の電話で、学校にいじめを相談するのは俺も微妙に思うって言ったの覚えてる?」

「うん、覚えてる……」

「なんでそう思ったかっていうと、学校に相談にしてもその場しのぎの解決にしかならないって考えたからだ。よくあるのが教師が加害者に謝罪させる行為だ。これは日本の学校教育ではよくあることなんだけど、根本的な解決には至らない」


 通り一遍の上部だけの解決をしようとすると、短期的にいじめは解決するが、長期的に見るといじめが再発する可能性がある。


「例えば、今すぐ俺がいじめを解決したとしよう。けど一度あれば二度目もあるかもしれない。いじめが再発して、もしそれが高校を卒業した後で、俺が近くにいなかったら……一条はなんとかできる?」

「でき……ないと思う……今でさえこんなだし……」


「だからもっと根本的な解決をする必要があるんだ。一条、酷いことを聞くけどさ……自分がなんでいじめを受けると思う?」

「性格が、暗い……あと太ってるから……とか……?」

「それって赤間達に言われたこと?」

「うん……会うとほぼ毎回言われる……」

「じゃあそれだ」


 一条を目を真っ直ぐ見つめる佐々木の目。

 その目は一瞬だけ迷うように揺れて……悩んだ末に佐々木は意を決した。


「ごめん一条。俺はこれからお前に酷いことを言う。でもそれは紛れもない事実で……そこから目を離していたら、多分一条はずっとそのまんまだ」


 そう前置きして——


「一条は肥満体型だ。性格も温厚って言えば聞こえはいいけど、実際はクラスで孤立気味なぐらいには内向的だ」


 言葉を選んでくれたのは一条も理解できた。

 それでもその内容は心の傷を抉るもの。

 けど何故か……一条は自分でも意外なほど、佐々木の言葉を受け入れることができた。

 それはおそらく、その言葉の根底には優しさがあったからだ。

 普段の佐々木はこんなこと絶対に言わない。

 そんなことぐらい、一条だって理解していた。


「私は大丈夫だよ。だから教えて? 私はどうしたらいい?」




あとがき

 いまさら気付きました。二章とんでもなく長くなるかもしれません……

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