第33話 仮面? いえ、兜舞踏会です!
何かがおかしい。
夜会に出たことのない私でも違和感を感じるほどに、おかしな事態になっている。
「ガイゼル様」
「何だよ、ディア」
「今日は仮面舞踏会ですか? それとも
「……知るか」
庭園でアーノルト殿下に会った時、何となく嫌な予感はしたのだ。今このタイミングで兜を新調するなんて。
(リアナ様とキスするつもりがなかったわけじゃなくて、兜舞踏会に参加するために新調したの……?)
夜会会場を見渡してみると、大半の招待客は目元だけを隠すような仮面を付けているのだが、その中にチラホラと兜を被った人が紛れている。聞けば、殿下の兜姿が異様に映らぬように、何名かの貴族がわざと殿下に合わせて自ら兜を被っているらしい。
「何だか、力が抜けちゃいました。すっごく緊張してたのに馬鹿みたい」
「そうだな。殿下のお命が今日にかかっていると思うと頭がおかしくなりそうだったんだが、この光景を見たら俺も気が抜けたよ……」
アーノルト殿下の呪いが解けない限り息をついている暇はないのだが、変に力ばかり入れていても仕方がない。おかしな兜舞踏会のおかげで、私は少し落ち着きを取り戻した。
「アーノルト王太子殿下がいらっしゃいました!」
広間の入口で、殿下の名前が呼ばれる。
扉が開いて殿下が姿を現すと、会場中から拍手が起こった。
イングリス王家の正装に身を包み、
アーノルト殿下の二十歳のお誕生日。
呪いのことさえなければ、殿下の成人を祝うおめでたい日だ。きっと今日の夜会の終わりに、殿下とリアナ様の婚約発表が行われるだろう。
(リアナ様とキスをするとしたら、婚約発表のタイミングかしら)
会場に入ったアーノルト殿下の元に、ヘイズ侯爵と仮面を付けたリアナ様が近付く。しばらく三人で話をしている様子だったが、ダンスが始まると殿下とリアナ様は手を取り合ってフロアの中央に進み出た。
演奏に合わせて踊る二人の姿に、会場中の招待客が見惚れている。リアナ様のドレスがダンスの動きに合わせて揺れると、まるで魔法にでもかけられたような不思議な気持ちになった。
「ディアも踊ってみるか?」
「ガイゼル様、私にダンスなんてできると思います?」
「聖女候補生の時に、貴族のマナーも勉強したんじゃなかったっけ?」
「……それはそうなんですけど」
ガイゼル様は無理矢理私の腕を引いてフロアに連れ出した。下手なダンスを見られたくなかったのだが、ここまで来ては仕方がない。何とかガイゼル様の足を踏まないように必死で踊っているうちに、私たちはいつのまにか殿下とリアナ様のすぐ近くまで来ていた。
(リアナ様も緊張しているのかしら。近くで見ると、何だかいつもより動きが固いような気がする)
リアナ様を見ているうちにアーノルト殿下と目が合ってしまったが、つい視線を反らしてしまう。
お二人のことは遠目から眺めるだけで良かったのだ。こんな近くで、もし私の目の前で殿下がリアナ様にキスをしたら? そう考えると胸が息苦しくなり、私はついダンスの足を止めた。
「ガイゼル様、もう私ダンスは……」
「……」
「ガイゼル様! 聞いてます?」
「……あ、ああ。ダンスをやめたいって?」
なぜだか上の空になっているガイゼル様は、ダンスをやめてフロアの端に掃けた途端にフラッとどこかに行ってしまった。
(何よ……私のダンスが下手だったから、ガイゼル様のご機嫌を損ねちゃったのかな)
怪我が治ったばかりの体で動いたからか、私の方もすっかり息が上がってしまっている。フロアではまだまだダンスが続きそうだ。婚約発表は夜会の終わりに行われるだろうから、今のうちに少し休んでおきたい。
そう思った私は、夜会会場を出て控室へ向かうことにした。
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