ジビエ料理

「綾さん、巧さんとの事ってどのくらいの方が知っていらっしゃるのですか?」

菜穂子は綾に尋ねた。

「どうかなー、何となく気が付いている人もいるかもしれないけど、正式にはあなた方二人と、大嶋君と大門さんだけ。」

「そうなんですか? マークさんは?」

「マークはどうなのかしら。これだけ近くにいるからわかっているのかもしれないけど、何もそれらしきこと言わないのよね。ちょっと鈍感なところもあるからわからないわ。」

「そうなのですね。マークは綾さん愛が凄いから巧さんの為らも伝えたのかと思いました。」

「なんとなく伝えそびれているけど、別にこのままでいいんじゃない?」

「フフフ、綾さんとマークの掛け合いおもしろいからこのままがいいかもしれませんね。」

「巧がね、ものすごく大門さんのことを気にかけているから今回仕事をするにあたって仕方ないから話したのよ、大嶋君と大門さんに。」

「なるほど。それでこの後、どうなさるのですか?」

「どうって?」

「結婚とか・・・」

「結婚ねー。巧はきっとしたいんだろうなー。でもね、一応巧は弟でしょ、血のつながりはないにしても。それと仕事をしていく上では結婚していない方がなにかといいのよね。もう少し巧にはハラハラしていてもらおうかな。」

「綾さんたら・・・でも、いつもそうやって外を向いているからお綺麗なんですかね。」

「菜穂子さん、私だって年取ってきたなって思うことはあります。でもそこで年のせいにしたら負けだと思うの。だから出来ることはするし、気持ちはいつも若くいたいと思っています。結婚するとなんだか安心しちゃうかなって、ちょっと怖いのよね。でもこれは内緒よ。」

「はい、わかりました。誰にも言いません。でも綾さん、結婚っていいですよ。」

「菜穂子さん、御馳走様! KAZUKIとうまくいってよかったわ。ホントうれしい。」

「ありがとうございます。本当に綾さんのおかげです。」

「そんなことないわよ。ちょっとKAZUKIの背中を押しただけよ。」

「KAZUKIも綾さんのことを好きだったことはわかっています。ここの2階で昼食や夕食わ作っていたころ、KAZUKI が綾さんを見る目が違っていたから・・・それにこの『綾』の額の文字、どういう気持ちで書いたのかなって正直言うと気にもなってしまいます。」

「菜穂子さん、心配は無用よ。これは感謝の気持ちとしてもらったもの。KAZUKI の気持ちはとてもうれしかった、それだけよ。私はずっと巧だけだから。巧のことはね、年下だけど子供の時から意識していたの。兄弟だからってあきらめかけた時もあったのだけど、やっぱり想いは断ち切れなかった。だから私から巧に打ち明けたの。そうしたら〝僕もです〟って一言返事をしてくれたのよ。もう何年前かしら・・・それからみんなにバレないように楽しんでいるのよ。」

「綾さんも一途なのですね。」

「そうね。あまり考えたことないけど、そうなのかしら? でも他にも好きな人いるわよ。」

「えっ?」

「フフフ、例えば大門さんの声とか、ジムのトレーナーの岸君とか、ロスのカメラマンのルイとか、会うとドキドキする人がいるっていいことじゃない。絶対に巧には内緒だけどね。すっごくやきもちやきだから。」

「巧さんの気持ちわかります。綾さんが魅力的だから心配なんですよ。」

「だからね、少こーしだけ安心させてあげようおもったの。でも緊張感も必要だから必要以上には教えないわ。ああ、肝心のKAZUKIだけど、彼とは本当に何もありませんよ。だから安心してね。」

「はい。綾さんと直接話せてよかったです。なんだかすっきりしました。」

「菜穂子さんたら心配性ね。」

「でも綾さん、巧さんも私と同じように感じていると思うんです。だからなんだか巧さんのこと気になっちゃって。」

「ありがとう、菜穂子さん。もう少し巧に気を使うようにするわ。」

「生意気言ってすみません。」

「そんなことないわよ。私の周りにあまり女の人いないから、アドバイスありがとう。またたまにお話ししましょうね。」

「はい。是非。たまには家に来てください。」

「そうねー、KAZUKI にも会っていないものね。洋服も凛のスタイリストを一人専属で付けたし、ヘアメイクも並木さんの右腕を専属にしたからここに来ることもなくなっちゃったしね。」

「今度巧さんと一緒にいらしてください。」

「そうね。楽しみにしているわ。」

綾は菜穂子に嘘をついた。でもそれは意味のある嘘だった。


「綾さーん、準備できました。」

「巧、今くしゃみしなかった?」

「えっ? 噂話ですか? 菜穂子さんと何話していたんですか?」

「何でしょ? 内緒よ。」

「いいですよ、後で菜穂子さんに聞きますから。もー、早く来てくださいよ。」

綾は巧をからかった。どうしても可愛くてからかってしまう・・・


(さてと、切り替えないと)


17時、第二ラウンド開始。

大門が話し始めた。

「みなさん、次はジビエ料理です。シェフの納富さんです。」

「納富でございます。このような場所が慣れていなく、上手くお伝えできるかわかりませんが今日は頑張ってお伝えしようと思っておりますので、よろしくお願いいたします。」

綾は、木村の時と別の意味で驚いた。(うーん、土臭いというか・・・華の無い人・・・)

「みなさん、ジビエのことはどれだけご存知かわかりませんが、僕が扱おうと思っているものは駆除の為に止む終えず猟をしたもの、猪や鹿がメインとなります。そして、この最大の問題は、狩猟後の屠体(とたい)処理のタイミングと方法なのです。これをしくじると肉の味は極端に落ちます。生き物の命を頂くわけですから、少しでも美味しくいただき、感謝したいと僕は思っているのです。お伝えしたいのはそれだけで、後は食べていただくしかありません。」

綾が質問した。

「猪と鹿以外の食材は何になりますか?」

「はい、地元で捕獲した鴨や川魚、それと地元の野菜等です。」

「お店の雰囲気とか、希望は無いですか?」

「正直どんなのでもいいです。僕はセンス無いですからどなたかにお願いしたいです。それと、東京で店をやる気はありません。地元山梨でと考えています。それでも支援いただけるのであれば是非お願いしたいです。以上です。あの、準備に少しお時間かかりますのでご説明はこれで終わりたいのですがよろしいでしょうか。」

「わかりました。お料理をお待ちしております。」

納富には手伝いがいなかったので、菜穂子が手伝いに入った。


「大門さん、ずいぶんと両極端なお二人を連れて来たわね。」

「はい、結果そうなってしまいました。僕はどこにでもあるような店はやりたくなかったので、個性のあるもの、日本にあまりないものはなにかという視点で探した結果です。あとはシェフの心意気で選びました。」

「なるほどね、それで現時点では大門さんとしてどちらをやりたいの? 」

「決めかねています。それで綾さんに決めていただきたくて・・・」

「何だか責任重大ね。」

話をしている間に料理の準備が出来た。


こちらも木のプレートに料理が乗っていた。この木は間伐したものだという。

料理はシンプルに鹿と猪と鴨のグリルとサラダの盛り合わせ、野菜のムース、それとスモークチーズとオリーブが出て来た。

「ジビエのおいしさを知っていただくためにあえてシンプルなグリルにしました。それとムースは3種類の野菜のムースを3層にしています。これはデザートではなく、箸休め的なものです。また、スモークは桜などのチップを使って私が作っています。今日はチーズです。」

綾はまずサラダを食べた。

「このトマトすごくおいしい。それとこのミニの人参も。」

「はい、これは僕の友達の農家が肥料をやらず草も取らずに自然に近い状態で栽培したものです。自分を必死に守るために大きくはならないが味が濃くなるらしいです。」

菜穂子はムースを食べていた。

「この3色は、アスパラと蕪とビーツかしら。」

「はい、そのとおりです。その日に手に入るもので変わりますが、今日はカラフルにグリーン、白、ピンクです。」

巧はスモーク料理に興味を持った。

「このスモークチーズとオリーブはとっても美味しいです。普通の燻製と違いますよね。そしてお酒に合う。お店ではどんなお酒をお考えですか。」

「はい、まずこれは冷燻製です。この方法で肉や魚も作ります。そして酒は正直まだ決めかねているのですが、山梨の地元の生ワインと、同じく山梨で作られているラム酒を中心にお勧めしたいと思っています。」

「そうですか、是非飲んでみたいですね。」

「今度是非山梨においでください。ご馳走します。」

大嶋は肉を3種類食べ比べていた。

「どれも臭みがない。ジビエってもっと癖があると思っていました。下手な牛肉より臭みがない。」

「はい、一番初めにお話しした捕獲後の処理と保管方法が間違っていなければこのように臭みの無い肉となります。」

「女性にジビエはどうなのかと思っていましたが、そんな心配は全くないわね。」

綾はこのプレートも完食しそうだった。


プレゼンは終了した。納富も片付けを終えて帰っていった。


「本日はお疲れさまでした。」

「大門さん、素敵なお料理をありがとうございました。どちらも美味しかったですよ。さて、では皆さんの御意見をお聞きしていきましょうか。大嶋君、巧、マーク、菜穂子、そして私の順番でね。」

「では僕から。どちらも甲乙つけがたいです。両方どうにかやりたいですね。大門悪かったな本当はレストラン経営止めさせるつもりだった。正直これ程のモノが出て来るとは思っていなかった。」

「いいんだよ大嶋、僕がちゃんと話さなかったから。こちらこそ心配かけた。」

「巧はどう?」

「はい、どちらも美味しいです。但し大門さんのお父様のことを考えるとビーガンなのかと思います。都心での展開になるでしょうし、お父様も多少は食べられると思います。」

「なるほどね、マークは?」

「困りました。どっちもいいです。正直両方共あまり期待をしていなかったのですが、すごくいい。しかし、ジビエの方は手間がすごくかかるのではないですかね。儲けはどうなのか気になります。」

「菜穂子は?」

「私はどちらかと言えばジビエです。肉だけでなく副菜も素晴らしいです。」

「さてと、私の番ね。ねえ大門さん。両方やる気はある?」

「やりたい気持ちはありますけど、二つ問題があります。一つは費用の問題、もう一つは同じオーナーがこの両極をやっていいものなのかという点です。」

「そうね。さてどうしましょ。」

綾は大嶋の顔を見た。

「大嶋君、ジビエの店やらない?」

「僕ですか?」

「そう、オーナーだけ。山梨ならうちの使っていない土地があるからそこを使えばいいので、上物とあとは経営よ。野菜はすごくいいからビーガンの店もそこのを使えばいいし、表向きは別経営だけどいろいろ共通するところは一緒にやればいい。どうかしらお二人とも・・・」

「正直僕は食べ物に手を出すつもりは全くありませんでしたが、今はちょっとやってみたい気もしています。」

大嶋は揺れていた。

「綾さん、その山梨の土地見せてください。そして酒の試飲に行きましょう。巧さんもあと行ける方皆さんで。」

「大嶋君、いいわね行きましょう。私と巧は大体いつでもいいのでスケジューリングしてください。そのスケジュールに合わせられる人は一緒に行きましょう。大門さんもそれでいいですか?」

「はい、有難い提案です。よろしくお願いいたします。」

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