第4話「残念だが、オタクにその選択肢はない」
「いた! やっぱりここか」
体育座りで芝生に座り込む、校則ギリギリアウトの明るい髪色の生徒。
彼女は僕の想像通りの場所にいた。
「あんた、なんでここに」
「なんでって、ぜぇぜぇ……それは、シカ娘と言えば、っはぁはぁ、グラウンド、で」
「大丈夫? ちょっと落ち着きな。座って呼吸整えて」
「はぁはぁ……ごめん、運動不足で」
芝生に二人並んで腰を下ろす。
それはグラウンドを囲う段差部分にある、ちょっとした芝生。
1時間目も始まる前なので、校庭には誰もおらず二人っきりだ。
「ごめん、巻き込んじゃった」
彼女が体育座りの膝に顎を寄せ、弱弱しく呟く。
「あたし、自分の立場守るのに必死でさ、周りに合わせて自分を繕って、好きなことを隠して。でもそれでも我慢できなくて」
「うん」
「私バカみたい。結局バレてこうなるの分かり切っていたことなのに、舞い上がっちゃってさ」
ひた隠してきた反動なのかもしれない。
一緒にイベントを巡った彼女はとても、心底楽しそうで、それは学校で友達の輪に囲まれているときよりもずっと自然な笑顔に見えた。
「だから、楽しかった私の学校生活ももうおしまい。友達からはハブられて、一人っきりになって、いじめられて。あーあ、私もギャルなんかやってないで、最初っからオタクやってればよかった。中学生の頃みたいにさ」
「あれ? 中学はギャルじゃなかったの?」
「うん。ダサいフレームの眼鏡に髪モサモサの、いかにも陰キャって感じ」
「それ今の僕と一緒じゃん」
「いや、キミは全然そんなこと! って、何言ってんだろ」
赤くなってそっぽを向く彼女。
「あのさ、さっき僕のこと」
「あーいや、その……」
「“おしまい” じゃないよ」
「ん?」
「学校生活、おしまいなんかじゃない。確かに今までのようにはいかないかもしれない。でも僕がいる」
続く言葉が胸につっかえそうになる。でも、ある言葉が思い浮かんだ。
《心からの気持ちなら、ちゃんと直接伝えといた方がいいよ。私みたいにならないように》
アニメ版シカ娘のホッグジカちゃんの言葉だ。
過去に想いを伝えることをせずに後悔した彼女が、絞り出した言葉。
そして後のシーンで彼女は想いを口にし、ライバルと最高のレースを見せる。
だから ――
「僕も、君のことが好きだ」
芝生を吹き抜ける風。
それは校則ギリギリアウトな明るい髪を揺らした。
彼女は驚いたような顔で見つめるから、僕も思わず顔が熱くなっていく。
「あ、その……ごめん。そうだよね、僕なんかが迷惑……」
「……うそ」
「え?」
「だってあたし、ギャルだよ? いわばオタクの天敵。最初怖がってたじゃん。なのになんで」
「楽しかったから。毎日のメッセージのやりとりも、コラボカフェも」
「それは私だって……」
「だから、これからもずっと一緒にいられたらなと、思って」
頭の中は真っ白。
気の利いたことなんて言えるわけがなくて、こぼれ出た言葉だけがレースを繋ぐ。
「一生懸命なところとか凄いなって思うし。僕なんて殻に閉じこもってて、なんか眩しいなって。だから一緒にいれて、なんというか誇らしかった」
「私だって……自分を守るのに必死で、周りにも自分にも、ウソ、ついてるし」
「君は頑張ってるよ! だから、見習いたいなって」
そうか、僕は彼女のことを尊敬していたんだ。
だから眩しくて、でも少しでも近づきたくて。
ホッグジカちゃんも、ライバルとのレースの時はこんな気持ちだったのだろうか。
いや多分違うけど、でも、勇気がもらえた気がした。
「君のことが、す、好きだ。だから、その、これからも……」
言いかけたとき、ドンと衝撃を受ける。
甘い匂いと、体温と、重さと、髪の毛のくすぐったさ。そして、たゆんと柔らかい感触。
「つまりさ、あたしたち両想いってことじゃん!」
「は? え、あーうん、そうだね」
「うーーーーーーっ」
「あ、ちょっと、うっ、首、ぐ、ぐるしい!」
「あ、ごめん」
彼女があわてて腕を解く。正直名残惜しいけど。
「それより、君はなんで僕なんかを好きになったの?」
「それは……最初はさ、前の自分みたいで仲間だーって思ったんだよね。だからいつか声かけてみようと思ってたんだけど、なんだろう。こじらせた?」
「こじらせたかー……いやいやいやいや!」
「あははは。でも割とほんと。だからあの時教室でシカ娘の音が響いたとき、声かけるチャンスだって」
僕は最初から最後まで、シカ娘に助けられてばっかりだな。
でもあの時不意に鳴ってしまったこと、最初は最悪と思ったけど……幸せってなにがきっかけで訪れるか、わからないもんだな。
「そろそろ戻ろうか。1時間目もう始まってるだろうし」
「そうだよね。あーーー目立つだろうなぁ、あたしたち」
「なんか……教室に戻りたくない」
「このままサボる?」
「残念だが、オタクにその選択肢はない」
「あんた、なんだかんだ、オタクであることにプライド持ってない?」
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