第7話:二〇歳は無敵?
休日の朝、震えながら布団から這い出してテレビをつけると、赤、青、黄、緑……鮮やかな色が目に飛び込んできた。
「あ……そういえば今日、成人の日だっけ……」
言いながら、うんと伸びをする。
寒さに縮んでいた全身が本来の隙間を取り戻していくようで、とても気持ちいい。
腕を下ろすと起き抜けのもやもやが、さぁっと晴れていくような気がした。
「私も行ったなぁ。もう……えーっと、五年前か」
懐かしい気分で画面を眺める。
晴れ着に身を包んだ女の子たちの表情は明るい。
私も初めて袖を通した振袖に、嬉しい気持ちになったのをなんとなく覚えている。
とはいえ――
「
たった五年。されど五年。
もはや記憶は遥か遠くの彼方に埋没しかけている。
二十歳の子が作るこの表情は、今の自分には出せない輝きだ。
とそんなことを考えていると――
「な~にババ臭いこと言ってんの」
「痛っ」
脳天にチョップが落ちてきた。
なにすんの、と恨みがましげに振り返ってみれば、そこにいたのは当然朱莉だ。
どうやら起きてきたらしい。
ちなみにパジャマ姿。私もパジャマ姿。テレビの中とは大違い。
「まだあんた二五でしょうが」
「そうだけどさ、二五と二〇は違うでしょ」
だってあの頃は無敵だったじゃん、と付け足す。
朱莉も、まあねえ……と頷いた。
あの頃の私たちは、まさに無敵だった。
輝かしい未来が待っているとまでは思わなかったけれど、人生には確かな希望が見えていたし、なんだかんだ何もかも上手くいくと根拠もなく信じていた。
そして現在といえば特段悪いとは思わないものの、あの頃に思い描いていたものとは少し違って、平穏というか平坦だ。
就職して、大体こういう感じに昇給していくんだろうなぁというのが漠然ながら見えてきたし、これからどんな生活をしていくことになるのか、朧気ながら想像がつく。
可もなく不可もなく。
分相応に生き、分不相応な夢は見ない。
そんな感じだ。
ずいぶんとつまらない人間になってしまったものだ。
そんなことをしみじみと考えていると、朱莉が「よしっ」と手を叩いた。
「小枝、出掛ける準備して」
「え? どこか行くの?」
「戻るんだよ、あの頃に」
「え……?」
状況が理解できないでいると、朱莉がニッと笑った。
「無敵だったんでしょ? なら、その無敵を取り戻しに行こう」
朱莉が何をするつもりかはよくわからなかったが、私の胸中にはある一つの思いが芽生えた。
「――いいね。行こうっ」
何をするつもりかわからないけど……面白そう!
「そうこなくっちゃ」
私たちは顔を見合わせて、くすくすと笑った。
◆◇◆
「ちょ、ちょっと朱莉! 本気!?」
「だってこれしかないじゃん」
――一時間半ほど後。
私たちは、とあるお店に来ていた。
「いくらなんでもこれは高いでしょ! だって二万円だよ!? 二万円!」
「何言ってんの、こんな日なんだから当たり前でしょ?」
「そっちの安いやつでいいじゃん! 五千円くらいなんだから」
「ダメダメ。だってあれは振袖じゃないし」
レンタル着物店と言われるこのお店は、主に観光客向けに着物の貸し出しを行っている。
年始の休みこそ終わったとはいえ、まだその空気は消えきっておらず、しかも今日は三連休。
お店もやや強気の価格設定だ。
先ほどから私は標準プラン五千円を推しているのだが、朱莉は振袖プラン二万円を譲らず、こうして押し問答になっている。
「雰囲気味わうだけなら普通の着物で充分だって!」
「違う違う。私たちは無敵を取り戻しにきたの。なら、振袖じゃないと意味ないって」
「それはそうかもしれないけどさ~……」
確かに朱莉の言うことは一理ある。
けれどこれに頷いてしまうと、気分は無敵でも財布の中身はすっかり貧弱になってしまう。
ただでさえクリスマス前から年末年始にかけて、いっぱいお金を使ったっていうのに。
「はいはい。恨み節はあとから聞くから。――すみません、店員さ~ん。この振袖プラン二人分お願いします!」
「あぁぁぁああぁあ! だから待ってって!」
それからもうひと悶着あったものの……
結局、私たちは振袖プランをお願いすることになった。
◆◇◆
「あ~。疲れたねー」
「なんだかんだ小枝、めっちゃ楽しんでたよね」
「何? 悪い?」
「別に?」
私たちは振袖を着た後、どうせならということで普段は行かない観光客向けのお店を回った。
住んでいるとそういうお店や観光地というのは滅多にいかないもので、あらゆるものが新鮮に写った。
途中、新成人たちの集団に偶然遭遇し、その後ろを二人で笑いをかみ殺しながら歩いたりもした。
振袖を着るまでは迷いに迷ったものの、一旦割り切ってしまえば、まさにあの頃に戻ったような気分で一日を目一杯、楽しんでしまった。
「でも財布の中、すっからかんになっちゃった。明日から節約だね」
「やめてよ。そんな現実思い出させるの。私たちは今日だけ二〇歳なんだから」
げんなりして言う朱莉に、あはは、そうだねーと適当に返しつつソファに腰掛けた。なんとなくリモコンを手に取り、テレビの電源を入れる。
映ったのは地元ローカルのニュース番組だ。
――今日は各地で成人式が行われました。新成人たちが色とりどりの華やかな装いに身を包み、式典に臨みました。
「あ……」
思わず声を出してしまうと、朱莉が反応した。
「ん? どうした?」
「これ……」
「あ」
私が指差した先に映っていた映像は、新成人を撮ったとおぼしき振り袖姿の二人の姿だ。仲良さげに談笑しながら並んで歩いている。
ただ問題は、その二人はテレビ局が予定していたであろう新成人ではなく、私と朱莉ということで――
さすがに真正面からというわけではないが、斜め前から横を通りすぎるまでを撮影したその映像には、知り合いが見れば私たちだとわかる程度にはしっかりと顔が写ってしまっていた。
「あちゃー」と額に手を当てている朱莉に、慌てて言う。
「と、撮られてたの!? いつ……」
「この場所だったらあれでしょ。成人式から帰る子たちの後ろ着いてったとき」
「全然気づかなかった……。朱莉は?」
「私も。二人して『ばれるー』とか言って笑ってたもんね」
「ど、どどどどうしよう、朱莉!?」
「どーするも何も、もうどうしようもないでしょ」
私は頭を抱えた。
「なんで気づかなかったんだろう。もしこのニュースを誰かに見られてたら………。新成人のコスプレしてる痛い女だってみんなにからかわれるんだ……」
「無敵だから大丈夫だって」
軽快に笑い飛ばす朱莉に、私は叫ぶ。
「もうその時間は終わったの!」
やはり格好だけを取り繕っても、あの頃に戻ることはそう簡単に出来ないらしい。
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