第38話 平穏

「フゥー」


 一息吐いたオレの前には、千切りにされた銅のインゴットだった物がある。

 特訓を開始して、リアルでは三日が経った。すでに結合力を下げるデバフは個人で高めるレベルを終え、実践という次のステップに進んだと見て良いだろう。

 引斥力を覚えた時にも感じたが、基礎となるバフを覚えている分、応用となるデバフを覚えるのは早く感じるな。


「マヤ、そっちの進み具合はどう?」


 オレが話を振ると、腰に手を当てたマヤが勝ち誇ったような顔をする。


「まぁ見ててよ」


 テーブルに立て掛けた板の頂点から、銅貨を転がすマヤ。


「おお、これは……スゴいな」


 思わず声が漏れる。銅貨はまるで重力に抵抗しているかのようにゆっくりゆっくり転がり落ちていく。リアルでは考えられない動きに目を見張る。


「どうよ、スゴいでしょ?」

「ああ。あとは……」


 と鍛冶屋のドアが開き親方が顔を出す。


「できたぞ!」


 マヤの大盾も完成したようだ。これで残る二つの鉱山の攻略に行ける。


「しっかし、重そうだな」


 鍛冶屋の中でテーブルに置かれた銅の大盾は、ずっしりとして重厚感を感じさせる。


「まあね。何せ厚さを二倍にしてるから」


 銅スライム対策として単純により頑丈にしたかったのだろうが、


「それ、取り回せるのか?」

「うん?」


 マヤが大盾を持ち上げ感触を確かめているが、バフを使っていても前の大盾の時より重そうにしている。リアルだったら大の大人でも取り回せないだろう。オレ? 持ち上げることもできないよ。


「防御力は上がったが機動力は下がったって感じだな」

「ふふん、そう思うでしょ?」


 マヤはそういうと、まるで盾に羽根でも生えたように軽々と扱い始める。


「「な!?」」


 驚くオレと親方。


「ふふん、重量をデバフで軽くしたのよ」


 なるほど、やるなマヤ。でも、


「それって、防御力まで下がってないよな?」

「…………」


 そこまでは考えてなかったようだ。

 その後オレの礫弾で試した結果、完全に軽くしてしまうと防御力も下がることが判明。しかし同時に50%までの重量軽減なら防御力に変化が見られないことも分かり、大盾の取り回しは前回の盾と同様に扱えることとなった。



「行くわよ」

「ああ」


 北の鉱山を攻略中である。

 前回の東の鉱山同様スゴい数の魔物が押し寄せてくるが、今回のオレたち、と言うよりマヤは一味も二味も違った。

 相手の速度を落とすバフが使えるのだ。お陰でこっちは魔物の群れ相手に難なく銅貨を命中させられ、オレが撃ちこぼした魔物も、マヤの強化された大盾の前には無力だった。

 前回のように物量に負けて坑道内を訳も分からず逃げ回るようなことがなかったお陰で、マッピングがまぁ捗る。そして順調に北の鉱山のボス格、赤毛熊を打ち倒すと、その先に待っていたのは銅スライムである。


「任せたわよ」


 銅スライムにデバフを掛けて動きを遅くしたマヤに続き、オレは銅スライムに結合力弱化のデバフを掛ける。

 のろのろで動けなくなった銅スライムに、投げナイフの一撃は効果覿面だった。そのまま魔核と体積以上の銅の山に換わった銅スライムの末路を見ながら、オレとマヤはハイタッチするのだった。



 帰りもマッピングのお陰で難なく帰ってこれたオレたちは、一旦街に帰って魔核や素体を換金すると、その足で西の鉱山にアタックを開始。

 西の鉱山も北同様攻略に苦戦することなく、ボス格の大猿も呆気なく散り、ダンジョンコアを守護する銅スライムも、また一撃の元に沈んだ。



 かくしてツヴァイヒルはかつての平穏を取り戻したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る