第14話
現在、一階の大展示場では『特別展 人体の神秘』というイベントが行われている。なんと本物の人間の死体が、輪切りにされたり、縦に切断されたり、神経だけが取り出されたりと、様々な状態で無数に展示されているのだ。倫理的に問題があるのではないかとか、死体の身元はどうなんだとか、いろいろ物議を
そんな会場を一人で巡回する業務は、決して愉快なものではない。死んだ人たちと、なるべく目が合わないように気をつけながら、任務を遂行するだけである。連中は死体のくせに、どういうわけか
それにしても、今日はいつも以上に会場が広く感じられる。
仕方がないので、またシエラのことを頭のてっぺんから足の爪先まで詳細に思い出しながら巡回して、気持ちを
まずは髪の毛だ。アッシュグレーの髪は緩やかにウェーブしており、背中三分の一の地点まで達している、と始めてはみたものの、どうも集中できない。それというのも、目の前の死んだ人たちに、心の中を見透かされているような気がするからだ。
内臓が丸見えになった死体。皮膚を全てはがされて全身の筋肉がさらされている死体。逆に全身皮膚だけにされた死体。なぜか槍投げのフォームを取らされている死体。それぞれ奇抜な
こうやって
ハイ、すみませんでした。私が悪うございました。人間は死んでいるのが当たり前ですよね、ハイハイ。生きている私が異常でございます。直ちに死にます、死ぬべきです、ハイ。だっておかしいですもんね。電池も入っていない、コンセントにもつながれていない、ゼンマイも巻かれていない人間が、ひとりでに動いて、しゃべったり、笑ったり、怒ったり、泣いたり、やきもちを焼いたり、誰も心を開いてくれないと言って絶望したり、心が通じたと言って喜んでみたり。人間なんて突きつめればただの肉のかたまり。常識的に考えれば動くわけがない。あなた、肉屋のショーケースの中で、カレー用豚ブロック肉が、モソモソと動いているのを見たことがありますか? ないでしょ。ないですよね。それなのに、その蛋白質のかたまりが、生きて、意思を持って、動いているのがおかしい。
そんな感覚に襲われる。
そうか。
そういうことなのか。
―― 平気、平気。
生まれる前の状態に戻るのが少し早くなるだけですよ。
元々何十億年もその状態で過ごしてきたわけですし。
何十億年のことは気にしないで、
たった三百日程度のことを気にするなんておかしいですよ。
要するにシエラは、この宇宙に於いては、生命のない物質の状態こそが基本形であり、「生きている」というのはかなり例外的な状態であると、そして、「死ぬ」というのは単に基本形に戻るに過ぎず、決して特殊なことではないと言いたかったのだ。「死んでいる」、つまり「生きていない」のは極めて自然なことであり、何一つ
本当にシエラは、もう私と逢わないつもりなのか。
私は、命を奪う価値すらない人間だった、ということなのだろうのか。
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