第13話 スタンピード発生
「何度言えばわかるんですか! たかが一人のために莫大な広さを誇るカラリア森林に探しに行くなんて何を考えてるんですか!?」
「こっちは目星がついているんだ。その周辺を探して見つからなければ一旦諦めて戻ってくるつもりだ」
撫子色の髪に澄み渡った空のような青色の瞳をした男性がフルネに食ってかかっていた。彼の名はベガムクという、Aランクパーティ《鎮魂の炎》のリーダーをしており先ほどからフルネとかれこれ十数分は口論をしている。さすがのフルネも同じ問答を繰り返しているので反論することに少し呆れてきていた。
「何をしてるんですか」
口論をしているフルネとベガムクの間に一人の女性が割って入った。その女性はフルネと白龍がいつもお世話になっているギルドの受付嬢であった。手が出せないとはいえ高ランクの冒険者を放って置くのは良くないと考えた門番がギルドに通報し関所に来てもらっていた。
「受付嬢か、ちょうどよかったフルネさんを止めてくれ」
ベガムクが受付嬢に意思を曲げようとしないフルネを説得するように助け舟を求める。
「この件は私から伝えてギルドはもう了承しています。これ以上文句を言うのならそれ相応の対処をさせていただきますが」
「ギルドが了承しているなら別に構わないが」
ベガムクは自分の予想とは違い少し戸惑っていたが、ギルドが了承しているならこれ以上この件をこじらせるのは良くないと考え、渋々パーティメンバーを連れて街に入って行った。
「迷惑をかけてすまないな」
「いえ、他の話を聞かない冒険者に比べれば大したことないですよ」
受付嬢は冒険者による荒事の対応に慣れているようだった。実のところ冒険者は評判が悪かったりするのだが大抵は素行の悪い一部の冒険者によるものであり、素行が良い人と悪い人の差が大きく主に対処に当たるのが受付嬢あるため受付嬢は度胸がないと採用されないことが多い。
「ハクリュウさん見つかりますかね?」
「見つかるだろうな。前に気になることを言っていたからな」
不安そうにしている受付嬢にフルネが自信ありげに答える。以前白龍にされた質問『盗賊団のアジトを見つけた人がいたらどうなると思う?』あの時はそこまで本気にしていなかったが、カラリア森林で起こった拉致は恐らく盗賊団関係で間違いないだろうとフルネは考えていた。
◇◆◇◆◇
「話って何だ?」
ハグレアに席に座るよう催促され座ってから数分、ハグレアはこちらをジッと観察するだけで話し始める様子もない。終わりの見えない沈黙に痺れを切らしこちらから口火を切る。
「……悪いな。ジクシスから聞いたんだが、魔王様に仕える気がないというのは本当なのか?」
ハグレアもこの話題を出すのかと呆れたが何も言わなければそれはそれでややこしくなりそうだったため説明することにした。
「魔王に仕えること自体は嫌だというわけでもない。俺に害がなければ実際どうだっていい。だが今の環境で特に問題は起こっていないからな。無理して環境を変えるのは面倒だってだけだ」
「そうなのか」
俺の考えを述べるとハグレアはどこか困っているようだった。その様子を見て別に魔王に仕えてほしいというわけではないことに気が付く。しかしそこである疑問が浮かんできた。仕えてほしいわけではないのであれば、何故こんなことを俺に聞いたのかということだ。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「実は竜王教には二つの派閥があるんだ。一つがアタシたちのような竜王は必ずしも人族に敵対していたわけではないのでは考える中立派。そして教祖が先導している竜王は人族を滅ぼし魔族を繁栄させようとしていると考える魔族派があり中立派が二割で魔族派が八割なんだ」
突然の説明に驚いていたが、人を従える教祖がエデルの考えを汚していることに憤りを感じる。
「それで?」
「ハクリュウが魔王様に仕えるとなると、魔族派が調子に乗る可能性があるからな。もしも仕える気なら不敬と取られても止める気だった」
「そういうことなら、もし俺が魔王に仕えるとしても竜王教の魔族派は潰してからにするから安心しろ」
「そういうことじゃない……」
ハグレアが何やら呟いていたが俺にはよく聞こえなかったが、大したことでもないだろうと気にしなかった。
「そういえば、ここに来て思ったが
「イホウゴ?」
ハグレアが何かわからず呆けていた。そこまで変なことを言ったのかと疑問に思いながらも話を続ける。
「俺の周りは異邦語を時々挟む人が何人かいたからいくつかはわかるがたまに困る時があるんだが」
「まずそのイホウゴが何かわからないんだが」
「そうだな。メッセージとか、あとクエストも異邦語だな。わかりやすく言うなら俺の国から見た外国語ってことだ」
異邦語とは異邦の言葉、つまり外国の言葉を指すものである。ヤマトでは異邦語を使う人はまずいないが、俺は村では龍気を持たない無能と知られていたため、寄ってくるのは一風変わった人が集まることが多く、村である程度親しい村人のほとんどは会話に時折ではあるが周りから
「なるほど、先代の勇者が言っていたカタカナ言葉とかいうもののことか?」
「恐らくそれだろうな」
カタカナ言葉とはあまり聞かないが異邦語をカタカナで表したりするからそれだろう。この国では使うのが普通な感じがするからな、一度聞いた言葉はなるべく覚えておこう。
「とまあ、そんな話は置いておいて、スタンピードが近々このカラリア森林であるらしいが、どうするんだ?」
「スタンピードのことは把握している。このアジトは幻影魔法で入り口がわからないようにしてるし、万が一のために魔物除けの魔法も掛けてある」
「なるほどそれなら安心だな」
詳しいことは知らないまでもフルネが警戒しているようなことが起こるのならば対策がされていなければ危険だと思いハグレアに聞いてみたがしっかりと対策を講じていたことに安心する。
「そういえばヴァークと話してたが、仲良くなったのか?」
「仲良くなったというか、向こうが何故か俺のことを旦那と呼んでくるから話をしてたくらいだ」
それを聞いてハグレアは何か考え込んでいたがその理由について聞こうか迷っていると部屋の前に誰かがいることに気が付く、誰かと思って龍気で探るとデルトとナレクであった。何かと思い席を立ち部屋の中が見えないようにする暖簾を開き声を掛ける。
「そんなところで何やってるんだ?」
声を掛けられると思っていなかったようで二人は驚きビクッと体を震わせた。
「お礼を言いに来たんです……」
「子供がそんなことを気にするんじゃない。それに俺が好きでしたことだからな」
デルトの頭を撫でながらそう言うとデルトは撫でられることに慣れていないのか気恥しそうにしている。ふとナレクの方に目を向けると目を輝かせながらこちらを見つめてきていることに気が付く。ナレクの目線を追うとデルトの頭を撫でている手に向いていた。ナレクも撫でてもらいたいのかと思いナレクの頭も撫でるとナレクはとても嬉しそうにしていた。
本当に気にすることじゃないデルトを助けたのはいつもの性格の矛盾が原因だろう。面倒な事が嫌いなのに何故かお人好し、この性格には苦労してばかりだ。アーロンさんに盗賊団掃討作戦を一度断ったのに了承したのは、心が狭いと言われているような気がして癪だったというのもあるだろうが、この矛盾した性格も理由の一つだろう。
そんなことを考えていると視線を感じ後ろを見ると、いつから見られていたかわからないがハグレアがこちらを見ていた。文句を言われるかと思ったが何もなく、撫でられ照れくさそうにしているデルトと喜んでいるナレクを見て口元が綻んだいた。
「
ほのぼのした雰囲気とは一変し牢屋部屋にハグレアを呼びに来たのと同じ坊主の男が声を張り上げてハグレアを呼びに来た。
「あ、竜王様のご親友様もいらっしゃいましたか」
エデルの話をしてから盗賊団の連中から俺は竜王の親友という立場であり敬うべき存在のようにされているような気がする。……それがどうということではないのだが。
「おいジュラル、ハクリュウさんにはちゃんと名前があるんだ。ハクリュウさんのことを竜王様のご親友様なんて呼び方じゃ返って失礼だろ」
デルトが俺の呼ぶなら名前を呼んでほしいという考えを代弁して伝えてくれた。が、今はそんなことを気にするよりもスタンピードのことについて聞いてくれた方が良いんだが。
「そんなことより、スタンピードがどうしたんだ?」
「はい、それがまだ発生まで時間があったのですが、今突然スタンピードが発生しまして」
俺の質問にジュラルが伝えてくる。
「スタンピードは発生する時間を早くしたりできるのか?」
「意図的にスタンピードの発生時期を早めることは可能だし、スタンピードの規模大きくすることだってできる」
ハグレアが難しい顔をしながら答える。
「他にも探せばいろいろありそうだが……」
「……あの」
思考を巡らせているとジュラルが申し訳なさそうに口をはさむ。
「ハクリュウ様は一度アジトから出られたら如何でしょうか」
「は?」
突然のことに間抜けた声を出してしまう。
「実は外に雷槍がいるのを見つけまして、うまく逃げたと言えば街に戻れて少しは安全だと思うのですが」
内容の欠けた説明をしてしまったことにジュラルが焦ったように訂正を付け加える。
俺は何か怖がらせるようなことでもしたか?
「ハクリュウがよければ一度雷槍のところに戻ったらどうだ?」
「まあ、そうだな。」
断る理由もない。それに実際に関わってみてわかったが、アリスをこいつ等が襲ったとは考えにくい。となると、何か裏がありそうだな。ハグレア達には聞きたいことがまだあるからスタンピードの件が終われば話を聞きに来るか。
◇◆◇◆◇
ジュラル達に見送られて盗賊団のアジトを出る。姿が綺麗では怪しまれるのでは思い地面の砂を少しばかり服や顔などに塗り少し苦労してきた雰囲気を醸し出させる。これで少しは怪しまれないだろう。
気配を消し進んでいくとフルネが険しい表情をして立っているのが見えた。茂みから出ようとして体を動かした際に茂みがザザッと鳴りフルネが気付きこちらに槍の穂先が向けられる。咄嗟に何も持っていないことを示すように両手を上げる。
「俺だ、白龍だ。なんでフルネがここにいるんだ?」
何も知らないというような演技をする。
「ハクリュウか、無事でよかった。というかタイミングが良かったちょうど今スタンピードが発生したからハクリュウの探索を一旦諦めて街に戻るところだったんだ」
ジュラルの進言は適格だったなと感心する。
「俺は、拉致されてたんだがたまたま見張りがいなかったのと手を縛っていた縄が脆くてどうにか外せて逃げてきたんだ」
もちろん嘘だ。しかもこれに関してはジュラルには『その場の勢いで何とかしてください』と言われて今作った話だ。即興にしてはいい出来だと我ながらに思う。
「運がよかったな。スタンピードがここまで来ては問題だ。急いで街に戻ろう」
そう言われフルネに連れられて街に戻ると門番が俺の方を見て目を見開いていた。フルネが探しに来ていたとはいえ俺が見つかったのが予想外だったみたいだ。
「本当に見つかったんですね」
「今はそんなことよりスタンピードが発生した。これから私はギルドに報告に行くが森の方の監視はしっかりしておくように」
「わかりました!」
フルネの話を聞いて門番は先ほどのジュラルのように敬礼をする。
フルネが速足でギルドに向かう。ギルドの門を開くとギルドにいる冒険者達がざわめく。
「早かったですね。やはり見つからなかったですか?」
撫子色の髪に澄み渡った空のような青色の瞳をした初めて見る男性が俺には目もくれずフルネにそれ見たことかとでも言いたげに声を掛けてくる。……誰だこいつは。
「フルネは俺以外に何を探してたんだ?」
そう声を掛けると、その男性がやっとこちらを向いたと思えば目を見開いていた。
「お前がハクリュウなのか?」
「俺の名前が知られてるのはどこもそうなのか?」
名前を一方的に知られているのは気分が悪いんだが。
フルネが不機嫌そうにしている。自分のことを悪く言われたのが嫌だったのだろうか。
「俺はベガムクAランクパーティ《鎮魂の炎》のリーダーだ」
「今はそんなことよりスタンピードのこと報告しないといけないから相手にしなくていいぞ」
相手が名乗ったがフルネは彼が嫌いなのか俺の腕を掴んで無理やり受付の方に連れて行こうとするとベガムクの怒りの籠った声が聞こえた。
「お前、聞いてたのか? 俺はAランクパーティのリーダーだぞ」
ベガムクが俺を睨みつける。そんなこと言われても、見たところヴァークよりは弱そうだからな。Aランクの中でも下の方なんだろうか。それともヴァークが強いのだろうか。それに今のは俺というよりフルネが問題だと思うんだが……。
「お前の相手をしてスタンピードの対処が遅れ街が壊滅したらどうするつもりだ?」
「フルネさんともあろうものが何を言ってるんですか……」
スタンピードはまだ先という情報が出回っているのかベガムクが吐き捨てるように言う。
「残念な知らせだが今しがたスタンピードが発生した。だからギルド長に話に来たんだ」
それを聞いてあたりが騒然とする。無理もないだろう。突然、予定よりも早くスタンピードが発生したと言われれば当然のことだができるはずだった対策ができなくなるからな。
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