Phase 05 明確な証拠

 アタシは、「童顔少年団」の内部へと潜入した。「Official Huge Dandy」とはまた違った雰囲気の店内は、なんというか「大人っぽい雰囲気」を醸し出していた。そして、ターゲットである雲雀丘彪流に接触した。

「あなたが、雲雀丘彪流さん? アタシの名前は毛利碧っていうの」

「そうか。僕は確かに雲雀丘彪流だけど、君が僕の『姫』に相応しいかどうか、今から簡単なテストをしてもらおうかな」

「テスト?」

「ああ、テストの内容は簡単だ。この店で一番高い酒が、そこのグラスに注がれている。君には、この酒の値段を当ててもらおう。もしも誤差がプラスマイナス500円以内だったら、君の勝ちだ。君には僕の『姫』になってもらう。そして、誤差がプラスマイナス500円を超えたらその時点でこの店から出ていってもらう。どこかのお笑い芸人が高級グルメの値段を当てる番組があるだろ? それに近いモノだと思ってもらったら良い」

「分かりました」

 私は、固唾かたずを飲んでその酒がグラスに注がれていくのを見つめる。琥珀こはく色の液体が、泡を立てている。そして、私はそのグラスに口をつけた。フルーティーというか、なんだか葡萄ぶどうをそのまま濃縮したような、そんな味がする。これはきっと高いだろう。しかし、アタシにこの酒の値段が当てられるのだろうか? そんな心配を余所に、雲雀丘彪流は手を組んでアタシの方をじっと見つめていた。

「値段、分かったかな?」

「はい。分かりました。この酒はボトルで150万円です」

「それはどうかな?」

「多分、大丈夫だと思います……」

 雲雀丘彪流の威圧感プレッシャーが、アタシの心臓の鼓動を早くしていく。本当にこの値段で合っているのだろうか。もしも合っていなかったら、雲雀丘彪流から何も聞き出せないまま任務が終了してしまう。薫くんに合わせる顔がないじゃないか。アタシは、そんなことを思いながらまぶたを閉じる。

「じゃあ、正解を教えるね。この酒の値段は……、凄いじゃないか! ぴったり150万円だ!」

「ホントに!?」

「そうだ。この酒はシャンパーニュ地方で獲れた希少な葡萄を使用したスパーリングワインだ。琥珀色をしていて、現地では『黄金の一滴』と呼ばれているんだ」

「へぇ。出会って30分も経たないうちに、アタシはそんな高級な酒を飲んでいたのね」

「そうだな。ちなみにグラスで換算すると1杯5000円ぐらいかな」

 その言葉に、私は飲んでいた酒を噴き出しそうになったが、そのまま持ちこたえた。いくら軍資金はたんまり持ってきたとしても、こんなとんでもない代物を飲んでいたとしたらアタシはなんだか恥ずかしくなってしまう。そして、アタシは雲雀丘彪流に質問を投げかけた。

「ねえ、雲雀丘くん。あなたって、どうしてホストの道を選んだの?」

「まあ、なんかかっこいいかなって思ったからかな。僕は貧しい家庭で育って、おまけに寂れた田舎町暮らしだったから世間の目も冷たくて……。『上京して見返してやる』って思ったけれども、矢っ張りうまくいかない。そんな中で、僕を拾ってくれた人がいたんだ。その人が、ホストクラブを運営する社長だったってわけ。僕はその社長に尽くすために努力した。その中で同業他社との衝突もあった。でも、『絶対にNo.1ホストになってやる』という信念だけでここまでい上がってきた。結果的に、今の僕があるのも社長のお陰かな」

「なるほど。大変だったんだね……」

「でも、今の仕事に対してやり甲斐を感じているのは事実だし、親孝行は十分出来ているはずだよ」

「……」

「それで、同業他社との衝突の中で、はあるの?」

 アタシが雲雀丘彪流にその質問を投げかけた途端、彼は沈黙してしまった。矢張り、一連の事件の犯人は彼なのだろうか。自分がし上がるために同業他社の客を蹴落とすなんて、極悪非道にも程がある。そんな中で、彼は言葉を発した。

「僕を、疑っているのか」

 アタシは、冷徹な顔をした雲雀丘彪流の質問に対して、冷徹な顔で返事をした。

「ううん、疑ってなんて無いわ。ただ、少し気になったことがあっただけ。最近、同業他社で上得意様が相次いで不審死を遂げているっていう報告があったの。それで、あなたが犯人じゃないかって疑ってみただけ。でも、その様子だとあなたは関係なさそうだわね」

「関係ないに決まっているじゃないか。僕がそんなことをする訳がない」

「そうね。聞いたアタシが馬鹿だった。今の話は忘れて」

「そんなこと言われても、忘れられないじゃないか」

「そう……。じゃあ、質問を変えるわ。この女性、知っている?」

 アタシが雲雀丘彪流に対して堂安亜由美の写真を見せると、彼は氷のように硬直した。彼の顔をよく見ると、脂汗あぶらあせのようなものが浮き出ている。

「た、確かに堂安亜由美はウチの店にも来ていた。でも、僕は何も関係ない!」

「言い逃れをしても無駄よ。堂安亜由美に対して毒を嚥ませたのは、あなたでしょ」

「だ、だから違うって!」

 困惑する雲雀丘彪流のズボンのポケットをまさぐる。彼のポケットの中から、透明な液体の小瓶が出てきた。

「これ、トリカブトでしょ。もしくはフグ毒なんじゃないのかな」

「や、やめろおおおおおおおおッ!」

「雲雀丘彪流、あなたは『Official Huge Dandy』に通っている客に対して酒に毒を入れて、彼女たちを殺した。被害者である堂安亜由美と鎌田美沙斗はどうやらあのマンションでシェアハウスをしていたらしいわね。それで、邪魔者を排斥はいせきするために、あなたは鎌田美沙斗も毒殺した。鎌田美沙斗は元々あなたが勤務しているホストクラブである『童顔少年団』の『姫』だったけど、堂安亜由美から誘われて『Official Huge Dandy』にくら替えしたみたいね。その証拠が、この動画サイトよ」

 アタシは、雲雀丘彪流にスマホに映し出された動画を見せる。そこには、堂安亜由美と共に酒を飲む鎌田美沙斗の姿が映っていた。場所はもちろん「童顔少年団」ではなく「Official Huge Dandy」である。

「くっ……。これ以上はもう言い逃れが出来ないな。僕は、かつて堂安亜由美の『姫』だった。でも、彼女は僕を振って同業他社のホストに貢ぐようになった。僕はそれが許せなくて、彼女を殺そうとした。店の近くのファミレスに彼女を誘ったら、直ぐに来てくれたよ。そして、『どうして僕を振ったんだ』と聞いたんだ。そうしたら彼女はなんて答えたと思う? 『あなたの顔に魅力がない』って言われたんだ。僕の怒りはやがて殺意に変わっていって、彼女が飲んでいたコーヒーの中に毒を入れた。丁度彼女はトイレに行っていたからね。そして、帰ってきたら何も気づかない彼女はコーヒーを飲む。当然、彼女は躰を震えさせて、そのまま泡を吹いて死んだよ。彼女の脈がないことを確認して、僕は彼女をマンションへと運んだ。そして、彼女だったモノを安置した。それだけの話だ」

「心変わりしたからって、相手を殺すなんて最低の男だわねッ!」

 アタシは、雲雀丘彪流の頬を叩いた。豪快な音が、店に響き渡る。一斉に沈黙した店の中で、アタシは何か痺れるような感覚を覚えた。それがスタンガンだと気づくのに、数秒はかかったのだけれど、気付いたときには既に手遅れだった。


 ――このまま、アタシは死んでしまうのだろうか。

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