第7話 夏のシネマ、私情
彼は手に止まった源氏螢を両手で覆った。
私は鈍るような小さな悲鳴を出した。
いけない、潰れてしまったら可哀想だよ、と私は発作的に叫んだ。
「僕も七日間で死ねたらどんなに楽だろう。憎いよ、凍えてしまいそうなくらい、この若さが憎い」
私は反射的にぶるぶると震えながら目を瞑った。
夏に集く蟋蟀が叫ぶように鳴く声がする。
その拍子に合わせるように雨蛙も鳴き始め、滑稽な鳴き声が逆にその切なる悲鳴を体現していた。
「目を開けてごらん」
その甘美な声に導かれるように私は恐る恐る双眸を開けた。
藍海松茶(みるちゃ)色の夜空の下、彼の手から、旭日に反射した朝霧のように二匹の螢が飛んでいった。
「そっと包み込んだだけだよ。二人で逢瀬を楽しんでいたんだね。僕の手の中で」
急に疲労感が押し寄せたものの、ああ、良かった、と取り合えず、安堵した。
「恋螢は儚いね。僕は僕で生きないといけない。このひと夏のシネマが閉幕しても生き延びなくちゃいけないんだ」
流言飛語が飛び交う、乱世の月の都で、幽閉された若き貴公子のように幽玄な少年は、月並みにも思えない私情を吐くのだった。
「私は応援するよ。真君が前向きになったら私はそれだけでいいの」
エールのように唱えた私の口調も、女らしさを前面に纏った声だった。
火中で身を焦がした恋人を一途に恋い慕う、水の乙女のような声。
私は厭々ながら夜気と湿った唇を少し犬歯で噛んだ。
「どうして、ここに来たの?」
それを最初に尋ねなかった理由はなぜだか、皆目知ろうともしなかった。
「あなたはどうして、ここにいるの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます