第3話 命の水域、命の闇路


「もう、僕はこの世にはいないんだよ。移ろうこの世からは」


 源氏螢は彼の溽暑の闇夜でも照らされる、純白のYシャツの内部に入っていった。


 微光がYシャツから漏れ、しなやかな骨格の平らな少年らしい胸の輪郭線も朧気に照り、螢火が見え隠れした。



「いるんでしょう? まだ、ここに」


 梅雨闇の下、水辺から流れる岩清水とともに裏付けるような啜り泣きが耳の外から聞こえた。


 耳をつんざき、思わず両手で塞ぎたくなるような、生々しい嗚咽は闇の中に移ろう通い路を知らない。


 


 陰々とした螢狩りを委ねた私はもっと、サーモンピンクの螢袋の咲く奥の岩陰へと歩み寄った。


 川下へと御身を逆らうように落ちていく流音が少しずつ大きくなっていく。


 


 しんみりと感じる水の綾の淋漓たる音だ。


 ただ永遠の証明のために流れる命の水域と命の闇路。


 これは根の国の闇津波から生誕した命の流転。



「私はまだ諦めてはいないよ。生い立ちも生きてきた証である苦行も、秘密にしないといけなかった悲哀も私は全て知りたいの」


 こんな戯言を呟いても彼は親密に裏話を聞いてくれるだろうか?



「ねえ、真君。あそこの螢が山百合の根元へ光ったよ。ほら」


 山百合が咲き乱れる、聖泉が湧く水源地に源氏螢が数匹、虚空を切り裂くように飛び交っている。


 水晶の屑のような闇の裳裾が、この祓川を粉々に散った金剛石のように幻想的に光らせる。


 


 祓川の螢火は悠久の命の玉響(たまゆら)だ。



「綺麗だね。こんな梅雨の夜更けにこんな螢火を真君と見られて良かったよ」


 

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