23年ビリビリするやつのメモ

あお

【冒頭案】(不良キャラ名:グリード)

「さぁて、観念してもらおうか」

 プレイヤーネーム≪グリード≫という屈強なアバターは、ギラリと光る黒い大剣を振り上げた。

「お願い、やめて……見逃して……デスペナは、デスペナだけはっ……!!」

 グリードの眼下には、膝をつき、頭を抱え、震える声で懇願している女剣士がいた。

 彼女は少し前までは常に好成績を残し、賞金獲得経験もある国内トップレベルプレイヤーのアバターだ。

 白金の甲冑の下には、濃い群青色のドレス。

 無駄の無いしなやかな動きと、強化に強化を重ねたロングソードを巧みに操り、華麗なる剣技で他を圧倒し、一時期ゲーム内で知らない者はいなかった。

 だが今はどうだろう。

 ヒビの入った甲冑。ドレスも肩やスカートの布地が破けて散乱し、大きく素肌が見えている。ライフゲージ真っ赤になり、立つ力すら残っていない。そして側には無惨にも折れたロングソードが転がっていた。

 数分前まで、高貴さと自信を纏っていたが、今となってはプライドと装備はズタズタにされ、泥と血に汚れ命乞いをしていた。

 その様子を見下ろして≪グリード≫は口角を上げると悦びをにじませた声で、

「はぁ? バカかクソアマ。デスペナを目前にしたオンナを見逃すわけねーだろがっ!」

 命乞いをする女剣士をためらいなく大剣で薙ぎ払と、女剣士のライフゲージは0になり戦闘能力は失われた。

 グリードは、絶望に満ちた表情の女剣士を見下ろし笑った。


 VRオンラインゲームの≪ソード・デュエル≫

 その名の通り≪剣≫で戦うオンラインゲームだ。

 国・時代を超えた多種多様で魅力的な剣が登場するこのゲームは、基本PVP(対人戦)メインで、数あるタイトルの中でも最も刺激的かつ殺伐としたゲームと言われ国内の人気を独占している。

 また国内初の賞金が出る≪フルトラックキングVRゲーム≫としても注目を集める要因だ。

 ゲーム内で得たマネーが現実のお金として獲得できることと、全身に取り付けた各センサーが痛覚以外の感触をリアルに再現し、匂いや肌触りまでをも現実同様に楽しめる。

 プレイヤーは、未曾有の大戦が終結した、法と秩序と重火器が衰退した世界で≪己≫と≪剣≫だけを頼りにこの世界を生き抜いていく。

 生きるためなら何をしても良いという殺伐とした世界観とシステム設計。

 高ランクプレイヤーになればなるほど、得れる金額も多く巨万の富を手にしたプレイヤーも少なくはない。その上ゲーム内ではほぼ何でもありという人間の欲望を刺激するこのゲーム。

 そんなゲームにおいてグリードは”遭遇したら終了”とまで言われる、最凶にして最悪のプレイヤーとして多くのプレイヤーから恐れられていた。

 このゲームの命は現実と同じほどに重く、人によっては死んだほうがマシだと思わせることもある。


 デスペナルティ。


 だから殆どのプレイヤーはデスペナルティを知ってはいても「まあ、自分には起こり得ないだろう」とどこか他人事のように思っている節があった。

 実生活で不幸な事故で死亡した人間のニュースを見てもどこか他人事、対岸の火事と見てしまうのに似ているかもしれない。

 しかし一瞬の油断や隙きが大切なものを容赦なく奪っていく。

 女剣士は恐怖におののきながらも、視線をロングソードに向けると、

「お、おねがいです……その剣だけは、その剣だけは奪わないで下さい……友達と一緒に育成して作った剣なんです!」

「へえ、こいつがアンタの宝物ってわけか」

 グリードは笑いながら大剣の先でロングソードをつついているが、女剣士は声を震わせ涙ながらに訴える。

「……お願いです。どうかこの剣だけは……友達は先月病気で亡くなってしまったんです。だからそれは彼女の形見で……。お願いですっ! 見逃して下さいっ!」

「はぁ? 知るか。この世界で友達ごっことか、てめぇナメてんのか?」

 グリードは大剣を女剣士の折れたロングソードへと振り下ろす。

「やめてぇぇぇええええ!!!」

 絶叫が響き渡る。女剣士は訪れる最悪の状況に思わず目を閉じた。

 しかしグリードの大剣はロングソードにぶつかる直前で停止した。女剣士は恐る恐る目を見開いてグリードの動きを視線で追っている。

「…………何を…………」

 グリードは折れたロングソードを修復すると、自分のストレージへと収納させる。

「アンタの剣は返してやるよ。……その代わり現実世界で”一回”だけお茶しようぜ。そしたら返してやる」

「……そ、それだけでいいんですか?」

「さぁ? それだけかどうかは知らねーけどな」

「…………そ、そんな」

 困惑する女剣士。すかさずグリードはストレージからロングソードを取り出しへし折る素振りを見せる。

「わっ、わかりました! なんでも言うことを聞きますっ! ですから剣だけは!!」

 ――ああ、この瞬間が最高だ。

「話が分かるじゃねえかよ。――こいつはサービスだ」

 グリードは強化アイテムを使いロングソードを強化する。

「今の強化材は激レアアイテムだ。アンタの想い出の剣とやらが折れることはもうないだろうな」

 グリードは最寄りの都内のカフェを指定する。仮に女剣士のプレイヤーが遠方で交通費がかかったとしても賞金プレイヤーのグリードにしてみればカフェ代に交通費が加算されても誤差程度である。

「アンタの”誠意”に期待してるぜ」

 女剣士は今度こそ本当の絶望を味わい、震える指でデスペナルティによる契約完了のボタンを押すとアバターは消滅した。

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