後日譚
1 圧がすごい
てつを追い立て、なんとか人に合わずに公園まで来れた。ここには大きめの、多分恐竜がモチーフだろう滑り台がある。多分というのは、その見た目がなんともゆるキャラ然としたものだからだ。子供向けに可愛くを目指した結果だろうと思う。恐らく。
まあとにかく、それは恐竜の背中が滑り台になっていて、丸いお腹は中に空間があり、秘密基地のように遊んだり、雨宿りに使われたりしているらしかった。私は人差し指をビッと伸ばし、その丸い出入り口を指し示し、
「ほら! これ! ここに入る!」
「はあ? せめぇ」
「我慢して!」
嫌そうな顔をしながらも、背を丸め窮屈そうに恐竜のお中に入るてつ。その空間はてつで満杯になってしまったようで、私は横に立ち、仕事用のスマホを手に取った。
今は九時半過ぎ。
『──はい、こちら超自然対策委員会第二十五支部です。こんな時間にどうしましたか?
「ん? はい? ……遠野さん?!」
なぜ電話口にあなたが! 今日は忙しくて支部には来れないんじゃありませんでしたっけ?! そしてなんで職員総合連絡用の電話に出てんですか?!
『どうしたんですか? そんなに大声で』
「いやっ、だっ……いえ、すみません。なんでもありません。いや、なんでもなくはないんですけど」
今は遠野さんの事に驚いている場合じゃない。てつを……
「──ゴフッ」
『今度はどうしました? 盛大に咳き込む音が聞こえましたが』
冷静な遠野さんの言葉に、私はすぐ応えられなかった。
目の前の光景に、頭が追いつかなくなって。
「あ? なんだ」
滑り台の下で窮屈そうに丸くなっていた筈の狼は、そこにはおらず。代わりに、長い金髪を高く結い、青緑に光る瞳を持つ、二十半ばに見える青年が、ヤンキー座りでこちらにガンを飛ばしていた。
そしてその青年は、てつの声をしている。
「この姿ならちったぁマシだろう?」
言いながら滑り台の下から出て来るそいつは、今度はめんどくさそうな表情になって、私を見下ろした。
いや、待って。デカい。圧がすごい。そして服の個性がすごい。
百八十はありそうな身長と、鋭い視線。金髪が公園の常夜灯の光をギラギラと、眩しいくらいに反射する。そして着ているものが和服、袴、足袋、草履。服のせいで分かり辛いが、その肩幅も広い。
気がてつだと物語っているが、そうでなければ即距離を取って臨戦態勢に入っていたところだ。
でも、狼男の時も同じくらいの大きさだったのに、なんで今の方がこんなに圧を感じるんだろう? 眼光の鋭さ?
『榊原さん?』
「ハッ! すみません! えっと、その、問題……早急に報告すべき事柄が発生しまして。なにか被害を被る事柄ではないのですが」
私は一つ深呼吸して、言葉を続ける。
「てつが、私の目の前に現れまして。本人は戻ってきたと言っておりまして、そして今しがた人間に変身しました」
『なるほど?』
遠野さんの声のトーンが変わらない。私、結構あれな事を言ったと思うんだけど?
『てつさんが戻ってきたんですね。それで、今はどこに? てつさんと榊原さんの二人だけですか?』
「あ、家の近所の公園にいます。周りには誰もいません。私とてつだけです」
『てつさんは完全に人間の姿ですか? 以前のように形だけだったり、耳や尾が出ていたりなどはなく?』
「えっと、ちょっと待ってください。確認します……てつ、ちょっとそのまま、立ってて」
耳のいいてつには私達の話が聞こえているんだろう、ふん、と鼻で息をして、言う通りにしてくれた。その周りをぐるりと回る。正面、背面、頭、手足と確認して。
「そうですね。狼要素は見当たらないですね」
『では、お二人で支部まで来て下さい。なるべく目立たず、速やかに』
「分かりました」
電話を切ると、てつが溜め息を吐いた。
「面倒くせぇ」
やっぱり通話の中身は丸聞こえだったようだ。
「面倒くさがらないで。私も色々と言いたいけど、まずは支部に移動、の前に」
「あ?」
「その格好をなんとかしよう。とっても目立つので」
「目立つか?」
力強く頷く私に、てつは腕を組んで長く溜め息を吐く。
「で、どうすりゃいい」
「まずは服装を変えよう」
どうしようかな。てつでも分かる人間の服……あ。
「スーツにしよう、スーツ。覚えてる?」
「あぁ、まぁ、覚えてる」
てつの言葉が終わると同時に、和服は黒のスーツへと音もなく変貌した。足元もちゃんと革靴になっている。
「あとは、髪の、色、はまあ良いか。長さ、短くならない?」
こんな少しの明かりでギラギラしまくってる上、腰まであるその長さは流石に人目を引く。
「長さ、なぁ……」
てつが頭を触ると、それは一瞬で短髪になった。
「こんなもんでいいか?」
「うん、いいと思う。よし行こう。付いて来て。あ、なんか、問題とか起こさないようにね」
…………。
私の見立ては、甘かったみたいだ。
私の家から支部に繫がるドアまでの道のりに、繁華街がある。夜遅くまでやっている店がほとんどで、当然人も多い。
そしてその人達が、こちらを見てくる。正確には、てつを見てくる。
金髪の人なんてこの辺じゃザラじゃん! 背だってただデカいだけだよ! 目の色だってほら、こういう色した人もいるって!
心の中で叫ぶが、視線は減らない。当たり前だけど。
「お兄さん一人?」
「えーまじ? 一緒に呑まない?」
おねえさん方にこうして声をかけられるのも何度目だろう。しかもご丁寧に、進行方向を塞ぐ形で。
おねえさん、てつ、そんなに良いですか? それと隣に私がいたんですけど、その辺は無視ですか? そうですか。
「あ゛?」
対しててつはにべも無い。
ドスの利いた声とほぼ睨むような鋭い眼光におねえさん方が怯む隙に、さっさと横を通り過ぎ、私の隣に並び直す。
「ごめん。最短距離だからってここを選ぶんじゃなかった。遠回りすればよかった」
早く着かなきゃという思いが、判断力を鈍らせた。私一人でここを通る時は、こんな事無かったしなぁ。
「別にいい。着きゃあいいんだろう、着きゃあ」
なるべく早くここを抜けようと速歩きになる私に合わせ、てつも歩く速度を上げてくれる。
それでも声をかけてくるお方々が後を絶たなかったが、てつは途中から無視を決めこみ、物理的に絡んでくる人には「離せ」と冷たく一蹴。その圧にみなさん一瞬で手を引っ込めて下さるので、とても有り難い。
で、繁華街を抜け、やっと支部へと通じるドアまでたどり着き、それを開けたら、
「お疲れ様です、榊原さん。それで……お隣にいるのが、てつさんですね。お久しぶりです」
遠野さんが、いつもの笑顔で立っていた。
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