73 四人について

 内側からの遠野とおのさんの連絡により、二十五支部から三十三支部──海江田かいえださんの所に連絡がいった。

 そして、


『皆さんお久しぶり』


 周りをどよめかせながら、天遠乃あまえのさんと共に検査に行く事に。

 ふわふわと漂いながら手を振る天遠乃さん。


「本物……」

「本当に幽霊に……」


 そこに、そんな言葉がかすかに聞こえた。




 そして検査も終え聴取も終え、今はてつにあてがわれた病室。

 異界のひと用のそこは、漆喰の壁と板張りの床の、広々とした部屋だった。その一角に大きな布団が敷かれ、てつが寝そべる。

 天井も、てつに合わせてなのか結構高い。


「……」


 そこで今、てつは微睡んでいる。

 検査の結果、てつは軽傷だとされたけど、数日入院する事になった。


『この程度で誰が』


 そう言われたけど。


『お見舞い来るから』

『……そうじゃあねぇ』


 しぶしぶ了承してくれた。


「……」


 寝顔は、穏やかに見える。そう見えてほしいと思ってるから、かも知れないけど。




 私は無傷だった。問題もないとされた。

 けど、一回死にかけたのも事実。

 それを説明しながら、これは一体どういう事なのかと、改めて岩尾いわお先生に訊ねてみた。


『……榊原さかきばらくんの心身、特に生命エネルギーにね。変異が起こっているようなんだ』


 それは以前から、ほんの僅かな兆候として現れていた。


『それが顕著になったんだ。……伝えられなくて、済まなかった』


 深々と、頭を下げられた。


『……私に言って、大丈夫なんですか』

『ああ、患者を裏切る事はもうしないと決めたよ。言える事は全て話そう』


 それを口火として、教えてくれた事。


 私の身体はもとより、生命エネルギー──魂が変異している事。

 それは異界の影響もあるが、それからの抵抗をした自身の力と、


『神々の恩恵を、少なからず受けているようだ』


 正宗まさむねさんからの勧誘の話。あれは神様からのもの。

 私は神様の加護とやらを頂いてしまったらしい。それによって、余計人間離れしていった。

 死にかけても、無傷な健康体に戻れるくらいには。

 そして、『かれら』に触れられるのも。

 織部おりべさんに言われた事が、少しだけ身に染みた。




「……」


 てつ、起きないなぁ。まあ消耗してるもんね。

 しかしそうなると、いつ帰ろう。

 勝手に帰ると後で怒られそうな、そんな気がする……


『あっ! ここにいた!』

「へ」


 床から声が?


『こんにちは。あのね、』


 床からゆっくりと生えてくる、


あんずさん達に、話さなきゃと思って』


 いや、上がってくる天遠乃さん。


「え、え、えぇぇぇ……」


 全身がすっかり出て、当たり前に空中に浮かび上がる。

 その顔は私を見、てつを見て。


『……うん、ちょうど良いわ』


 えっ何が。


『突然ごめんね。今しか話すタイミングがないの』

「え、あの、何の」

『あの四人が、何者だったか』

「!」


 天遠乃さんが言うあの四人。


「それって、今回の犯人達だったあの、子、達の事ですか」

『ええ』


 こくりと頷く彼女の、長い黒髪がふわりと揺れる。


「えっあの、それなら」


 てつを起こさなきゃ。


『良いわよ? この状態で。てつさんもこのままで良いでしょう?』


 はい?


「……それは」


 もしや、起きてると? 言う事でしょうか?

 そんな風に少し困惑する私の横から、低い唸り声が響き。


「……今更だな」


 ぱちりと、その瞼が上がった。


「えっ」


 本当に起きてた?


「もう終わった事だろう。それを聞かせてどうする?」

『そうねえ。どうするというより、知る権利があると思ったから。あなた達は、巻き込まれた側だし』


 睨みを利かせるてつに、天遠乃さんは少し眉尻を下げ、微笑んだ。


「……」

『それに、そんなに込み入った話でもないのよ。今回の犯人の思惑というやつは』

「そうなんですか?」

「杏」

「いや、でも……私は知りたい。あの四人について」


 言えば、てつは溜め息を落とし、また伏せた。


「……わぁったよ」

『じゃ、纏まったところで』


 天遠乃さんは、再度私達を見やり。


『彼らは四獣、四獣って知ってるかしら?』

「多分……朱雀すざく青龍せいりゅう白虎びゃっこ玄武げんぶって、方角にも使われる神獣? みたいなものと……」


 最近勉強し始めたこれ系・・・の知識を、浅いなりに引っ張り出す。


『そうそう。赤青白黒ってね、真ん中に黄色があったりするんだけど、まあそれは今回は置いといて』


 置いとくんだ。


『あの四人は、異界での四獣にあたる者達の一族、その末端ね。……末端だから、力も弱い』


 ……弱い? あれが?


『そして彼らは幼かった。周りに与える印象通りに。弱くて、幼くて、一族から爪弾き者にされていたみたい』


 天遠乃さんは顔を少し伏せ、


『……弾かれ、異界あちらに居場所がなかったあの子達は、自分の居場所を作ろうとした』

「……」


 居場所。それが、『かれら』での裂け目?


『始めはほんの遊び……いえ、最後まで遊んでいる気でいたんでしょうね。あの子達は……』


 その言葉に、目を見開く。


『最終的に異界とこの世界を繋げて、しっちゃかめっちゃかにして楽しみたかったみたいね。あの子達が弱いのは、自分達の一族での話。そこから離れれば基本誰でも圧倒できる』


 だからこれほどに犠牲が出た。

 幼くとも、力及ばずとも彼らは、神の端くれ。


『本当は十年前の時に完全に遊び尽くす気でいたらしいわ。でも、思ったよりその『素材』が足りなかったと、やり終えてから気付いた』

「そざい……」


 十年前の、犠牲者。


『そしてまた、遊び半分に集め出した。私も、てつさんも、それに巻き込まれたのね』


 そこで天遠乃さんの顔が私に向き、


『そして今年、二度目の悲劇が起きた。その悲劇の破片となったてつさんが、杏さんと出会って』


 今に至る。


『ちなみに、前回の反省を踏まえて素材をより多く集めていたようね』


 素材は一度に使いきるのではなく、もう半量残してあったとか。それを裂け目に再び投入し、塞ぐ事の出来ない傷を作ろうとした。


『私はこの間の二度目の時に混ぜられる筈だったらしいけど、あの子達、それを忘れていたみたい。……てつさんは』


 そこで、天遠乃さんは声を一段落とし、


『てつさんは、素材として使われた後、また使える・・・・・と集め直されていた。その延長線上で、杏さんも目を付けられた……』


 その話を、聞けば聞くほど。

 頭は冷え、胸の中で何かが渦巻く。

 私はどうすればいいのか、今何を考えているのか、よく分からない。


『……と、こんな話よ』


 集めた情報を組み立てたら、そんなものが浮かび上がりました、と。

 天遠乃さんが話し終え、辺りはしんと静かになった。


「……その、四人は、今……」


 なんとか、それだけ口にする。

 他にも色々聞きたいのに、口が上手く回らない。


『一命は取り留めて、本部の施設に収容されているわ』


 一命。生きている。


『けど、九死に一生って感じかしら。話を聞くのは、……今は無理ね』


 天遠乃さんは、ちらりとてつに視線を投げ、また私に向き直る。


『他に聞きたい事、あるかしら?』


 ある。ある筈だ。

 けど、口を開けては閉じ開けては閉じで、何も言葉にならなかった。


「……」


 諦めて、首を振る。


『……そう。何かあったら、隙を見て聞いてきてね』

「え」


 隙?


第二十五支部こっちにいる事のが、多くなるとは思うけれど……次いつ会えるか、確約するのは難しいわね……』


 そのまま、ふーむ、と唸る天遠乃さん。


『あ、そうそう。私も聞きたい事が』


 そしてぽんと手を打って、


『てつさんあなた、多分元の大きさよりも大きくなったわよね?』


 明るい声で、そんな事を聞く。


「……そうだな」

『それ、杏さんの力のおかげだと思ってるんだけど、合ってる?』


 そうなの?


「……恐らくな」

『じゃあ、私のは……』


 『私の』? って、何の……


「……あ?! 天遠乃さんの身体?!」


 あれどこに?!


『そうそう、それ。てつさんにいったって事よね?』


 なんだそれ?!


「だろうな」


 何故そんな冷静に頷く。


「分かってんだろうが、戻せと言われても無理だからな。そもそもが、本来分離出来るもんでも無い」

『ええ! 逆に安心よ』

「安心出来ます?!」


 思わず叫ぶ。


「え、えっ? 待って下さい。天遠乃さんの身体がてつにいったって、」


 そんな場面、遭遇してない。何がどうして。

 螢介えいすけさんみたいに混ざっ……


「……私が、還した、から?」


 あのうろでの?

 私の力でって、それしか思い浮かばないし。


『そうね。還るとか還すとか、そういった言葉が相応しいわね』


 恐る恐る聞いたそれを、当たり前のように肯定された。


「いや、そんっ……わたし?」

「何をそんなに混乱してる」

「いやだって」


 ヤバい事をしでかしてないか。知らなかったとはいえ、でも知ってても同じ様にしてしまう気もする。


『落ち着いて杏さん。私はもう死んでるの。身体が有っても無くても、もう変わらないから』

「そ、ぁ、そう、いう問題、ですか??」

『そういう問題なのよ』


 天遠乃さんはまた頷き、


『有ってもね、変に利用されないとも限らない。だから綺麗さっぱりな今の方が、私にとっては良い状態なの!』


 綺麗さっぱりって。


「こう言ってる。気にすんじゃあねぇよ」

「て、藍鉄あいてつってこういう時ホントばっさり言う……」


 良いなら、良いのか?


『じゃ、話も終わったし行くわね! お邪魔しました!』

「あっはい。どうも……」


 おぅわ……床に潜ってく……。


 そしてまた、部屋は静かになって。


「……あ、じゃあ、私もそろそろ」


 帰ろうかと思ってたんだ。忘れてた。


「杏」

「はい?」

「てつでいい」


 え?


「藍鉄も、てつも、どちらも俺の名だ。……だから、てつでいい」


 伏せたまま、そんな事を言われる。

 だから、の意味がよく分からなかったけど。


「……うん、はい。じゃあ、てつで」


 それに頷いて、部屋を後にした。




 ──それから。



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