第11話 ようこそ、幻想の世界へ ~ 究明:1
これまで起こった7つの殺人事件。
その一連の騒動全ての発端となったその事件が起こったのは10日前……ティーツァ領の右端にある『ボルド』で始まった。
何者かが一人暮らしの住宅に押し入り、住民を殺害。
その後、何事もなかったかのように、犯人はその家で一夜を過ごし、今回『ゴーシュ』で起こった事件のように、明朝頃に小火を起こし……それが原因で事件が発覚するに至った。
「この事件も今回みてぇな、集落から少し外れた位置に住んでる一人暮らしの男が狙われたんですが、その手口は今回みてぇな
「一刀で首を撥ねるって……」
人は簡単に死ぬ。
何しろ重要臓器の一つでも傷つけばよっぽどのことがない限りは助からないし、出血が多すぎても死ぬし、痛すぎても死ぬ……そんな非常に脆い生き物ではあるが、刃物で首を撥ねて殺すというのは、相当の技量がなければ不可能だ。
何故なら皮膚や肉は簡単に断ち切れるが、骨はそうは行かないからだ。
人の首を飛ばす機会があるはずのない人間でも、常人が包丁でまな板が斬れないのは誰だって理解できるだろう。
要はそれと同じだ。
骨を断つというのは普通の刃ではまず不可能で、方法としては骨を砕き無理やり断ち切るか、上手いこと関節を狙う、といういずれかの方法ぐらいしか存在せず、いずれも常人には不可能であることは明白だ。
一応この世界には人知を超えたイカれた性能をしている剣などもあったりするが、そんな可能性まで考慮していたらキリが無いし、もしそういうモノを所持していたとしても、結局危険な武器を持った殺人鬼が居るという表現に変わるだけで、事実は変わらない。
だけど今回はそんな可能性を考慮するまでもないほどに、証拠と状況が今回の犯人が只者でないことを物語っている。
……本当に、恐ろしいことだ。
「えぇ、そんな芸当が出来るヤツぁ早々居るもんじゃあない。しかもそれをやってのけたヤツぁ堂々と玄関から押し入って、有無を言わさず住民をブッ殺してると来た。これで犯人は相当な手練だってことはすぐに分かったんですがね……」
「……あの、どうしてそこまで分かったんですか?」
どういう手段・状況で殺害されたかなどは状況証拠などからある程度は推理できるが、現場に赴いていたとしても、当時の状況までは分からなかったはずだ。
今回の事件も残されていた血の跡などのわかりやすい証拠があっても、犯行前の行動すら分かっているというのは少々おかしい気もするが……。
「足跡ですよ。報告書にもチョロっと書いてたと思うんですが、ボルドじゃあ事件の当日雨が降ってたんでさ。それで地面が相当泥濘んでたもんで、家ン中にも残ってたんですよ、泥塗れの足跡が点々と」
「……あぁ、そう言えば今回の事件でも残ってましたね」
あれだけ派手な殺し方をしたのだ。
当然現場に残されていた血溜まりの跡は相当なもので、大きな水たまり程の大きさの赤黒いシミがばっちりと残っていて、その血溜まりからは犯人のものと思われる足跡がしっかりと残っていた。
とはいえ今回の事件で分かったのは犯人が被害者を殺害した後すぐに家を出たという形跡ぐらいだったのだが、ボルドでの一番始めの事件は、当日の雨もあり今回以上に……それこそ犯行中の一切がわかる位にしっかりと跡が残っていたらしい。
「それにヤツぁまるで痕跡を隠す素振りもなかった。なんなら、見せつけるみてぇにあちこち残してやがって……
そういうボルドさんは、これまでの取り繕った投な態度を忘れてしまうほどに、悔しさと滲ませながら、その身を怒りに震わせていた。
その様子から分かるのは、ボルドという人物の根幹。
(この人は個人である他人のためであっても起こることが出来るような根っからの善人なんだろうが……感情的になりやす過ぎる。人を纏めるのに必要な素質ではあるけど、
強い感情は時に強い先入観と、都合の良い妄想を生み、思考を著しく妨げる。
確かに彼はリーダーとしてなら理想的な人物だが、探索者として考えるなら……無能とは言えないほどの中途半端な能力、感情的になりやすい性格、世渡り上手だという一点を加味して、かなり甘く評価して正直……2流以下といった所で、そしてそれは彼の首に下がっているシルバーの認識票がそれらの評価を裏付けている。
アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド……探索者という職業には階級というありがちな評価基準が設けられていて、シルバーは下から3番目の階級となるわけだが、実はそれほど悪いものでもない……彼の年齢を考慮しなければ、の話だが。
(ギルドの評価基準が全てじゃない。……けど、人には向き不向きがあるし、僕としてもボルドさんのことは嫌いじゃないけど、今回のことで彼を纏め役に据えたのは失敗だな)
何故なら、彼には人を疑うことが出来ないからだ。
別に付き合いが長いわけでもないあのフードの男を庇ったように、彼は……少々優しすぎる。
……本当にどうしてこんなに拗れてしまったのかと頭が痛くなるが、余計な思考を取り払うために小さく頭を振って、再度話を続けるビアドさんへと向き直った。
「……全く、イカれてるとしか思えねぇが、クソッタレなことにヤツの腕はピカイチで、
そういうビアドさんが指差したのは、ティーツァ領の中央の領主が居を構えている『サント』の街と、1件目の事件があった『ボルド』の丁度中間ほどに在る『ロワット』を指先で叩いた。
この『ロワット』は『サント』へ繋ぐ役割を持つ……ティーツァ領の中でもかなり規模の大きい宿場町だ。
ここで2件目の事件が起きたとなると……噂の拡散は避けられなかっただろう。
「ここでもまた、おんなじ様な状況で一人暮らしの女が殺されたんだが、ここはさっきの事件よりもひでぇ有様で家ン中も死体も殆ど原型が残ってねぇぐらい、ぐちゃぐちゃに壊されてた」
(……アピール、だろうな)
しかも、ただ単に目立とうとしているわけじゃない。
態々二回目の犯行を人の多い『ロワット』で起こしたのも、多くの注目を引くためだろう。
「前の事件からそれほど時間も立ってねぇ上に現場に残ってた足跡が同じときた。となりゃあ―――」
「同一犯による連続殺人だと、そういうことですか?」
僕のその言葉にそうだ、とビアドさんは頷くとすぐに話を続けた。
「他の事件もこれと同じような状況だが、手口はマチマチ。だが過去7件の事件で共通してやってる事がある」
「小火と、足跡……ですよね」
『ボルド』で事件が発覚した15日前から考えれば、殆ど2日ペースで殺人をしていることになる。
そしてその犯行の全てには「現場に残された足跡」と「小火による発覚」という共通点が存在していた。
それは今の今まで全てで共通しており、特に前者は現場に残された足跡が全て一致しているため、同一犯であると容易に想像できてしまう要因である……が。
「……いいや、実はそれだけじゃねぇんだ」
「え?」
そんな僕の確認を遮るように、ビアドさんは頭を横に振って、すぐにその言葉の続きを吐き出した。
「ヤツは質の悪いことに、態々俺らの巡回ルート上で殺しを起こしてる。いや、これは単に俺らがヤツが潜んでることに気が付けない無能なだけなのかも知れないが……なんにせよ、ヤツは俺らをコケにしてやがるんだよ……ッ!」
ビアドさんがそう思うのも無理はないだろうが―――そんな事より、もっと重要な情報が在ったはずだ。
「……因みにそれ、今まで起きた事件の何軒が当て嵌ります?」
「最初の1件目以外の事件がそうだな。……それがどうしたってんだよ?」
調査隊にはかなりの人間が投入されていおり、それを幾つかに振り分け、複数の隊を組み、それぞれ各地に割り振られていて、この隊もその一つに過ぎない。
そして、ティーツァ領には少なくない村が存在しているし、流石にそれら全部に隊を派遣できる程いるわけじゃない。
だから巡回ルートを組み、村町で1日滞在し、調査と警邏をした後はすぐにそこを発って、他の村町へと向かう……そんな、なんとも非効率的な方法だが、それ以外の対処は各々に委ねるしかないのが現状の中で、尽くせる最善はこれしかない。
故に、そんな風に各地で散り散りに行動しているせいで、情報共有が遅れ……こちらはいつも後手になる。
それに、今までの話を聞いていて気になることがいつくかあった。
「それにちょっと気になることがあるんですが……1件目から2件目の事件現場までえらく離れた所で起きましたね?犯人は単独だって言うことですけど、これって2日で間に合う距離なんですか?」
2件目の事件……『ロワット』で起きた事件は、『ボルド』での事件からわずか2日後のことだと言っていたが、この二点間には思った以上に距離がある。
僕たちが『サント』から『ゴーシュ』に至るまでに馬車で3日掛かったが、この地図で見た感じ、この『ボルド』から『ロワット』間にはそれと同じぐらいの距離があるように思える。
「あぁ。馬を走らせりゃあ十分間に合うだろうし、それに足の疾いやつなら
大人数を運ぶ馬車と、一人で馬を使う場合では当然後者のほうが早いし、この世界のには平然と馬よりも早く走る事ができる人間も存在していたりもするし、なんなら魔法一回で国家間すら往復してしまうようなのもいる。
もう今のボルドさんの発言にツッコみたいところではあるが、その気持をぐっと抑えて次の質問に移った。
「じゃあ、3件目の『ミリュー』へも?確かここも2件目の事件から2日後に事件が起こったんですよね?」
そうして指差したのは、ティーツァ領の右側に存在している『ロワット』からは丁度反対側にある『ミリュー』の町を指差すと、ボルドさんは図星を突かれたと言った感じに一気にその表情を渋らせた。
「……確かに距離の問題ってのはあるが、同一犯である証拠が挙がってる以上はそうとしか言えないんだよ」
(推測とか推理とかそういうのなしでいきなり断定とは……全く、ぶったまげるわこんなもん)
彼らの立てている推理はガバガバも良いところの希望的観測に過ぎない、ということがこれで証明されてしまったわけだが、一概にこれを責めることは出来ない。
何故なら僕は全ての情報が出揃った後に、俯瞰で推察が出来ているわけだが、ずっと現場で駆けずり回っていた彼らとはまた視点が違う。
だから―――と、養護するわけではない。
正直、現場の方が気付きは多いはずだし、直に見て聞けるのだから得られる情報の鮮度が段違いであり、もっと早くに何かしら
とはいえ―――。
(それが
僕はここに来てようやく犯人から伸びる影に足を突っ込んでやることは出来たらしい。
(あーもう、こんなのたかだか15のガキが頭突っ込むことじゃないっての……)
痛む頭を抱えたくなる衝動をなんとか抑えながら、胸の内に溜まった色んな思いを吐き出すように一度だけ大きなため息を吐き出し、僕は意を決して口を開いた。
「―――ビアドさん。今回の事件、解決するかも知れませんよ」
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