第9話 ようこそ、幻想の世界へ ~ 捜索:1



「―――ルドス様。そろそろゴーシュに到着いたします」


「あぁ、分かったよ」



 父さんからティーツァ領で起こっている事件について話を聞いた、その翌日、僕は我が家頼れるメイド長―――ラウラと共に、今回の事件のために編成された捜索隊の馬車に相乗りし、つい先日事件が発生したというゴーシュという村へと訪れようとしていた。


 ……というのも、父さんからティーツァ領で起こっている事件について話を聞いた、その日すぐに僕は父さんにとあるお願いをした。



 ―――僕も捜索に参加させてくれないか、と。



 息子を殺人犯の捜索にをさせたい親など居るはずもなく、当然その場に居た全員からめちゃくちゃ反対された。


 だが僕の意志は堅く、もう腹をくくって居たのもあって、全く折れることなく説得を試み続け、最終的には―――



「……無理言って、ごめん。僕だってティーツァ家の男なんだ。だから、このまま何もしないで見ているだけなんて嫌なんだ!」


「ルドス……」


「ルーちゃん……」



 この言葉を聞いた父さんと母さんが折れ、ラウラ同伴でなら捜索隊に加わることを許してくれ―――今に至る、というわけである。



「……場違い感が凄いな」


「そんな事はありません。ルドス様はこの場の人間たちと比べても遜色ない実力を持っています。ですので、寧ろ堂々としていたほうがよろしいかと」



 先程から捜査隊の面々からちらちら向けられている好奇の視線に少しうんざりしていた所で、ついそんな小言を零してしまったのだが……猫の獣人の血を引くラウラは僕のそんな小言すらも耳聡く聞いていたらしい。


 ラウラの気持ちフォローは嬉しいのだが、僕がそんな事を零したのは別にこの空気感に飲まれたからではなく、ラウラの出で立ちを見てつい思ったことが口からこぼれてしまっただけなのだ。


 いつも通りきっちりとしたクラシックなデザインのメイド服に身を包んだ艷やかな褐色の肌に綺麗に編み込まれた白髪をサイドになびかせているという、由緒正しいメイドの正装をばっちりと決めている彼女だが、研ぎ澄まされたような切れ長で、群青の瞳は雲ひとつない夜空の如く冷たく輝やき、そして、その美しい白髪から飛び出す猫科特有の長い耳と、にょろりと腰から飛び出すしっぽの印象すら掻き消してしまうほどの美貌がとんでもないバランスで共存している。


 以前に彼女のことを褐色猫耳メイドと評したことがあるが、それじゃあ到底彼女のことを表することなど出来ないほどに、属性をこれでもかと詰め込まれた超絶完璧完全無欠万能メイドこそが、彼女―――ラウラという人物の総評となるわけだが、そんな彼女が野郎しか居ないこの場において異質としか思えないほどに浮いているのは言うまでもなく、ただ此処に存在しているだけでこの場に居る全ての人間たちの視線を釘付けにしている要因であった。


 その内の1割……もっと少ないか?……程の注目を受ける僕に向けられるのは、羨望や嫉妬のようなネガティブな感情を含んだもので、馬車に乗り込んでからの3時間ほどずっと針のむしろのような状況であるといえば、僕がうんざりしているのも理解してくれるんじゃないかと思う。


 そんな状況下でこんな煽りとも取れるような言葉がラウラの口から飛び出したとあれば、まーもう、一気に空気がピリピリしだすよねぇ……。



「ははは、そうだね。お世辞・・・だとしても嬉しいよ」



 精一杯取り繕った苦笑を浮かべながらお世辞という言葉を強調することで、ピリついていた空気をなんとか誤魔化すが……実際、ラウラの言ったことは正しく、この場に集められた者たちの実力はそれほどでもないものが多い。



 具体的には……そう。



 少なくとも「凡才10」の「壁」を超えた者は、この場には居ないだろう。


 一般人に比べれば圧倒的ではあるだがろうが、一定以上の力量を持った人間には及ばない、常人よりも少し強い程度。


 だがこれは別にこの人達が弱いと言いたいわけではなく、「一般」程度の実力は持っている……が。



 ―――間違いなく、今回の事件の犯人には勝てない。



 父さんから又聞きしただけの状況証拠からの推測でしかないが、今回の「敵」は彼らの一つ向こう側に立っている人間だろう。


 もしかしたら、もっと厄介かも知れないが……そんなことは所詮誤差でしかなく、結果は等しく「敗北」となるのは目に見えている。


 とはいえ、それは彼らと遜色ない実力である僕も同じこと。


 このまま犯人とかち合うようなことがあれば、間違いなく為す術なく殺されてしまうことだろうが、幸いにして今回はラウラが付いてくれている。



「ルドス様、お手を」


「あぁ、うん。ありがとう」



 停車にが近づくにつれてさらにガタゴトと大きく揺れる馬車の中、ラウラは僕のことを支えるように、手を握ってくれる。


 ラウラのこの手は僕の小さな頃から何も変わっていない。


 ひんやりとした人肌の感触、そしてそれ以上に暖かな優しさがしっかりと繋がれた掌から伝わってくる、そんなどこまでも献身的な手。


 こうしてそれなりに大きくなっても、彼女の過保護は留まることはなく、両親が与えてくれる以上の愛情を持ってしていつも僕を気遣い、見守り続けてくれている……僕にとってのもうひとりの家族と呼べる存在がラウラなのだ。


 今回、僕が捜査隊に加わりたいと言った時、誰よりも反対し、納得しなかったのは彼女であり、この時に至るまでついぞ彼女が折れることはなく―――結果、ラウラを同伴させるという力技で彼女の了承になんとか漕ぎ着けたが、本心は間違いなく納得していないことだろう。


 これまで僕が積み重ねてきた努力も、研鑽も、もちろん彼女は至る所まで全てを把握しているのにも関わらず、頑なに頭を縦に振らなかったということは……少なくとも今回の犯人は僕よりも上であるということだろう。


 ただまぁ……相手との絶対的なほどの戦力差があろうと、ラウラは簡単には頷くことはないんだろうけど。


 だけど一つ確かなことは、ラウラが僕の事を過保護にするように、僕も彼女のことを底抜けに信用している。


 だから―――



「―――私が守ります。何があっても、何が来ようと、絶対に」



 僕に向かって優しく微笑む彼女は、いつも以上に美しく見える、確固たる意志と決意を秘めた群青色の瞳を小さく細めて、繋いだ手をほんの少しだけ強く握り直す彼女の横顔を見て、僕はこの先待ち受けるであろう試練に改めて覚悟を深めたのだった。



・・・



 ティーツァ領のに存在するこの『ゴーシュ』は人口300人程であり、主に大麦や小麦などの穀物と、畜産業によって成り立っている小さな農村だ。


 ファンタジーの世界観的にはそれなりの規模の農村であるこの村で、突如として事件は発生した。


 事件現場は村の少し奥まった所に存在する小さな民家。


 住んでいたのは一人で、既に両親は亡くなっており、交際していた女性なども居ないが、良く働き、周囲の評判もよく、恨まれるような事はなく、貰い手が居ないのが不思議なぐらいだと言われていた、中年ほどの独身男性だったそうだ。


 ……そんな誰もが認める善人は、二日前この家で無残な状態になって発見された。



「―――それでこんな殺された方されたんじゃあ、たまったもんじゃねぇなぁ」



 丁重に保管されていた死体を眺めそう零したのは、調査隊の一人である探索者の男であり、その口ぶりと顰めた顔から相当に酷い状態であることが容易に想像出来るぐらい、皆一様に直視を避けていた。



「……ルドス様。あまりそういったものは見られないほうがよろしいかと」



 僕も死体の検分を行おうかと思ったのだが、ふわりと音も気配もなく僕の前へ現れたラウラにガードされて殆ど視界にすら映る事はなかったが……その後、調査隊の面々によって行われた検死によると、剣やナイフのような鋭利な刃物によって切り裂かれたことによる「ショック死」であることが判明した。


 とはいえ、被害者が死亡した後、何度も何度も執拗に攻撃を繰り返されたせいで、死体の損壊があまりに酷いため凶器の特定は難しいとのことだが、彼らも様々な修羅場を潜ってきたベテランであることは間違いないが、この道の専門家と呼べるほどには精通していないし、それも仕方ないことだろう。


 死体の検分があらかた終了した時点で、僕たちは現場となった民家を訪れたのだが……ひと目で現場の異常さに気が付いた。



(……確かに、おかしいな。これは)



 先程の死体は尋常ではない殺され方をしていたというのに、此処は尋常すぎる・・・・・


 確かに、殺人が行われたらしいリビングには夥しい量の血痕が残されているが、それ以外が普通すぎる。


 今も此処で人が暮らしていたかのような生活感の残る屋内は、家具や物が乱れていることもなく、例によって、炊事の火を着け放して居たらしく、炊事場は少々焦げた様になっていたが、それ以外は荒らされた痕跡すらない。


 あの残虐な殺人の手口からして、犯人は衝動的、或いは無差別に犯行に及んだのかも知れないと思っていたが……。



(どう見ても、素人の手口じゃないな。こりゃ……)



 今回の殺人は間違いなく計画的に行われている。


 その根拠の一つはこの民家のある場所。


 他の民家とはそれなりに離れていて、多少の物音程度では気付く事はなく、そして絶妙に発見されづらい。


 先程、この村をある程度見て回ったが、他は距離はあっても開けていたり、ある程度住宅が密集していた。


 その中で先程の条件に合致するのはこの家ぐらいであり、無差別に標的を選んでいる訳ではないという犯人の意図が透けてくる。


 そしてもう一つの根拠は―――。



(……抵抗した痕跡が一切ない。多分、抵抗するまもなく殺されたんだろうな)



 血痕が残る殺害された現場は、炊事場の直ぐ側で、近くには木製の二人がけの小さなテーブルと二脚の椅子が乱れることなくきっちりと置かれているが、その足元の砂埃からここ数日は移動が行われた形跡もなく、普段使われていないらしい片方の椅子の上には薄っすらと埃が被っていた。


 状況と血痕の位置からして、食事の準備をしようとしていたところを襲われたのだろう。


 炊事場に出たままになっているまな板の上には、その上に置かれた日が経ち色が悪くなってしまっている玉ねぎと、使い込まれた様子のキッチンナイフが置かれており、もしこの状況で襲われたのなら、まず目の前にあったナイフで反撃するだろう。


 だが、それが手付かずで置かれているということは、被害者は抵抗する間もなく、恐らくはほぼ初撃で殺害されてたか、完全に抵抗を封じるような手段を講じていたことになる。


 そんな事が可能なのは、ある程度の実力を備え、そして殺し慣れている・・・・・・・者ぐらいだろう。



(そりゃあ、手に負えないわけだ……)


「……もう、よろしいのですか?」



 予想以上にややこしい自体になりつつある事に大きなため息を吐き出して、僕は急いで踵を返し、今まで僕の邪魔にならないように付かず離れずの位置で控えていたラウラの方へと振り向くと、既に僕の行動を察し、すぐ側に取っていた事に若干驚きつつも、すぐに気を取り直して彼女の方へと向き直した。

 


「あぁ、必要な事はもう知れた・・・・・・・・・・からね。それよりも、他に確認しなきゃいけないことがあるんだ。そのために持ってきて欲しいものがあるんだ……頼めるかな?」


「はい。勿論です。何なりと申し付けください」


「じゃあ―――」



 僕はラウラにあることを言い渡した後、再度その場で思考に耽るのだった……。

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