第8話 視線
――わたしは今どのような状態なの?
突然ハッ!! と目覚めたかと思ったら、わたしはいつも通学で使っている駅のホームにいた。
現状を全く理解することが出来ないでいると、通期に駅を使う人たちの群れがわたしの方へと向かってくる。反射的に避けなければ!! と思うのだけど、体が思うように動かない。
あたふたとしている間にも人の波は押し寄せてくる。
――だめだ!! 間に合わない!!
どうしようもなくなって、体を少し縮こませて防御態勢をとった。自然と眼をギュッ!! と固く閉じる。
足音と共に近づいて来た人の波に、そのままの姿勢で呑み込まれたのが感覚的にわかる。普段ならばあちこちぶつかって痛みなどが走ったり、ぶつかった拍子に何かを落としたり、それを拾ったりと周りにも大変迷惑ななことになるのだが、この時は違った。まったく衝撃が無い。それどころかまるで何もなかったように、誰もこちらを気にしている様子が無いのだ。
――あれ?
そっと目を開けてみる。
目の前には私に向かってくる人の波が見えている。しかしだれ一人として私にぶつかる事もなくそのまま
――え? え? どうなってるの!?
困惑するわたしは、再び身体を触ろうとするのだが、伸ばした手は自分の身体をすり抜けた。
それからが大変だった。どうやらわたしは他の人には見えていない……いや、実体すらもそこに存在していない物のようで、誰からも視線を向けられることは無いし、勿論声すらも掛けられることもない。
少しそのままその場に立って検証してみた結果がそれ。つまりそこに居ても意味がないという事を理解した。
――というかコレって……幽霊になっちゃったって事? わたし死んじゃったのかな?
意識は確かに自分自身だと、自分は日比野カレンだと認識している。でも本当に自分が生きていた時の日比野カレンだと証明することはできない。
悩みながらもどうにかしてそこから移動しなければと、思うように動いてくれない身体を四苦八苦しながらも、何とか少しずつではあるが動かせるようになった。
気が付いた時には、見たことが有る人達がまた私の方へと集団で歩いてくる風景が、面前に広がっていた。
――え? 1日経っちゃったの?
体を少し動かすだけでも、とてつもないエネルギーが必要なよううで、その感覚に慣れるまで1日を費やしてしまった事になる。しかしだからと言ってかなりの距離を移動できたかといえば、そんな事は全然ない。
それどころか――。
――1メートル……くらいかな?
元居た場所からほんの少しだけ横に移動したくらい。それが1日での限界だった。
――このままじゃいつになるのかわからないわ!! もっと頑張らなくっちゃ!! せめて誰かに頼れたらいいんだけど、わたしの事をみえないんじゃどうしようもないわね。
もう少し頑張ってみよう!! そう決意したと思ったら、また自分の意識は遠くなっていく。
――まって!! わたしはまだ死に……。
次に気が付いた時には、今まで通りの部屋の中で、寝転んでいる自分だった。つまりは元に戻ったという事で、未だ死んでしまったわけじゃなかったという事。
ホッとしたのもつかの間。現状を考えるのならば安心してもいられない。それは
――どうにかしなくちゃ!!
考える。何もできない今の状態でいるよりは、あの状態の方が出来る事が多いはず。何よりもこの場所から外に出られるのだから、チャンスは多くなるはずだ。
ガサゴソと動き回っていると、ぐ~っとお腹が鳴る音が聞こえた。そういえば最近はしっかり食べる事もしなくなっていたなと思い出す。
こんな状況になって、都築からも色々されていた時は既に諦めの気持ちが強かった。そのまま続くのならば、アイドルだって辞めたっていいと思ったし、そのまま死んでも良いとさえ一瞬だけど考えてしまった。
――チャンスはあるかも!!
胸の中に何かが灯るような感じがした。まだまだ小さいその灯を消さないためにも、自分に出来る事をする。それが解決できそうな唯一の方法だと自分に言い聞かせ、それまで食べるという欲求でさえも気にして無かった事が嘘のように、用意してあった食事をむさぼるように口に運んだ。
急激に腹に食べ物を詰め込んだせいか、有った物を食べ終わるとすぐに急激な眠気に襲われる。しかし今の自分にはそれが眠気なのか、死に至るまでのカウントダウンなのか分からないため、焦りが出てしまう。
――そんなどうしよう!! 本当に今度は……。
なるべくは目を閉じない様にと頑張ったものの、結局はまたそのまま意識を手放したのだった。
どのくらいの時間が経ったのかさえ分からない、ほの暗い意識の中で夢を見ていた。夢のような世界の中で夢を見るというのも変な感じはするけど、わたしにはそうとしか表現できないのだから仕方ないところ。
微睡みの中で漂うわたしに、どこからともなく感じる視線。そんなものが感じるわけがないと思いながらも気になってしまって、それが感じる方へと動き出した。
夢の中なのだから、一瞬でそこまで行ければいいのにと思う程、わたしの移動速度は遅い。
それでも懸命にその感じる視線を追うと、小さな光の球のようなものが遠くに見えた。更に頑張って近づいていく。ようやくそれが何か分かるような距離までたら、それは球ではなく一筋の光が差しているという光景だった。
――なんだろうあれ……。
わたしがその光景を少しばかり見つめていると、突然目の前にあの視線を感じた。同時に光の筋が点滅したかのように明暗をはじめ、それが収まるとそこには一人の男の子の姿が写っていた。
顔はイケメンとかではないけど、整っている方だと思う。ただ黒髪で少しぼさぼさのままにされた髪が目を隠しているような感じで、どちらかというと陰キャよりに見える感じ。
ただ顔の見た目的な印象からしても、たぶん自分と同じくらいの子だとは思う。
――だれ? きみはだれ? どうしてそこに居るの?
声にならない叫びにも似たものを上げる。
もちろん向こう側からは何も返事は無い。ただ……視線はわたしの方へ向けたまま、ジッとこっちを向いたまま動かない。
誰なのか分からないその男の子を私もジッと見つめる。二人とも何も話さないまま時間だけが経過していく。すると少しずつ男の姿が薄れていくのが分かった。
――まって!! せっかくこうして会えたのに!! 話を聞いて!!
無意識のうちに伸ばした手は彼の事を掴むことなく宙を切った。
――どうしてこんなものを見るの? これは夢なの? それとも……。
胸の奥がギュッと締め付けられるように痛む。そんな痛みを感じながら、わたしはまた何も見える事の無い暗闇の中に沈んでいった。
ゆっくりと瞼を開く――。
そこは全かいとは違う風景が広がっていた。駅のホームにいたはずの私は、どうやって来たのか分からないけど今度はどこかの町の中へ来てしまったらしい。
自分出来たわけじゃないから、どうやって来たのかいつ来たのかもわからない。ただわかるのは――。
――何も変わってない……。
自分がまだ見えない姿のままだという事。人通りの多い時間帯にもかかわらず、しかも目立つはずの交差点付近に立っている私の事を誰一人として気にする素振りが無い。
自然と涙がこぼれてくる。
わたしは誰にも感じてもらうことが出来ずに只々このままずっと、いつまでも時間という概念が分からなくなるほど、もうこのままなのかもしれないと思うと、自然と悲しみが込み上げてきて泣いてしまっていた。
いくら悲しいからといっても、このままでいいはずがない。もう一度「むんっ!!」と気合を入れなおして、道行く人に誰でもいいから声をかけまくる。幸いなことに今回は何故かしっかりと自分の意思で動き回れるようなので、そこら辺にいる人達に片っ端から声を掛けて回った。
目の前に回り込んで、手を大きく振ったりしてアピールを続けたけれど、え私に気が付いてくれる人は現れないまま。
――まだダメなのかな……。
そう思っても説いた一に引き返そうとした時、わたしの正面から男女の二人組が歩いて近づいてくるのが見えた。少し距離があるので良く見えないけど、見た目的にも私と同じくらいの感じがする。少し頼りなさげな男の子と、その男の子に寄り添うようにして歩く、少し小さな女の子。
何やら楽し気に会話をしているようだが、わたしの声は聞こえないだろう。羨ましさと寂しさが相まって、その二人の姿をじっと見つめているわたしがいた。
すると――。
チラッという感じでしかなかったけど、男の子から視線を感じたような気がした。わたしの気のせいかもしれない。でもなぜか私の心はその男の子の事が気になって仕方なかった。だから私も彼を見つめるのを止めない。
ばちっ!!
何かがはじけるような感覚がしたと思ったら、わたしの視線の先にいた男の子と、ばっちりと目と目が合ったのだ。瞬間に男の子は視線をフイっと逸らしたけど、それだけでもう間違いない。
――この子!?
わたしは男の子の視線の先にスッと移動して声を掛ける。
『あなた! ねぇあなた!! そこの男のコ!! 今、ずっとこっち見てたよね?』
「え?」
わたしに声を掛けられたことに驚いたのか、男の子は変な声を出しながらビクッと身体を震わせた。
それだけのことなのだけど、わたしにとってはとても大事な事で、喜んで「やっほー!!」と叫びたい気持ちもあるんだけど、ここまで誰にも相手にされてこなかった怒りが込み上げても来ていた。
たぶんわたしは今、凄い顔を彼に見せているのだと思う。何しろ彼は冷や汗をかきながら私を見下ろすようにしてみているのだから。
――少し体を引きながらだけどね。
『私が視えたあなたに、頼みがあるのよ!』
言葉は届いているはずの彼がびくとも動かない様子にもしかして? という気持ちが湧いてくる。だからとりあえず確認してみることにした。
『ねぇ、ちょっと、聞いてる? もしもーし』
彼の顔の前で手をひらひらと振る。ようやく少しピクッと動いたので、わたしのこと
そのまま何も言うことなく、隣りにいる女の子と会話を始めて歩き出してしまう。わたしは慌ててその後を追いつつ、周りをぐるぐる回りながら停まる様に説得を試みた。
『こら!! 少し止まってよ!!』
『ねぇ~!! 話を聞いて!! お願い!!』
『見えてるんでしょ!! 返事しなさいよ!!』
なんていう事をワンワンと彼に向かって叫んだのだけど、一向に私に反応してくれない。
――気のせいだったのかな? 視線をそらしたのはやっぱり偶然だった?
諦めに似た感情を抱き始めたとき、彼の方から小さなため息をこぼしたような声が聞こえた。
これで最後にしようと、彼の前に回り込む。
『こら、ちょっと話ぐらいききなさいよぉ。ゴメンきいてもらえないかな?』
『ね? お願いします!』
今までにないくらい、体を折り曲げて腰が折れるくらいの勢いで懇願する。
「っ!?」
彼はわたしの姿をどのように感じたのかは伺い知る事は出来ないけど、なんとか歩く事だけはやめてくれたみたい。
「お……ちゃん?」
「ん? あぁ、ちょっと寄りたいトコがあるから、悪い伊織、先に店に行っててくれないか?」
「あ、うん。それは大丈夫だけど、大丈夫? なんか顔色良くない感じがするけど」
「ん……大丈夫だよ。悪いな……すぐに追いつくから」
そんな会話が横に並んでいた女の子としていた。そのまま女の子だけが先に言っていることになったようで、すたすたとひとりであるきだしていた。男の子はその場に残って女の子に片手を上げてヒラヒラと振っている。
『へぇ~、ああいう
ちょっと素直な気持ちになれないわたしは、そんな軽口を彼に投げかける。
「な!、ち、違う、妹だ、
慌てた様子でワタワタと否定する男の子。
――兄妹だったんだ!?
そんな様子にほっとしている自分がいる。でもそれがどのような気持ちから来ているのかはこの時知る由もなかった。
それよりも、しっかりと会話できることの方が嬉しくて、心の中では泣いていたことを未だに恥ずかしくて誰にも言えないでいる。
「で、話ってなんだよ?」
『あれ? 聞いてくれる気になったの? なんで?』
この会話から先、わたしの世界は変わった。ううん、変わって行った。この時の出会いこそが、わたしたちの物語の始まり――。
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