第6話 闇の胎動


 デビューからすぐに売れ出した……のならば苦労することは無かったんだけど、わたしたちはそんなに爆発的にとはいかなかった。

そんな中でもお仕事は来るので、まったく話題になってないという事では無いと思いたい。それでもやっぱり気になっちゃうのは仕方ないと思う。

 メンバーが集まるとその事が話の話題に上がる。みんなでひとしきり話をするんだけど、最終的に結局の所は頑張ろう!! という意見で落ち着くのが、ここ最近でルーティンになりつつある。


 そんな中でもわたしは――。


「カレン!! 次の現場に急ぐぞ!!」

「え!? もうそんな時間!?」

 本日も音楽番組の収録訪れていたテレビ局。都築さんが収録終わりで休んでいたわたしたちの控室まで来たと思ったら、わたしの腕を引っ張る様にして連れ出そうとする。


「ちょ、ちょっと都築さん!!」

「なんだい?」

 メンバーの中で一番年上のカナが声を掛ける。それに振り向きながら答える都築さん。その振り向きざまの顔が少し歪んで見えたような気がしたけど、頭を振ってもう一度見たらいつもの都築さんだった。


「カレンも今終わったばかりで疲れてますよ。少しでいいんで休ませてあげてください」

「そうだよ。カレンだって疲れてると思うよ!!」

 カナとナナが都築さんに抗議の声を上げる。


「ふむ……確かにこのままではパフォーマンスが……」

 ブツブツと舌を向きながらつぶやく都築。

「わかった。では10分だけ待とう。その後は移動する。良いね? カレン」

「は、はい」

 わたしの返事を待つこともなく、控室から出て行く都築。


「カレン大丈夫?」

「レイ……大丈夫だよ?」

「そう? ならいいけど……」

 近くまで来てレイがタオルをかけてくれながら、ペットボトルのお茶を渡してくれた。そのまま近くにあった椅子へと腰を下ろす。


「それにしてもさ……」

少しするとメンバーの中では一番年下のユキがぼそっと声を出した。

「どうしたの?」

「最近の都築さん……時々怖くない?」

 わたしの方を見ながら、ユキが質問を投げかけて来た。それが誰に向けてかは分からないけど、メンバー皆が少し考えこむ。


「確かに……最近の都築さんは少しおかしいわね。セカストを売り込むにしてもカレンに仕事を振りすぎている気がするわ」

 カナがそれに答えるようにして声を上げる。その言葉に皆がコクっと頷いた。


 わたしはカナの言葉の意味が良く分かっていなかった。だって都築はわたしに向かって言っていたから。『これが事務所の放心』だという事を。

 でも今のメンバーたちの様子を見ると違うのかもしれない。確か都築は「後方支援をしてもらえるように頼んである」とも言っていた。だから皆はわたしの事をフォローしてくれていると思っていたのだ。

 それに皆がわたしの事を妬んだりして発言することは思えない。それだけの時間を一緒にいて頑張ってきたんだから。


――でも……もし……。

「ねぇ、みんな……ちょっと――」

「時間だカレン行くぞ!!」

 わたしがみんなにちょっとした疑問を聞いてみようとした瞬間に、都築が控室の中へと入って来て、有無を言わせぬ様子でわたしを連れ出した。






 その後も結局の所は時間に追われる生活をしているせいで、わたしとメンバーたちの時間がずれを生じさせ始め、まともな会話もできないようになってしまった。話が出来るのは一緒にお仕事に出る時だけ。そして終わったと思ったらすぐに次のお仕事に移動する。


そんな生活が続き始めると、さすがに疲れを感じるようになってきていた。


「カレン大丈夫なの?」

「お母さん……」

 少しだけ時間が空いたので、早めに家に帰ったわたしは着替える元気もなく、そのまま居間のソファーに座り込んでしまった。そのまま寝てしまった様で、いつの間にか前に座ってわたしの事を心配そうに見つめるお母さんに声を掛けられて目が覚める。

 そのままちょっと辺りを見回してから「んっ!!」と言いつつ背伸びをすると、お母さんの方へ顔を向けて笑顔で答える。


「大丈夫だよ。心配かけてごめんね」

「カレン……」

「なに?」

 わたしの方を向いたままお母さんはジッと見つめてくる。

「家の中でまで、はやめなさい」

「え?」

「お仕事が大変なのはわかるわ。でもね……ここはあなたの家であり、私達家族の家なのよ? どうして気を使うの?」

「…………」

 お母さんの言葉にわたしはショックをうけた。そんなつもりは全くなかったのに、わたしの笑顔は家族の前でまでもいつもの顔じゃないと言われたから。

 すでに癖になってしまった他人ひとに見せるための顔。それが家族の間でも自然と出るようになっていたことに、自分でも驚いてしまう。


「最近ちょっとお仕事しすぎじゃないの? お母さんが事務所の方に言ってあげよるわよ?」

「え……でも……。今が頑張りどころだって都築さんが……」

「はぁ~……都築さん。都築さんねぇ~……」

 大きなため息をつきながら、お母さんは都築さんの名前を聞いた途端に顔を曇らせる。


「その都築さんだけど、最近変じゃない?」

「お母さん?」

「なんていうのかな? こう……焦っているような、何かに追われているような……」

「……お母さんも何か感じるの?」

 少し前にメンバー達との会話で出ていた話題を、そんな事は知らないはずのお母さんまでもが口にしたことでわたしは思わず聞き返した。


「そうねぇ……。私には芸能界の事は良く分からないけど……あの人は気を付けた方が良い気がするわ」

「そっか……」

「まぁ、カレンがカレンでいられる様なお仕事ならいいんじゃない?」

「そう……だね……」

 お母さんは言い終わるとソファーから立ちあがり、キッチンの方へと歩き出した。その後ろ姿を見つめながら私は考える。


――気を付けろ……か。確かに最近の都築さんは怖い時があるわ。でもそれはわたしたちの為に一所懸命だからじゃないの? わたしには良くわかんないよ……。


考え事をしながらパタリとソファーへ寝転んだ。そしてそのまま目を閉じると、疲れの為かすぐに寝入ってしまったのだった。





 俺は実家のある郊外に来ていた――。

 周りには雑草が生い茂っており、人の通りは既に無く、有るのはただ古くなった町工場であったと思われる建物と、そこで働いていた時に使っていたであろう資材などが打ち捨てられたままの状態。

 アイドルのマネージャ―なんぞをしていると、時間的になかなか来ることは厳しいが、出来る限り来ることにしている場所。

 工場に隣接する平屋建ての実家に入ると、かび臭いにおいと静まり返った無音の空間がただただ俺を出迎えた。


 ここで毎日暮らしていたのは既に遠い昔になりつつある。

 両親は既に居ない。小さな工場経営だったが、父親は一応の社長としてここで働いていた。朝早くから時には日をまたぐまで働く父親を母親は良く支えていた。小さな町工場とバカにされる事もあったが、仕事はとても順調だったようで、従業員もかなりの人数を雇っていた。

 そこで働く人たちは、殆どの人が職人気質でとても頑固。でも一歩外に出るととても優しい人達だった。


 ある人を除いては。


――父さんもバカだ……。

俺は実家のカビ臭いにおいをどうにかする為に、家じゅうの窓を開けていく。新鮮な空気が入って来るのを確認して、居間で有った場所の椅子へと腰を下ろした。


 この家の中に残っている物は少ない。そんな少ないものの中に父親が愛用していた一脚の椅子がある。その椅子は実家に来るたびに綺麗に掃除したり、痛んで来たらメンテナンスしたりしているので、今でもまだまだ使える。

 子供の頃は父親の膝の上に載せられながら、良くそこからの景色を眺めていた。今ではその景色も見下ろすものとなってしまったが、椅子に座る度に何度も思い出す。


――俺は何としてでも這い上がる!! 見返してやる!!

 沸き上がる想いは、憎しみも悲しみもはらんだ何とも言えない感情。


 その想いの元になっているのが、両親の自殺だ。


 売上もあって、工場経営はうまくいっていた。しかし悪意というモノは突然牙をむくもので、父親が信頼していた従業員の一人が裏で大手企業と手を組んでいた。

 父親は全く気が付かないまま、母親と共に毎日汗水流しながらも、精一杯に仕事に励んでいた。

 俺が異変に気が付いたのは、そんな変わらない日常だったはずの光景の中で、いつも居る人が急にいなくなった事が始まり。

 しかし、工場というのはその人に仕事が合わなければ、やめていく人もいるので、「そういうものかな?」と思っていた。


 ただ……異変はそれにとどまらなかった。

 いつも居る人が居なくなったことを皮切りにして、それまで工場を支えてきた職人さんたちが次々に辞めていく。

 そうなると工場の仕事自体が回らなくなる。仕事は取れてもそれをこなせる人が居なければ成り立たない。


 そんな事が起こり始めると工場の中は雰囲気が悪くなった。


「父さん……大丈夫なの?」

「ん? あぁ……心配するな!! 父さんが何とかするから!!」

 いつも明るく元気だった父さんの、精一杯の笑顔にはその元気だった姿は既に無かった。


 工場経営が傾くのは時間の問題となって、父さんが考え出した策は二つ。一つは完全に経営が出来なくなる前に、従業員へ慰労金も含めた金額を渡し工場を締める事。もう一つは工場の経営権を他の人に売って、工場を存続させること。

 幸いなことに、父親の会社では何件かの特許を持っていたようで、買いたいと言ってくれる所が数社あったらしい。


 父親の決断は――。

 工場の経営権を他社に売った。


――それが間違いだった……。

 思い出しながら、俺は唇を強く噛む。にじんでくる鉄の味がより一層その時のことを思い起こさせる。



 売買は至って順調に行われていた。話し合いの結果、工場はそのまま存続し、父親がそのまま工場として経営をして行く事に決定する。

 従業員もそのまま引き続き買い取った側の社員として、工場内で働くことになっていたのだが――。


 売買成立から二か月後。工場の中には誰ひとりとして働きに来る人はいなくなっていた。


 そうなった元凶は父親が信頼していた社員。そして買取側の専務だ。

 いつから計画していたのか分からないが、工場が子会社化したかと思ったら、工場の中から機械や工具、設計図や図面、帳簿などあらゆるものが運び出され始めた。


「これはどういうことだ!!」

「何のことですか?」

「約束と違うじゃないか!!」

「いえいえ。約束通り仕事はしていただきますよ? でね」

 父親は任せていただけじゃなかったが、従業員も機械搬送が始まって減り始めた事で疑問を持ち始め、ついには残った従業員だけでは何もできない状態になって会社側へと抗議に赴いた。

 その時に言われたのがそのセリフ。つまりは初めから父親の工場で仕事をするつもりはなかったという事。機械や工具、そして特許が欲しかっただけなのだ。それに伴い特許物が作れる腕を持つ職人たちも欲していた。


 引き抜きである。しかし子会社化されたことによって、表面上は移動・転勤扱い。


 そして工場は操業できなくなった。



 残った従業員に出来る限りの金銭を出して、他の所に行ってもらう為、工場に残った物はすべて売却した。工場操業に伴う借入金は親会社が払ってくれたおかげで無くなってはいたが、もはや父親に仕事を続けていく事は考えられなくなってしまった。


 そしてすべてに決着がついた一月後――。

 

――俺の両親は工場の中で死んだんだ!!

 気づいた時には強くこぶしを握り締めていて、爪の刺さった掌からは血が滲んでいた。



――俺は成りあがってやる!! 他人を上手く使ってでもな。父さん母さんのようにはならない。その為に何をするべきかは分かっている。そしてあいつらの事を追い詰めてやる!! 



誰もいない家の中で独り決心を更に深めた。


「まずはアイツを使ってな……」

 虚空を見つめながら静かに笑顔がこぼれる。


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