09-27 雷花の秘密
「あそこに生えてるのって雷花の苗ですよね?」
「ん? あぁ。生えてるっていうか、雷花の農園だけど」
「雷花には海の
「そうなのか!? でも、モリノでもチュラでも雷花にそんな性質があるなんて話は聞かなかったけど……」
錬金術の素材として使える事や薬の原料になる事は何度も聞いたけれど、呪いの浄化作用なんて話は全く聞いた事がなかった。
「多分だけど……」
雷花畑を眺めながらティンクが口を開く。
「この島ってまともな錬金術師が居ないって言ってたでしょ。観光と漁業以外は、魔力的な分野の研究もあんまり盛んじゃないみたいだし、誰もそんな観点での調査なんてしてこなかったのよ。輸出されるときも殆どが切花でしょうから、国外の錬金術師達も生態については気づかなかったんでしょ」
なるほど。島特産のこの花が長い間人知れず呪いを抑え込んできた訳だ。
「つまり、今年は雷花が記録的な不作だったせいでずっと抑えてきた呪いが抑えきれなくなって表面化したって事か?」
「多分そんなところですね」
海の水がよっぽど臭かったのか、自身の髪や尾ひれをクンクンと嗅ぎながら臭いがついていないか確認するトライデントさん。
「何ともやるせないな。島の発展のためにリゾートホテルの開発を進めたら、そのせいで雷花が不作になって、それが災いになって降りかかってくるとは」
ただでもリゾート開発に不審を抱く住民も多そうだし。……こりゃ荒れるかもしれないな。
島の行く先が心配になってくる。
「……ホテル? ホテルとは、島の反対側にあ建物の事ですか?」
トライデントさんがキョトンとした顔で問いかけて来る。
「ん? あぁ。島の反対側の海岸沿いに大きな建物がいっぱいあっただろ?」
「はい。ありましたけど……あれは関係ないですよ?」
「へ?」
「ひと泳ぎして見てきましたが、あの辺りの海はまだ比較的綺麗な方でしたよ。確かに生活排水による多少の水質汚染はありましたけど、環境には配慮されていましたし海の生態系に影響を及ぼす程ではなかったです」
「じゃあ、リゾート開発は雷花の不作には関係ないってことか?」
「はい。全く無関係ですね」
「じゃあ原因って……?」
「どう考えてもあのくっさい薬のせいですよ!」
トライデントさんが、まだ辺りを漂ったままの農薬の霧を指さす。
「え!? あれって雷花を元気にする薬じゃないのか!?」
「あぁ……あれを農薬として使っているんですね。あんな強い薬を撒けば、確かに雷花は過剰に育つと思います。けれど、薬はやがて土壌から海に溶けだして水質を汚染します。海が汚れれば、生態系も破壊されますしそこで育つ雷花にも巡り巡って悪影響だって出てきますよ」
やれやれと呆れ顔で首を振るトライデントさん。
「え、てことは……雷花の不作は、無理やりに生産量を上げようとした事のしっぺ返しって事?」
「そうでしょうね。自然の物は自然のまま育てるのが一番です」
――つまり事の真相はこうだ。
何かしらの理由……おそらく人魚伝説の件で元々呪われていたチュラの海。
長年に渡り"雷花"がその呪いを抑えてきたが、近年の無理やりな栽培のせいで不作に陥ってしまった。
その結果呪いが抑えきれず表面化してしまった、と。
「おーーい! 兄ちゃんたち! ワシはそろそろ帰るぞ! どこ行ったー!?」
唐突に、農家のおじさんの声が聞こえて足音が近付いてくる。どうやら俺達を心配して迎えに来てくれたようだ。
「――! ありがとうトライデントさん! 助かったよ! 後はこっちで調べてみるから、魔力が切れるまで近くの海に隠れててくれるかな?」
慌ててトライデントさんを海へと帰す。
「え!? またこの海に潜るんですか!? 絶対に嫌です! お二人には分からないかもしれないですけど、魔力的にめっちゃくちゃくっさいんですよこの海!!」
トライデントさんがブンブンと首を振って猛抗議してくる。
「た、大変なのは分かるけど、でも住民に人魚の姿なんて見られたられこそ大騒ぎに――!」
「こんな所におったんか。大声出してどうした? 大丈夫か?」
岩陰から姿を現すおじさん。
「……」
おじさんと目が合うトライデントさん。
「――!? に、人魚ぉぉお!!?」
驚いたおじさんが、その場で腰を抜かしてへたり込んでしまった。
「あーーっ! あぁーー!!」
大声を上げながらティンクが慌ててトライデントさんを海中に押し込む。
「――ち、ちょっと! 何するんですか!? 溺れたらどうして――ゴボゴボ」
ティンクの怪力に負けて海の中へと姿を消すトライデントさん。
「あ、あんたらも見たか!? 今人魚が!!」
「に、にんぎょ? 何のことですかね?」
「そ、そうよ。何かアザラシみたいなのは居たけど」
かなり苦しいと思いつつも、何とかティンクと口裏を合わせつつ言い訳を考える。
「いやいや! ワシはっきり見たぞ! 綺麗な女の人の姿をした人魚だった!!」
「いやー、俺も見たけどあれは……アザラシだったよ」
「うんうん。アザラシよ。頭にワカメ被ったアザラシだったわ」
興奮するおじさんをどうにか落ち着かせ、街に向かって歩き出す。
おじさんはどうにも納得しない様子で道すがらずっとブツブツと文句を言っていたが、証拠も無いしこれ以上話が広がる事は無いだろう。
……
街中まで戻った頃にはすっかり夕方になっていた。おじさんに礼を言って別れ、ホテルへと向かう。
ホテルに戻ったら急いで調査報告をまとめて、早急に対策を練って貰わないとな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます