09-23 噛み合わない伝説

「……おや! また来てくれたのかいモリノの錬金術師さん。仕事熱心だねぇ!」


 店の奥から姿を現した店主さんが、俺の顔を見るなり嬉しそうに声を掛けてきてくれた。


「すいません、連日お邪魔して」


「いーよいーよ、どうせ暇な店なんだ。見てってくれるだけでも大歓迎さね!」


 俺達の話声を聞いて、ティンクが棚の間からヒョッコリと顔をのぞかせる。


「お連れさんかい?」


「あ、はい」


 それを聞いてぐいっと俺に顔を寄せる店主さん。


「――可愛い子ばっかり連れてきて。若いのに隅に置けないねぇ」


「――! 別にそんなんじゃ!」


 慌てる俺を見て店主さんは可笑しそうに笑う。


「――何の話?」


 その様子を見てティンクがこっちへと歩み寄ってきた。


「いや、何でもないよ。お嬢さん、錬金術師さんのお弟子さんかい? それとも助手さんかしら?」


「まさか。錬金術に関しては私の方がだいぶ先輩よ」


 腰に手を当てて偉ぶってみせるティンク。


「そうなのかい!? 若いのに恐れ入るわね! こりゃモリノの錬金術界隈は安泰だねぇ」


 どこまで信じてるのかは分からないけれど、店主さんはティンクを見てニッコリと笑った。



「で、今日はどういった用だい?」


「あ、はい。実はちょっと調べ事があって――」


 ――島で起きている出来事と、引き受けた仕事。それと俺達の立てた仮説を話してみる。

 話を聞き終わると店主さんは腕組みをして暫く考え込んだ。


「成る程ね。……店をやっといてなんどけど、実は私自身錬金術はかじった程度の腕でね。他の国の錬金術なんて全然知らないんだけれど。――そうかい、他から見たらチュラの錬金術はそんなに変わってんのかい」


「はい。他国と比べても独特の進化を辿ってると思います」


「……確かに、チュラの錬金術はこれでも結構歴史が深いんだよ。今でこそ下火だけれど、昔は"練丹術れんたんじゅつ"なんていって医者の代わりにもなってたほど盛んだったらしいのさ」


「錬丹術――」


 噂程度に聞いた事がある。

 一般に錬金術の発祥は100年程前の“ノウム”だと言われているが、一説ではそれよりも前に"錬丹術"と呼ばれ既に錬金術の始祖的な学問があったという話がある。

 もし今の話が本当なら、チュラ島の錬金術は相当古くから存在していた事になるな。


「ただね、残念だけどそれ以上は役に立ちそうな話は無いわ。錬金術が盛んだったのも遥か昔の話。時代と共にチュラ島の産業も漁業、観光業と移り変わって、今じゃ島にまともな錬金術師なんて殆ど居ないからね。見ての通りうちの店も商売上がったりよ。錬金術の話なんて、それこそ年寄りの昔話にくらいしか残ってないんじゃないかしら」


 そうか……。仕方ないとはいえ、これ程に歴史のある錬金術が途絶えるとなると、錬金術界からしてもかなりの損失になるだろうな。


「……そう言えば、昔話と言えばチュラ島には人魚にまつわるおとぎ話もあるんですよね?」


「あら、そうよ。良く知ってるわね。――性悪な人魚に騙されて不死の呪いをかけられた哀れな男の話よ」


 まるで怖がる子供をからかうようにちょっと声のトーンを落として囁く店主さん。


「――え? ちょっと待ってください。愛した男のために自分の鱗を差し出した可哀そうな人魚の話じゃないんですか?」


「……? なんだいそれ? 聞いた事もないけど」


 店主さんがブンブンと首を振る。


「いや、そんなはずは……! 街でおじいさんから聞いたんです」


 食い下がる俺を宥めるように、ティンクも間に入ってくる。


「私もカトレアと買い物してるときにアクセサリーショップで聞いたけど、店主さんの言ってる話と同じだったわよ。島の漁師さんたちは海で悪い人魚に惑わされないように、ナイフを模した貝製のアクセサリーをお守りとして身につけるんだって。お土産にもなってたわよ」


「そうそう。お嬢ちゃんのいう通りよ」


「……え、でもほら。岬にある人魚像って報われない人魚を祀った物じゃ?」


「違うわよ。性悪な人魚を石にして閉じ込めてるのよ」


 ……おかしい。

 俺が爺さんから聞いた話を事細かに伝えてみたけれど、全く話がかみ合わない。


 逆にティンクと店主さんの話は概ね一致するようで、島で一般的に普及している話はティンク達の聞いた方で間違いないんだろう。


 結局、爺さんの勘違いだろうという事で話は纏まったけれど……あの爺さん、ボケてるようにも見えなかったけれどなぁ。


 ……


 他にもいろんな話が聞けたけど、これといって手掛かりは無かった。

 お礼を言って店を後にしようとした時、店先で大きな荷物を抱えた若い男性と入れ違いになった。


「毎度です! 商品お届けに参りました!」


「あ、ご苦労さん! ――ちょっとごめんよ」


 店先まで出て来て荷物を受け取る店主さん。どうやら商品の入荷のようだ。


「――お! やっと雷花の入荷かい。"盆帰り"の期間に間に合って良かった」


「少量だけですけどね。生花店と道具屋の方からも発注が来てて取り合いですよ。多分今年はこれで最後になります」


 受け取りのサインを貰うと、一言二言挨拶を交わし爽やかに去っていくお兄さん。


 店先に置かれた箱の中を覗くと、小物類の他に丁寧に梱包された真っ赤な花が数輪あった。


 独特な細い花弁が無数に広がる特徴的な花。

 変わってるのは花だけではなく、普通の植物には絶対にある“葉”が無い。花が散った後に葉が伸びるという独特の特徴があるそうだ。


 当たり前だけれど、モリノで見た“雷花”と全く同じだ。


「チュラ島でも雷花は錬金術に使うんですね」


「まぁね、昔からある花だからね。――ああ、そう言えば。お客さん錬金術師なら"雷花"の特性は知ってるかい?」


「はい。"神秘"ですよね? 前に錬成に使った事があります」


「さすがだね。じゃあ、雷花の"花言葉"は知ってるかい?」


「花言葉……」


 えぇと、何だったかな。確かこの前調べたんだけど……あんまり良い印象じゃなかった事だけは覚えてる。


 答えあぐねていると、箱の中から雷花を一輪取り出しそれを眺めながら店主さんが呟く。



「――“諦め”、“別れ”、“悲しい思い出”」



「……こんな情熱的な見た目なのに、随分と陰湿な云われね」


 ティンクも同じ花に視線を送り、どこか哀れな顔でポツリと呟く。


「今でこそ輸出品として重宝されてるけど、昔はあんまり縁起の良い花とは言われなかったもんだわ。年寄りの中には今でも『この世とあの世を別つ花』って言って気味悪がる人も多いわ。別名“屍人花しびとばな”。――どう? 今回の事件に関係ありそうじゃない?」


 ――屍人花。


 不老不死に、海から寄せる亡者。そして“屍人花”か。

 何だか不吉な方向でどんどん話が繋がってきたような気がする。

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