09-11 渚にまつわる人魚伝説

 案内所で待つこと数分。

 今日からお世話になるホテルの従業員だという人が迎えに来てくれた。


「ようこそチュラ島へ! 長旅でお疲れ様でした。これよりホテルへご案内致しますね!」


 よく日に焼けた黒い肌と白い歯のコンストラストが眩しい、感じの良い中年の男性。

 執事隊と打ち合わせをしていた人達はホテルマンらしくピッチリと制服だったのに対し、こちらの男性は派手な花柄のシャツを着ている。


 ふと周りを見てみると、他にも同じような柄のシャツを着た人が沢山いるな。南国らしくはあるけれど、仕事には少しラフ過ぎないか? まぁリゾート気分を盛り上げるには打って付けなのか。

 ……ちなみに、後から知ったけれどこの服は島では正装なんだとか。所変わればなんとやらだな。


 男性に連れられて建物の外に出ると――これまた文化の違いに驚かされる! モリノやノウムでは長距離移動は馬車が基本だが、チュラ島の移動手段はちょっと違うようだ。

 客車を動物に引かせるという点では相違ないようだが――車を引くのは馬ではなく大きな角を持つ牛のような生き物! それが沢山の人を乗せた大きな荷車を引き、のんびりノソノソと歩いて行く。


 その迫力に三人揃って度肝を抜かれていると、男性が一回り小さな牛車うしぐるま? を引っ張って現れた。


「皆さんはこちらです。特別便ですよー!」


 どうやら俺達だけの貸切り便を手配してくれたらしい。カトレア様、ホントにありがとうございます。



 ―――



 ゆらりゆらりと牛車ぎゅうしゃに揺られ、海沿いの道を進んで行く。

 自然が作り出したとは思えない程の真っ白な砂で満たされたビーチは、色とりどりの水着を纏った老若男女さまざまな観光客で賑わっている。

 海と空の青。木々の緑。咲き誇る花々の色。景色のどこを切り取っても鮮やかな原色が目に入るのは、さすが南国といったところなんだろうか。


 そんな風景を眺めつつのんびりと過ごしていると、遠くの海岸沿いに大きな建物が幾つか見えて来た。

 建物に隣接したビーチには桟橋らしいものが張り巡らされており、その先には先程の案内所を小さくしたようドーム状の建物が沢山接続されている。


「え、何あれ!? 海の上に建物!?」


 ティンクが客車から身を乗り出して声を上げる。


「はい。あちらが当ホテル自慢の水上コテージです!」


 自慢げに答える御者さん。


 水上コテージ――海の上に客室があるのか!?

 いったい何のためにわざわざ水上に部屋を……とか聞くのは野暮だろう。

 この美しい海を最大限に堪能するには、いっそのこと海の中に建物を建ててしまえ、って発想だな。

 波や塩水による浸食を防ぐだけでも相当大変そうだけれど、どうなってんだろうか。ホントに大した技術だなぁ。



「すごーい! 海の上で過ごすなんて、楽しそう!」


 子供のように手を叩きながら目を輝かせるティンク。


「凄いよね! お部屋からそのまま海に入れるんだって! ホテルで一休みしたらすぐに泳ごうよ!」


「いいわね! あ、そう言えば水着どうしよう……」


「あ、ホントだ! だいたい目星はつけてたんだけど、ティンクに合うサイズがモリノじゃ無くて……」


「まぁ、モリノじゃ水着自体殆ど売ってないからね」


「だからこっちで買うつもりだったんだ。じゃあ、今日は先にショッピングね!」


「賛成!!」


 別に普通の会話のつもりなんだろうけど、『ティンクに合うサイズが無い』の部分がどうしても耳から離れない! えっ、どういう意味ですか!? もちろん慎重の話じゃないですよね!? それってつまり――!?

 いや、いんいかん! ティンクはともかく、こんな思考がカトレアにバレたら間違いなくドン引きされる。


 どうにか興奮を抑えようと必死に頭を振る俺にはお構いなしに、二人はショッピングの話題で盛り上がっている。

 まったく。お互いに一応仕事で来てるってのに、分かってるのかな。

 ――とは思うものの、南国の鮮やかな空の下。そんなのんびりした話題も悪い気はしない。



 盛り上がる二人を横目にボーッと海を眺めていると……ふと、遠くに見える岩場に何か違和感を感じた。


 崖下にある、大きな岩が入り組んだ岩場。

 ビーチからは離れた場所にあり、簡単には出入り出来そうにない場所だが……そんな所にポツリと人影が見えた。


 ……長い髪が海風に靡く。逆光でよく見えないけれど、多分女性だろな。

 あんな所で海を眺めて独り、何をしてるんだろうか? 遠過ぎて表情は全く見えないけれど、その立ち姿は何だかもの寂しげにも感じる。


 そんな事よりも気になるのは、ビーチとは違ってあの岩場そこそこ高い波が立ってるみたいだけど……あそこ危なくないのか?


 海には詳しくないけれど、もし波に攫われでもしたら大変な事になるんじゃ……? そんな事を考えた矢先――一際大きな波が岩場に打ちつけた。


「――あ!」


 思わず声が漏れる。

 波が引くと、岩場から女性の姿が消えて無くなっていた。


「どうかされましたか?」


 牛車を操縦していた御者さんが驚いて声をかけてくる。


「あ、あの! あそこの岩場! 女の人が立ってたんだけど、波にさらわれちゃったみたいで!!」


 岩場を必死に指差して状況を説明する。


「えっ!? 大変!」

「どこよ!?」


 ティンク達も慌てて身を乗り出し岩場に目を向ける。


「……あぁ。もしかしてあの大岩の横ですか?」


 目を細めて俺の指差す先を確認し、御者さんさ落ち着いた様子で答えた。


「そう、そこです! 早く助けを呼ばないと!!」


「はは。お客さん、安心してください。波が収まるのを待って、落ち着いてもう一度よく見てみてください」


 そんな悠長な場合じゃない……! とは思いつつも、御者さんの余りにも落ち着いた態度にいなされて、言われるまま波が落ち着くのを待つ。


 程なくして波が引くと――岩場の先端に変わった形の岩が一つ見えた。


(あれは……石像?)


「たまに観光客の方が人影と見間違われるんですよ。あこに見えるのは島に伝わる“人魚”伝説をモチーフにした石像です」


「……人魚?」


「えぇ。この島には人間の男との禁断の恋に堕ちた、美しい人魚の伝説があるんです」


「へぇ、何だかロマンチックねぇ!」

「素敵……」


 話を聞いてうっとりとした表情を浮かべる女子たち。


「まぁ伝説といっても、古くからあるただおとぎ話ですけどね。今じゃ島の者でも若い人たちは知らないでしょう」


 うんうんと昔を懐かしむように御者さんが首を振る。


「――いや、でも確かに人が居たように見えたんだけど……」


「そうは言われましても……あの辺は一見するとビーチから地続きになっているよえに見えますが、実際は険しい岩場を越えた先にあって人が近付けるような場所ではないんですよ。観光客の方が道に迷って辿り着くような場所でもないですし、地元の人間もわざわざあんな所に出入りはしません。あの石像ですらどうやって運んだのか未だに分かってないくらいですから。なので、見間違いと思って頂いてまず間違いありません。ご安心ください」


 自信満々の顔でキッパリと言い切る御者さん。そこまで言われると、他に証拠も無い以上もはや納得するしかない。


「そ、そうですか。すいませんでした」


「いえいえ」



 ただの見間違い、か。……確かに悲しそうな顔をした女性に見えたんだけどなぁ。


 ――まぁ昨日船であんまり寝れなかったから、牛車に揺られてるうちにうたた寝して夢でも見たのかもしれないな。


 そう自分に言い聞かせてこの件は忘れる事にした。

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