06-27 失敗の報酬
「あんたが"キティー・キャット"っスね」
演壇の上からただじっと屋敷を見つめるスピカお嬢様に盗賊マントさんが呼びかけた。
広場に居た数え切れない程の人々は祭りでも楽しむかのように屋敷の中庭へとなだれ込み、演壇の周りにはもう俺たちしか残っていない。
「――あら、あなた昨日の。……また突拍子も無い事を言い出す人ね。――見てなかったの? さっき私に化けてたのが“キティー・キャット”よ」
演壇から降りながら、こちらとは目も合わせずに言葉を返す。
「もしそれが本当なら大したものっス。だって、このアタイにすら見分けのつかない変装ってことっスから」
「あらそう? キティー・キャットは変装の名手でもあるらしから。あなたみたいな素人の目には見分けがつかないんじゃない?」
「いや、あり得ないんスよ。アタイに見抜けない変装なんてあり得ない。――つまり、さっきのは変装じゃなく間違いなくあんた自身っス」
「……大した自信ね。ただ、何の根拠も無しにそんな事を言っていると――いい加減に名誉棄損で訴えるわよ」
お嬢さまがやや口調を強めて盗賊マントさんを睨みつける。
「……問題はソコなんっスよ。確信はあるのに、残念ながら証拠が無いんス。その点ではキティー・キャットに完敗っスね。今回の目的の半分は未達に終わってしまいそうっス。……けど――」
盗賊マントさんがそこまで話した所で、屋敷の中から数名の警官が顔色を変えて飛び出してきた。
広場の隅で待機していたシャーロさんの元へ慌てて走って行く。
「た、大変です!」
「どうした!? まさか取り逃したのか!?」
「い、いえ! それが……キティー・キャットを捜索していた冒険者が、中庭の地下に怪しい隠し部屋があるのを見つけたんです。中を調べたところ――大量の血液らしき液体の入った瓶が発見されました!!」
「血液!?」
「はい! 血を抜き取る為に使ったと思われる道具や、錬金術で使うらしい大釜なども見つかっています!!」
「おいおい……。“盗賊”を捕まえにきただけなのに、何かとんでもない
「警部、まさかサン・ジェルマン伯爵を逮捕するおつもりですか!? 確かに前々から嫌疑はありましたが……流石に無理なのでは」
「確かに普段なら裏から手を回されて終わりだ。だが、これだけの数の証人が居たとしたらどうだ!? しかもここには他国の人間も沢山いる。もしこれを揉み消したとしたら、ノウムの貴族による腐敗が一気に明るみに出るぞ。今回ばかりは他の貴族連中も下手に手を出せないはずだ。行くぞ――千載一遇のチャンスだ!」
警官達を引き連れ屋敷へと走っていくシャーロ警部。
途中、すれ違いざまにスピカお嬢様へと鋭い視線を送った。彼らの話は聞こえていたはずだけれど、お嬢様はただじっと盗賊マントさんを見つめたまま目を逸らさない。
「……まぁこうなってしまっちゃ、あんたがキティー・キャットかどうかなんてアタイらにとってはもはやどうでも良い話っス。だって仮にキティー・キャットを捕まえたところで、主催者のサン・ジェルマン伯爵は賞金なんて言ってる状況じゃなさそうっスからね」
盗賊マントさんの話には何も答えず、ただ薄らと笑みを浮かべて目を瞑るお嬢様。
「親分……すいません。今回の仕事は失敗っスね。アタイとした事が面目ない」
申し訳なさそうに頭を掻いて苦笑いする盗賊マントさん。
「いや、十分だよ。本物の"八つ裂きジャック"が捕まればルルさんのお父さんは釈放されるだろうし、それで良しとしよう。早く戻ってルルさんにこの事を教えてやろうぜ」
確かに今回は完敗だ。
全てはお嬢様……キティー・キャットの掌の上で思うがままに転がったのだろう。俺たちはただの観客だ。
もちろん盗賊マントさんに非は無い。
まぁ、一番気掛かりだったルルさんの件が無事に解決するならそれだけで十分としよう。
広場から去ろうとした時、ふいにお嬢様に呼び止められた。
「ねぇ、あなた。一つ頼まれてくれないかしら」
「へ?」
振り返ると、お嬢様がドレスの胸元から取り出した何かを隠すように俺に手渡してくる。
「これをルルに渡してくれる?」
両手でギュッと握るように渡されたのは……真っ赤な宝石だ。
「……自分で渡したらどうだ? その方がきっとルルさんも喜ぶと思うぞ」
「……お父様の件できっと私にも調査が及ぶわ。その前に色々とやらなきゃいけない事があるから。ルルには悪いけど――しばらく顔を合わせる事は出来ないと思う。元気で過ごすように伝えておいて。――あと、はいこれ」
そう言って首に掛けていたネックレスを外すと俺に手渡してくれた。何だか高そうな宝石が付いている。
「……これは?」
「安心して。別に盗品とかじゃないから。お使いのお礼の前払いよ。それと――お父様に代わって、私からささやかな賞金」
「……分かった。“石”は必ずルルさんに渡すよ」
そう言って彼女の手からネックレスを受け取った。
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