06-25 中庭に埋まった秘密

 使用人の目を盗みつつ、父の書斎の前へたどり着いた。


 ドアにはしっかり鍵がかかっているけれど、今回は"仕事"じゃないから"盗賊の万能鍵"を使うわけにはいかない。


(この程度の鍵ならどうにか自力でも……)


 大丈夫、時間は充分にある。

 使用人達は人手不足でタダでも大忙しだ。屋敷の隅にあるこの書斎までは滅多に足を運ばない。

 落ち着いてやれば出来るはず……。


 ……


 3分程かかってようやく鍵が開いた。


(ふぅ……。“盗賊の万能鍵”ならきっと一瞬だったんだけど……。いざという時のためにもっと腕を磨かなきゃいけないわね)


 音を立てないよう慎重にドアを開け、素早く書斎の中に入る。


(……久しぶりね)


 自分の家の中なのに、随分と懐かしく感じる室内の光景。ここに入るのは何年ぶりだろうか。小さい頃は、父に遊んで貰いたくて仕事の邪魔をしに来てはその度に母に連れ戻されていたっけ。

 ……仕事熱心な父が、仕事の手を止めてまで私に構ってくれた事は一度として無かったけれど。

 私も大きくなるにつれそれを理解し、ここに近づく事は無くなった。朧げな記憶しか無いけれど、調度品など大きな物は多分あの頃と何一つ変わっていないように思う。

 ただ明らかに昔と違うのは……雑に散らかった室内の惨状。あの几帳面な父の書斎とは思えない程に資料が散乱しており、半ば追い詰められた狂気すら感じる。そういえばいつの頃からか使用人は一切立ち入り禁止になっていたから、もう長い間誰も掃除していないんだろう。

 

さっと室内を見渡すと、机の上にある山のように積み上がった資料に目が留まる。

 崩してしまわないように1枚1枚そっと資料を退けていくと……中から埋もれていた写真立てが出て来た。

 亡くなった祖父母と母、それと父、私の5人で撮った思い出の家族写真。

 大切な物のはずなのに……こうも乱雑に扱われているのを目の当たりにして言いようのない寂しさを感じる。


 写真立てをそっと戻すと、赤字で大きく丸の付けられた資料がいくつかある事に気付く。


「――賢者の石?」


 聴き慣れないその単語を、思わず口に出して読み上げる。

 見てみると、他にも"賢者の石"という物に関する研究資料が沢山あるようだ。


(……これがお父様の仕事?)


 資料をいくつか手に取って目を通す。


『“賢者の石”とは錬金術における最高到達点の一つ』

『所説あるが、その形状は赤色の結晶体であるとされる事が多い』

『使用者に永遠の命を与える』


(どれもこれも胡散臭いオカルト話みたいだけれど、本当にこんな物を……?)


 次々と資料を読み進めて行くうちに――思わず手が止まる。そこに書かれていたのは……


『素材は“うら若き乙女の純血”。採取する際、対象が死に際に味わう苦痛が激しければ激しいほど純度が高い』


(――ちょっと待って!! それって……まさか)


 あまりにも突拍子も無い考察だとは自分でも思いつつ、いくつもの嫌な予感が頭の中で線を結んでいく。


 夜な夜な出歩く父。

 街で頻発する殺人事件。

 被害者は皆若い女性で、遺体からは血が抜かれている。

 八つ裂きジャックの正体はおそらく警察関係者か、政治家、又は……力のある貴族――


(……そ、そんな訳ないわよね!)


 きっと、頼りない警察に代わって殺人犯を捕まえようと父なりに色々調べているんだわ!


 …………何のために?


 八つ裂きジャックが狙うのは庶民の娘ばかり。父が庶民のためにここまで必死になるはずがない。あの人が興味があるのは自分の事だけだ。


 ダメだ。色々な考えがグルグルと頭の中を駆け巡り目まいがしてくる。


(と、とりあえず一端ここを離れよう)


 書斎を出ると足早に自室へと戻った。



 ――



 部屋に戻る途中――ふと廊下から見える中庭が目に入った。

 お爺様が大切にしてきた自慢の中庭だけれど、父が庭師を大量に解雇したため手入れが追い付かず今は荒れ放題。


(そういえば最近お父様がよく足を運んでいるようだけれど……こんな所へ何をしに?)


 近くにあったカンテラに火を灯し、中庭へと出てみる。

 何を探すと言う訳ではないけれど、雑草に覆われた庭園を注意深く見渡しながら歩いていく。


 すると――。盗賊の勘だろうか、すぐに違和感に気づいた。


 雑草だらけの芝生の中で、一部だけ他より明らかに草の背丈が低い場所がある。

 しゃがみ込んで周辺を詳しく調べると、地面に蓋のような物がしてありその上を見せかけの草で覆ってあるのが分かった。


 一度立ち上がり、辺りを見渡し誰も居ない事を確認する。


(……上手いこと植え込みの陰になっているのね。これならカンテラの灯りを消せば屋敷からは見えないわね)


 再びしゃがみ込みそっと地面の蓋を外すと……そこには地下へ続く階段があった。


(こんな所に隠し部屋……?)


 お爺様から聞いた話だと、屋敷にある隠し部屋は私の私室にある地下室だけ。

 という事は、これは父が独自に作成させた物……?


 月明かりを頼りに注意深く階段を降りていく。


(……何この嫌な臭い)


 ツンとするカビの臭いに混ざり、何だか生臭いような嗅ぎ慣れない臭いが立ち込めてくる。服の裾で鼻元を抑えながら、暗がりの中を手探りで進む。


 階段を降り切ったところで燭台を見つけカンテラの火を移すと、照明に照らされてぼんやりと室内の様子が見えてきた。

 お爺様の地下室とは違い、そこら中で土がむき出しになった雑な造り。もはや地下室というより洞穴に近い。


 その奥に目をやり――絶句する。


 そう広くない部屋の中央にあったのは、大きな石造りのテーブル。

 いえ、テーブルというにはあまりにも不格好。これは――作業台だ。


 ここでどんな作業をしていたのか……。それは、台から滴る真っ赤な液体を見れば明らかだ。

 それだけじゃない。壁際の棚に並べられた、いくつもの大きな瓶も全て赤い液体で満たされている。

 生臭い臭いの正体はコレだ。


(中身は調べるまでもなく……血ね)


 その他に、部屋の隅には何やら怪しい液体で満たされた大きな釜がある。

 そういえば、皮肉にも昔父から教わった。錬金術師は大きな釜を使ってアイテムを錬成するんだと。つまりここは父の隠し工房だ。



 そして……ここまででも十分に信じられない光景なのに、もう一つどうしても確認しないといけない事がある。


 部屋に入ったときから絶え間なく聞こえる……ポタリ、ポタリという水滴の落ちる音。

 部屋の隅に見える天井から掛けられた大きな布――音はその奥から聞こえてくるようだ。


 もう最悪の状況しか頭に浮かばない。何があっても悲鳴を上げないよう、しっかりと自分に言い聞かせる。

 一度大きく深呼吸しようとして――自分がとんでもなく速く浅い呼吸をしている事に気づいた。これまでどんな"仕事"のときでもここまで緊張した事はなかった。

 カンテラを持つ手もいつの間にか震えている。


 けれど、ここで逃げ帰る訳にはいかない。――落ち着け私。


(お爺様――どうか私に勇気を!!)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る