06-12 仕事人、盗賊マントさん

「――なるほど。何となくきな臭い状況なのは理解したっス。……で、結局のところ"親分"の狙いはキティー・キャットの捕縛で良いんスよね?」


 俺の事を"親分"と呼ぶこの女性は【盗賊マント】さん。今回のイベントに向けて用意した強力な助っ人だ。

 ティンクと3人、並んで話しながら街を歩く。


「えっと、それはそうなんだけど。……それと並行して“八裂きジャック”の真犯人も探りたいなぁ……とか」


 煮え切らない答えを返しながらチラッと横目で様子を伺う俺を見て、盗賊マントさんが小さくため息をつく。


「はぁ、親分……。“二兎を追う物は一兎も得ず”ってのは格言っスよ。大捕物をしようってんなら尚更っス」


 呆れた様子でやれやれと肩をすくめる盗賊マントさん。軽やかに歩く彼女の背中では真っ黒なマントが風に微かに揺れる。


 盗賊と言うと野蛮で薄汚いイメージを持たれがちだが、美しい金髪をなびかせ宝石のような淡緑色の瞳で凛と街を見渡す彼女はまるでそんな様子を感じさせない。

 その堂々とした表情と立ち振る舞いからは、“仕事人”として自身の仕事に絶対の自信とプライドを持っている事が窺える。


 ……星の数程あるアイテムの中には悪事に使われがちであまり印象の良くないアイテムも沢山ある。盗賊マントもその類だろう。

 けれども、アイテム自体に善し悪しは無いと俺は思う。

 有るのはそれを使う人間の意志であり、アイテムは託された仕事を全力でこなすだけだ。


 そういえば、ロングソードさんも前に同じような話をしてたな。


『私は剣だ。持ち主次第で、人々を救う英雄の剣にもなるし、恐怖を振り撒く魔王の剣にもなり得る。忠義を違った以上我が主の命に背くつもりは無いが、その事はどうか覚えておいて欲しい――』



(善も悪も使う人次第――か)


 あまり深く考えた事は無かったけれど、改めてその責任の重さを感じて横目でチラリと盗賊マントさんの顔を見る。


「どうしたんスか? まぁ、親分の依頼とあればニ兎だろうと三兎だろうと追いかけて捕まえてみせるっスよ。そこは安心して任せて欲しいっス」


 殆ど気付かない程の目線だったはずなのに、前を向いたままでしっかりと返事を返してくる盗賊マントさん。


「あ、いや、はい! 宜しくお願いします!」


 慌てて返事を返す。

 間違いなくこの人……プロだ。



 ―――――



 街の中を通り抜け暫くして到着したのは、今回のイベントの仕掛け人――ノウムの有力貴族“ジェルマン家”の屋敷。


 これだけ話題になっているんだ、現場は冒険者や見物人でかなりの人出だろう……と覚悟してたんだけど、屋敷前の大きな広場は想像外の様子だった。


 明日のイベントで使うんだろうか?

 演説用の足場みたいな物を組み立てている職人が十人程。

 その周辺で書類を見ながら何やら確認をしている警官が数十名。

 それ以外には、下見に来た冒険者らしき人が広場の隅に数名居るが皆遠巻きに屋敷を見てはさっさと帰ってしまった。


「あら? 思ったよりガランとしてるわね」


 広場を見渡して首を傾げるティンク。


「だな」


 何なら出店でも出てるくらいの盛り上がりかと思ってただけに、少し拍子抜けしてしまう。


「普通は何日も前にリサーチは済ませて、今頃は作戦の最終確認をしてる段階っス。前日になって初めて現場を見に来る親分達が呑気すぎるんスよ。……まぁそれはさておき、でっかい屋敷っスね。これだけデカイと警備が大変そうっス」


 遠巻きに何ヶ所かから屋敷の全景を確認し、とりあえず屋敷の外周に沿って一回りしてみる事にした。



 ……



「……えーっと。事前情報によると……『"ジェルマン家"はノウム地方の有力貴族の中でも5本の指に入る大貴族。ロンドの街では最大の権力を誇り、街の建設当時から存在する由緒ある家系である。現当主は"サン・ジェルマン伯爵"』……と」


 モリノで下調べしてきた調査メモを歩きながら読み上げる。


「あら、一応調べてきてたのね。全部盗賊マントさん頼みなのかと思ってたわ」


 ティンクがヒョイと俺のメモを取り上げて目を通す。


「当たり前だろ。何もしてないのはお前だけだぞ、っと」


 ティンクからメモを取り返す。こいつはノウムのお土産についてしか調べてなかったからな。


「あら、失礼な。それじゃこの情報は知ってる? 『錬金術発祥の地といわれるノウムの貴族だけあって"ジェルマン家"も代々優秀な錬金術師を輩出。"サン・ジェルマン伯爵"も"獲得欲"の欲名を持つ錬金術師であると同時に、アイテムコレクターとしてもその名を馳せている』。どう?」


「え、"サン・ジェルマン伯爵"って欲名持ちの錬金術師なのかよ!?」


 全然知らなかった。モリノで手に入る情報じゃそこまで細かい事は載ってなかったぞ。


「私はフィールドワーク派なのよ。――ま、ルルに教えて貰ったんだけどね」


 舌を出して意地悪く笑うティンク。

 ぐぐ……情報収集においては、あいつのコミュニケーション能力の方が上手か……。


「お二人共偉いっスよー。仕事は下調べが八割っスからね。情報収集は基本中の基本っス」


 そう言ってニコニコと笑う盗賊マントさん。

 そのまま屋敷の周りをグルリと一周してみる。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【盗賊マント】

 盗賊が好んで使う真っ黒なマント。

 闇夜に紛れて装備者の姿を隠す事は勿論、付与特性次第では"罠回避"、"お宝察知"、“尾行感知”など様々な追加効果を発揮する。高品質な物になると装備者の観察力を高める事で話し相手の嘘や動揺を見抜く事すら出来るようになるという多芸な装備品。


※盗賊マントさん

https://kakuyomu.jp/users/a-mi-/news/16817330651450391657

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