色欲の錬金術師 〜アイテムが全て美少女化して錬成されるんですけど！？ これじゃ商品にならないので、アイテムさんたちと街の便利屋始めます〜

06-05 八つ裂きジャックに御用心

　小一時間程走ると、突然馬車が大きくカーブを切った。

　それと同時に地面から伝わってくる車輪の音と振動が変わる。どうやらあぜ道を抜けて舗装された道路へと入ったようだ。

　外からは頻繁に他の馬車の音や駆け抜けていく早馬の足音なんかも聴こえるようになってきて、いよいよ街が近付いてきたのが分かる。

　旅慣れた常連さん達を見習いやわやわと荷物を纏めていると、それから暫くしてゆっくりと馬車が停まった。

『皆さん、長旅お疲れ様でした！　ノウム共和国首都“ロンド”に到着です』

　御者さんから到着を告げる案内が入る。

『やっと着いたー！』

『ケツ、ケツが痛い……』

『流石に遠かったなぁ』

　口々に旅の感想……主に苦言と心労を述べながらも、皆どこかホッとした顔で馬車を降りていく。

　確かにケツはモゲそうな程に痛いけど、まずはこの長旅を無事終えられた事を喜ぶべきなんだろう。

　特に急ぐ訳でもないので先に降りて行く乗客たちをのんびりと見送る。

「それじゃ、お互い一攫千金目指して頑張ろうぜ！」

　親切にしてくれた冒険者の男性もそう言って馬車から降りて行く。

「……よし、そんじゃ俺達も行くか！」

「えぇ。何だかワクワクするわね！」

　他の皆が降りて行ったのを確認して、俺とティンクもいよいよノウムの地へと降り立つ。

　荷車を覆う布を捲りながら外に出ると、目の前に広がっていたのは――レンガと鉄で覆われた街並みだった。

「――へぇ。モリノとは随分様子が違うのね」

「あぁ。何ていうか――都会だな」

　初めて見るロンドの街並みに圧倒され、その場に呆然と立ち尽くす俺とティンク。

　通りに立ち並ぶ建物は見渡す限り全てレンガ造り。

　地面も石畳で綺麗に舗装されており、ガス灯と思われる街灯が整然と等間隔に立ち並んでいる。

　モリノでは当たり前に感じていた鳥の囀りや風に揺れる木々の音なんかは一切聞こえてこない。

　代わりに聞こえてくるのは――行き交う馬車の車輪の音、道路工事の騒音、遠くの工場から響いてくる金属音。

　どれもこれも例外なく“人工的”な音ばかり。それらが一瞬の絶え間も無く重なり合って、一つの音楽のように無機質なハーモニーを奏で続ける。

　街を行く人々の服装も、男性はタキシードにシルクハット。女性はドレスと洗練された装いが多い。

　いつものワンピースを着てきたティンクはともかく、モリノの普段着で来てしまった俺は一見して田舎者丸出しだ。誰に指摘された訳でも無いけれど急に恥ずかしくなってきた。

　一方で……街の隅に目をやると全く違った景色が広がっている。

　ニュースペーパーを売り歩く年端も行かない少年や、媚びるような目で客を待つ靴磨きの中年がそこかしこに居る。

　彼らは見るからにボロボロの服を着て手には穴の空いた軍手。頭に被るキャスケット帽はシミだらけだ。その顔からは生気が全く感じられない。

　そんな彼らを視界の隅にも留めず、両手いっぱいに買い物袋を抱えて街の真ん中を歩いていく裕福そうな人々。

　……何だかこの街の現状を知ったような気分になった。

「何だか……息の詰まる街ね」

　さっきまで揚々としていたティンクが少し暗い顔で俺に呟く。

「あぁ。個人的には……今のところモリノの方が好きかな」

　俺も率直な感想を返す。

　辺りをキョロキョロと見回して様子を伺いつつ、人の流れを邪魔しないようにそそくさとその場を後にした。

　――――

　それから数時間後――

「ま、まずい。これはマズイぞ……」

　カフェのテラス席でぐったりと項垂れる俺。

　ティンクは呆れた様子で、出された水に黙って口を付ける。

「こんなデカい街なのに、何で宿が一軒も空いてないんだ……！？」

「あんたね！　『宿は俺に任せろ！』って言ってじゃない！　……まさか忘れてるとはね」

「仕方ないだろ！　忙しかったんだよ。最悪現地で何軒か回れば見つかると思ったのに……まさか全滅とは」

　……そう。街に着いてから手当たり次第に宿をあたったものの、見事に一室も空いていない。

　見かねた宿屋のおばさんが俺達を哀れみながら教えてくれた。

『お客さんたち、さすがに今のノウムに宿の予約なしで来るのは無謀よ。なんたって――』

　そう、この事態の原因は明らか。

　キティー・キャットの件を聞きつけた冒険者達が世界中から街に押しかけて来てる訳だ。

　人が集まれば当然そ宿が埋まる。ちょっと考えれば分かりそうなもんだが……他の準備で忙しくてすっかり忘れていた。

　カッコつけずにせめてティンクに宿の手配をお願いしとくべきだったな。……重ね重ね甘かった。

　椅子の背もたれに寄りかかり霧でぼんやりとしか見えない太陽を見上げる。

　公園とかで野宿したら捕まるかな……。捕まるだろうなぁ。

　ガックリと肩を落とし、この先数日の食住を憂いでいると……そこへ追い討ちをかけるように、何やら陰気くさい歌が聴こえてきた。

　見ると、浮浪者風の老人が手持ちの小さなオルガンのような楽器を奏でながら近付いてくる。

『八つ裂きジャックに御用心。今夜も乙女が血の花を咲かす。夜霧に目を凝らしてごらん……冷たい両目がギラリと見てる。奴のディナーは乙女の純血。愛する彼女から手を離しちゃいけない。離せば2度とは掴めなくなるから♪』

「……な、何だ？」

　時々音を外しながら、下手くそな楽器を弾き鳴らしひしゃがれた声で歌い上げる老人。

「おやおや。こいつはいけない……お嬢ちゃんみたいな綺麗な女子（おなご）は特に注意が必要だ。決して夜中に出歩いちゃいけないよ」

　そう言って俺達の前に空き缶を差し出す。

　……？　あ、チップか！？

　慌てて小銭を取り出そうとすると、ちょうど注文していた料理を運んできたボーイさんが声を上げる。

「あっ！　爺さん、コラ！！　うちの客にちょっかい出すなって何回言ったら分かるんだ！！」

　野良猫でも追い払うようにシッシと追い立てられ渋々と去っていく老人。

「すいません、お客さん。気にしないでください。頭のおかしい爺さんなんです」

「あ、いえ……大丈夫です」

　少し薄気味悪いものを感じて苦笑いしつつも、店員さんが運んできた料理を受け取る。

「ねぇ、“八つ裂きジャック”って何なの？」

　気にするなと言ってるのに、興味津々で首を突っ込んで行くティンク。

　一瞬嫌な顔をしたボーイさんだけれど、ティンクの顔を確認するなり顔を赤くしながらキョロキョロと周りを確認しだした。

　他の店員の目が無い事を確認し、素早く屈み込むと大きなトレーで口元を隠してティンクに囁く。

「お客さん、他の街から来たの？」

「えぇ、モリノから。今日着いたばかりよ」

「そうなんだ。じゃあ知らなくても仕方ないね。……少し前の話なんだけど、実はこの街で――若い女性ばかりを狙う連続狂気殺人があったんだ」

「――連続殺人！？」

　思わず大声を上げる俺を、ティンクと店員が同時に睨みつける。

　周りの客達の冷ややかな視線を受け、慌てて自分の口を手で押さえて黙る。

　泥棒を捕まえに来ただけなのはずなのに、さっそく何だかとんでもない話が出てきたぞ……。