06-03 怪盗キティー・キャット

「えぇ。“怪盗”なんて呼ばれてましてね。数年前からノウムを騒がせている女泥棒です。悪どい金持ち連中から金品を巻き上げては貧しい人々に配って回るんで、“義賊ぎぞく”だなんて呼ばれて持てはやされてるんでさぁ」


 ――そういや、聞いたことがあるな。

 ノウムは古くから貴族が統治してきた国だ。民主共和国という体裁を取っているが、実際は政治権力の殆どを少数の貴族が占有してるらしい。

 そのせいで貴族と市民の間で貧富の差が激しく、長い間社会問題になってるって話だ。


「で、その怪盗の次の狙いが“賢者の石”……と?」


「へい。賢者の石を持ってるっていうある大貴族の元に、先日予告状が届いたそうなんです。それで、その貴族の方も面白がって挑戦を正面から受けて立つとか言い出して。事もあろうに予告の日に“賢者の石”の一般披露会を開催するとか言い出したんです!」


「はぁー……わざわざ予告状なんか出す方も出す方だし、それを受けて立つ方もどうかしてるぜ。金持ちの考える事は分かんねぇな」


「しかも! もし本当に泥棒が現れた場合、捕まえた者には多額の賞金を出すというおふれ付きですぜ! 噂を聞きつけて一攫千金を目論む冒険者が国内外から集まってきて、今やノウムはお祭り騒ぎですわ!!」


「――賞金か。まったく……目先の金に目が眩んだ愚かな連中ばっかりだな」


 本物かどうかは非常怪しいとはいえ、錬金術の秘宝を大捕物の見せ物に使うなんて。

 呆れてため息が出た。



 ―――――



 ――数日後。


 ノウム行きの乗り合わせ馬車に揺られる俺とティンク。


「ちょっと、もう少しそっち詰めてよ! こっち狭いんですけど」


 ティンクが隣からギュウギュウと肩を寄せてくる。


「無茶言うなって。こっちもギリギリだ」


 負けずにティンクの肩を押し返す。


「い、痛いって! ……まったく、何が『金に目が眩んだ愚かな連中』よ。あんたもバッチリ目が眩んでるじゃない」


 呆れた様子で首を振るティンク。


「だってお前、賞金額聞いたか!? 5000万コールだぞ!? そんだけありゃ恒冷氷柱どころか店舗ごと立派なのに建て替えれるぞ。こんな美味しい話、便利屋としてみすみす見逃せないだろ!」


「はぁーー。あのね、世界中から冒険者が集まってるって言ってたでしょ? 私達みたいな一般人がどうこう出来る訳無いじゃない」


「ふふん、ティンクさん。俺を誰だと思ってるんだ? “欲名付き”の錬金術師様を一般人と一緒にして貰っちゃ困るぜ」


 そう言って懐に隠し持ったポーションをチラッと見せる。


「何それ?」


「秘密兵器――“盗賊マント”のポーションだ」


【盗賊マント】

 その名の通り盗賊が好んで使う真っ黒なマント。

 物理や魔法に対する防御力は並の防具以下だけれど、“追跡感知”や“隠密”“トラップ回避”などなど怪しいスキルが満載の、今回の目的にはどう考えても役に立ちそうなアイテムだ。


「へぇ。確か街の防具屋とか錬金術屋じゃ売ってないレアアイテムよね? よくこんな短期間で素材が手に入ったわね」


「あぁ。こないだゴーダスの顔を見て思い出したんだよ。前にシューがゴロツキ達から大量に取り上げてくれた装備があったろ? その中に“盗賊の極意”っていう特性が付いてる個体が結構あってさ。調べてみたら盗賊やゴロツキなんかが使い込んだアイテムに付加される特性らしいんだけど。この素材が普通じゃ中々手に入らないってんでレアアイテム扱いらしいんだよ」


「なるほどねぇ。確かにそんな特性の付いたアイテム、市場じゃ流通してないでしょうしね」



 暇潰しがてらティンクとそんな雑談していると、正面の席に座る冒険者らしき中年男性が声を掛けてきた。


「お、何だ? 姉ちゃん達も懸賞金狙いの冒険者かい?」


 俺とティンクの話を聞いてたようだ。


「まぁ、冒険者じゃないけど目的はそんな所かな」


「私はただの付き添いよ」


「へぇ。若いのにやるじゃねぇか」


 そう言って愉快そうに笑う男性。


「俺たちも、って事はそっちも目的は一緒って事?」


「あぁ。俺だけじゃねぇさ。今ノウムに向かってる冒険者はだいたい皆同じ目的さ。なんたって賞金額を考えりゃ千載一遇のチャンスだからな。こんな上手い話は滅多に無いぜ」


 へぇ……。こりゃライバルは相当な数になりそうだな。


「それにしても――こんなにも噂になる泥棒って、一体どんな凄い奴なんだろうなぁ」


「何だお前!? そんな事も知らないで参加しようってのかよ!?」


 驚いて目を大きくする男性冒険者。


「い、いや、まぁ一応ちょっとは調べたつもりだったんだけど……」


 実は……盗賊マントの錬成に全魔力をぶち込んだせいで、ここ数日寝込んでしまい肝心の情報収集が殆ど出来てない。

 ティンクにも呆れられたけれど、モリノじゃどうせロクな情報も手に入らないだろうし、この際向こうに着いてから現地で聞き込みだ! ……って開き直ってたんだが。流石に甘かったみたいだな。


「仕方ねぇなぁ。冒険者の先輩として俺が少し教えてやるよ」


 得意げに話し出しながら、チラチラとティンクの方を見る。こーいう時美人って得だよなぁ。

 まぁ、ここは甘んじてご好意に預かるとしよう。


「――“怪盗キティー・キャット”。金持ちの私財ばかりを狙う通称“泥棒子猫”。得意とするのは変装と潜入。これまで数々の盗みを働いてきたにも関わらず、事件で1人の死傷者も出してないってんだから相当な凄腕だ」


「へぇ。――“義賊”って呼ばれてるとか聞いたけど?」


「あぁ。元々ノウムには“ノブレス・オブリージュ”って考え方あってな。簡単に言うと『高い地位を持った人物はそれと同等の義務を有する』って思想らしい。キティー・キャットもこの精神に則って行動してるんじゃないかって言われてるんだ」


「の、ノブレス? なんじゃそりゃ」


「まぁ、『大きな影響力を持つ人物は、社会の模範となるよう努めなければいけない』って事だな。だから、キティー・キャットは不正を働くような堕落した貴族を狙って、貧しい人々に富の再分配を行ってるんだと」


「つまり“正義の味方”ってやつか。何だかそんなに悪い奴にも思えないけど」


「実際、街ではかなりの人気者らしいぜ。貧民からの支持は元より、善良な貴族からも高く支持されてるらしい」


 まるで知人が褒められてるかのようにうんうんと頷く男性。


「――でも、そんな人気者の正義の味方を寄ってたかって捕まえようってんでしょ。いつも助けられてる市民たち自身の手で。笑えない話よね」


 静かに話を聞いていたティンクが口を挟む。


「まぁな。なんたって賞金5000万コールだからな。誰しも目先の大金には勝てないだろ」


「ぞっとしないわね」


 小さく首を振って肩をすくめるティンク。


 ……確かに。

 これまで自分が助けてきたはずの市民が、大金をちらつかされた途端に敵側に回るんだ。


 キティー・キャット。

 彼女は今どんな気持ちでこのイベントを迎えようとしてるんだろうか。

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