04-02 王宮錬金術師キロス・モーリア

 バザーを抜けると、各種専門店が立ち並ぶ大通りに差し掛かる。

 バザーで手に入らなかった素材は、多少割高だけれど専門店で購入するしかない。

 幸いここまで結構いい買い物が出来たため、手持ちにはまだ余裕がある。そこで帰る前に錬金術の専門店をもう一度見て周る事にした訳だ。


 ――大通りの広場に出ると、何やら人混みが出来ているのが目に入った。


(何だ? 若い女性ばっかだけれど……有名なケーキ屋でもあんのかな?)


 もしそうなら、店の売上のためにもティンクに"正しいケーキ"というものを学習させる良い機会だ。

 そう思い遠くから様子を伺っていると、女性達の黄色い声が聞こえてきた。


『ねぇ! あれ、キロス様よね!?』

『――絶対そうだって! キャー、素敵』


 ――キロス? どこかで聞いた名前だな。

 ……まさか。


 人混みの方に目を向けると……長身のイケメンが、豪華な刺繍が施された深紫色のケープをはためかせながら馬車のキャビンから悠然と降りてくる所だった。

 女性達の視線が一身に集められる。


(うへー。確かにメッチャ男前だな。何だあれ、本当に俺と同じ生物か? なんかもう脚の長さからして違うんだけど……)


 キラキラと輝きすら見えてきそうな光景に唖然としていると……男に続いてもう1人。馬車から人が降りてくるようだった。

 馬車の隣に跪きキャビンへと手を差し伸べるイケメン。その手を取り、これまた人間離れしたお人形さんのように可憐な少女が姿を現した。


『ねぇ、あれって……第三王女のシェトラール様よね?』

『本当だ!……あの御二人、只々ならぬ関係って噂でしょ?』

『シッ! 大きな声出さないの。王女と王宮錬金術師。随分な身分差だけれど……シェトラール様の方がぞっこんらしいわよ』

『まぁ、お相手があのキロス様ならお気持ちも分からないでもないけどねー』


 女性達のゴシップ話が留まるところを知らない。


 ……王宮錬金術師のキロス。間違いない。チンピラ共にうちの店を強襲させた張本人だ。

 隣に居る少女は、話によると第三王女のシェトラール姫か。確か俺と同じくらいの歳だったはずだけど……まさかこんな街中で見掛ける機会があるとはなぁ。


 人前というのもはばからず、楽しそうにキロスの腕にしがみ付く王女様。

 キロスの方は困ったように愛想笑いを浮かべている。

 噂も何も、こんなのあからさまだろ。



(まさかこんな所で出くわすとはなぁ。さて……どうしたもんか)


 目立たないよう人混みの外から様子を伺う。


 ――先日のチンピラたちは、約束通り全員逃がしてやった。

 そのまま隣国へ逃げるとか言ってたから、その後キロスとは会っていないはずだ。

 報告にも報酬を受け取りにも来ない彼らの事をキロスがどう思ったかは分からない。

 けれど、あれから追加の刺客が無い事を考えるともう気が済んだのだろう。


 幸いこちらの損害はゼロ。

 ……むしろ、シューが"迷惑料だ"とか言って武器や装備など錬金術の素材に使えそうな物を片っ端から巻き上げてくれたからプラスにすらなってる。

 これじゃどっちが悪党か分からんな……。


 とりあえず、損害がない以上、あまり関わり合いにならないのが得策だ。


(ここは大人しくやり過ごす事にするか)


 そう決めて再び身を潜めようとした時……


「マグナスー! もー、何処行ったのよ!? いい歳して迷子!? おーい、マグナスくーん!」


 やたらと上機嫌なティンクが大声で何度も俺の名前を呼びながら遠くから戻ってくるのが見えた。


(――や、やめろバカ!)


 慌ててティンクの元に駆け寄ようとするが――先にティンクの方が、人混みを掻き分けてキロスのすぐ傍に出てしまった。


 ティンクの行き先を遮るようにキロスが立ちはだかる。


「――? 何よあんた」


「やぁ、こんにちは。随分と可愛い子がいるなと思いまして。お嬢さん、お名前は?」


「……お生憎様。女性連れでナンパするような奴に名乗る名前は持ってないわ」


 腕組をしたままプイと顔を背けるティンク。

 キロスの後ろでは、シェトラール姫が複雑そうな顔でじっと事の成り行きを見つめている。


「はは、随分と気の強いお嬢さんですね。――時に、先ほど"マグナス"という名を口にされていましたが。……もしや、隣町の錬金術師"マグナス・ペンドライト"のお知り合いでしょうか?」


「……」


 事態に気づいたのか、そっぽを向いたままティンクは何も答えない。


「やはりそうでしたか! いや、隣町に最近新しく錬金術屋が出来たと聞きましてね。同じ錬金術師として気にはなっていたのですが。――それよりも。その店に居る紅髪の女性が大変美しいと王都でも一部で噂になっていましてね! 是非一度お目にかかりたいと思っていたんですが――まさか貴方ですか! いゃあ今日はツイているなぁ」


 独りで饒舌に喋り続けるキロス。

 ティンクは辛辣な顔で頬を膨らませたまま目も合わせようとしない。

 その様子に少しばかり腹を立てたのか、キロスは黙ってティンクの全身を舐めるように見つめる。

 そして何か良い物を見つけたかように口元を歪めると、再び口を開いた。


「それにしても――あぁ可哀そうに。ここまでの美貌を持ちながら、そのような貧相な装飾品など付けさせられているなんて。普段からさぞ惨めな思いをされているのでしょう。――そうだ、今日の出会いを記念して僕が宝石付きの髪留めをプレゼントしますよ!」


 わざとらしい笑顔を浮かべながらキロスがティンクの髪飾りに手をかけようとする。



 ――パンッ!!



 その手を思いっきり跳ね除けるティンク。


「気安く触んないでよ! これ、結構気に入ってるんだから」


 口が悪いのはいつもの事だけど、今まで見た事のない気迫でキロスの事を睨みつける。

 キロスの方も、さっきまでの飄々とした様子とは消え失せ冷めた目つきでティンクの事を睨み返す。

 唯々ならぬ様子に気付き周囲の野次馬が次第に騒めき始めた。


(さすがにヤバいな。騎士団に見つかったらそれこそある事ない事何を言われるか……!)


 慌ててティンクを止めようと立ち上がったところで……



「――キロス、行くわよ」


 見かねたシェトラール姫がキロスのケープの裾をぐいっと引っ張り店へと入るように促した。

 ふと我にかえりわざとらしい笑顔で答えるキロス。ティンクに一瞥をくれると渋々と店へと向かって行った。

 その後に黙って続くシェトラール姫が……店に入る直前、ほんの一瞬振り返りティンクの顔を見る。


 彼女がふと見せたその表情は……怒り、嫉妬、焦燥、恨み、不安?


 ……いや、もっと単純だ。

 ――何て寂しそうな顔をするんだろうか。



 ……



「はぁ。まさかこんな所で出くわすとはな」


 キロス達が店に入り、野次馬も散り始めたのを確認しつつティンクの傍に歩み寄る。


「あ! ちょっと! 何処行ってたのよ!? あいつよ、こないだ店を襲わせた悪い錬金術師!!」


「分かってるよ。聞いてた」


「じゃあ何で黙ってたのよ! またとないチャンスでしょ!?」


「落ち着け。ここで殴りかかるのか? それこそ騎士団に捕まるぞ」


「でも、こっちには襲ってきた奴らの証言だってあるのよ!」


「待て待て。田舎の無名錬金術師が訴え出た所で、王宮錬金術師様の手にかかれば簡単に握り潰されておしまいだ。まぁ、グレイラットさんに助言でもして貰えば話は違うかもしれないけど……そこまで迷惑もかけれないだろ。とりあえず今はほっとけ」


「え、何それ!? バッカじゃない!」


 そう一言だけ言い残すと、ティンクは怒って先に行ってしまった。

 まぁ、暴走して店に突撃していかないだけマシか。口ではそう言いつつも、あいつ自身王宮錬金術師の権力は分かってるんだろう。


 やれやれと思いつつ、重い荷物を持ってティンクの後を追う。

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