03-05 "欲名持ち”の錬金術師
「んん〜、とりあえず午後からはのんびりと工房の片付けでもして……」
ひとつ背伸びをして、カウンターに戻ろうとしたところ……
――店のドアを蹴破る勢いで、いや本当にドアを蹴破って柄の悪い男達が突然店内になだれ込んで来た!
「邪魔するぞ!! マグナスって錬金術師は居るか?」
先頭を切って入ってきた大柄の男が怒声を上げながら店内の面々に睨みを効かせる。
突然の事に驚き、泣き出しそうな顔で固まってしまうカトレアお嬢様。
それ以外の面々は……特に驚いた様子もない。
ティンク至ってはごくごく冷静な顔で黙って俺を指差す。
くそ、あいつ……!
「てめぇがマグナスか! おい、てめぇ。誰の許可を得てこんな所で店やってんだ!? あぁ!?」
「誰のって、営業許可証ならちゃんとあるぞ!」
壁に飾っておいた営業許可の証書を指さす。
「そういう事を聞いてじゃねぇよ! 商売すんならその土地の顔役に納めるもん収めるのが筋ってもんだろが!」
声を荒げて店のカウンターを思いっきり叩く大柄の男。その衝撃で、置いてあった薬瓶が床に落ち音を立てて割れてしまった。
「――あのな! あんたいつの時代の話してんだよ!? 今じゃそういうのは禁止されてて……ってかそもそもココは私有地だ!!」
「うるっせぇ! なに口答えしてんだ! おっ? ぶっ殺すぞ!」
こっちの話には聞く耳も持たず、大男は唾を撒きちらしながら俺の襟元を鷲掴みにする。
これは納める物がどうのこうのなんて関係ないな。どんな理由かは知らないけれど、俺への脅迫自体が目的だ。
掴んだ首元をガクンガクンと揺さぶられ、その衝撃で首の筋がグキッとなった。痛い。
何か最近こんな目にばっか遭ってるな……。
「ちょっと! 営業妨害なんですけど! 出てってよ!」
さすがに見かねたのか、ティンクが椅子から立ち上がりこっちを睨み付ける。
「――あぁ!? 関係無ぇ客どもは黙ってろや! ……てめぇらも痛ぇ目にあいてぇのか!?」
入り口付近に居た小柄な男がイカれたように目を見開きながらティンク達のテーブルへと近寄って行く。
テーブルの直ぐ側に立つと、腰に携えていた短剣を抜き勢い良くテーブルの真ん中に突き立てた。
「キャア!」
驚いて小さく悲鳴を上げるカトレアお嬢様。
その反応に気を良くしたのか、ニヤニヤとしながら男はテーブルの面々を順に見渡す。
「おい、兄ちゃん。どうした? ビビって目も合わせられねぇのか? ほらほら、おめぇの他には女とジジイしか居ねぇんだから兄ちゃんが根性見せねぇと」
下衆な笑いを浮かべながら、黙って下を向いたままのシューの髪を掴みグッと顔を上げさせた。
――その直後、男の顔から一気に血の気が引いて行く。
無理もない。ビビって顔も上げられずにいると思っていた男が、目を合わせた瞬間常人のものとは到底思えない殺意に満ちた表情で睨み返してきたのだから。
「――あぁ? 面白ぇ。俺とやろうってのか?」
男を睨み返すシューの瞳は、森で見たのと同じ。獲物を狩る狼のような鋭い光で満たされている。
いや、あの時以上だろう。恐ろしく冷たい目で、こころなしか楽しそうに薄ら笑いすら浮かべながらゆっくりと椅子から立ち上がる。
「そうですね。店主も出て行けと仰っています。――お引き取り願えますか」
怯えるカトレアさんを庇いながら、グレイラットさんも立ち上がる。
椅子に掛けてあった各々の剣を手にして、ゆらりと男達の前へと歩み出る2人。
「……へ?」
びびって声も出せないのかと思っていた客達から突如として放たれる、有り得ない程の覇気。
ヘラヘラと笑っていた他のチンピラたちも事態の異常さに気付き口をあんぐりと開けて固まっている。
俺の襟元を掴んだまま事の成り行きを見ていた、大男の額にも冷や汗が流れ落ちる。
そして、首元に背後からヒタリと冷たい刃が当てがわれた。
「我が主とそのご友人に対する暴挙。……覚悟は出来ているのだろうな」
ロングソードさんが冷たく言い放つ。
あ。さっき割れたの、防犯用に置いてあったロングソードのポーションか。
その顔を見る限り……完全にキレてる。
「……あの、皆さん。助けてくれるのは嬉しいけど。出来れば店内で刃傷沙汰はちょっと避けたいな、なんて――」
そんな俺の言葉を皮切りに、狭い店内で神速の斬撃が渦巻いた。
―――
……正に"瞬殺"。
あれだけの人数が暴れたというのに店内は綺麗その物。
備品はおろかコップの1つも割れていない。
最強のロングソード使いに、剣帝。それに何か知らんがやたらと強い元盗賊。
彼らにかかればチンピラの相手なんて、店に入って来たコバエを叩く程度の事なんだろう。
もはや“闘い”にすらならなかった。
店内に居た数人を各々一撃で沈めた後は、店の外で待機していた数十人以上の仲間をあっさりと殲滅。
途中、一団の頭らしき男が名乗りを上げてた気もするけれど、それも一瞬でシューに蹴り飛ばされて伸びていた。
ここまで実力差があると雑魚も頭も関係ないらしい。
一応、全員起き上がれないだけで死人は出ていないようだ……。
「いやはや、さすがに強ぇな、剣帝グレイラット」
「あぁ。こんな所でこの様な達人技にお目にかかれるとは光栄だ」
グレイラットさんの剣技を絶賛するシューとロングソードさん。
「いやいや、お2人こそなかなかのものでしたよ。特にそちらの騎士さんは剣の何たるかをよくご存じのようだ」
軽い運動でもした後のように、爽やかにお互いを褒め合う3人。野党の一個軍団を潰しといて汗一つかいていないとは……恐ろしい人達。
カトレアさんとティンクもその様子にパチパチと拍手を送っている。
「さて……と」
頭を名乗っていた男の首元を捻上げるシュー。
「騎士団に引き渡す前に、吐いて貰おうか。……誰の依頼だ?」
「ひ、ひぃ! お願いします、騎士団は勘弁してください! こ、殺される!」
顔を真っ青にして首を振り命乞いをする頭。
「まてまて。いくら強盗犯とは言えいきなり打ち首にはならんだろ。それとも、最近の騎士団はそんなに物騒なのか?」
「い、いえ。騎士団ではなく……その」
頭は目を逸らし口籠る。
「――なるほど。口封じ、ですか。逮捕後にも身柄を自由に出来る……となると、騎士団にすら圧力を掛けられるような人物からの依頼という事ですね」
歩み寄ってきたグレイラットさんがその顔を覗き込む。
「……お願いです! 洗いざらい話しますから騎士団はご勘弁を!」
「人に物を頼めるような立場かよ!? いいからさっさと言え! 誰に頼まれた!?」
シューに首を捩じ上げられ、一瞬躊躇うように目を逸らすが観念したように頭は話し出す。
「わ、分かりました言います!! ……王宮錬金術師、キロス・モーリアです」
「えぇっ!?」
事の成り行きを見守っていたカトレアさんが突然大声を上げる。
「キロスって、"承認欲の錬金術師"ですよね。――その人です! こないだ私に適当な万能薬を処方したの!」
成る程……そう言う事か。
何処から耳にしたのか知らないが、自分の客を無名の新人にあっさりと取られたのが気に食わなかったんだろう。
しかしまぁ。開店早々に"
―――
――“
力ある錬金術師に贈られる称号。
錬金術が研究され始めて500年以上。
その技術は統制だった理論として確立されつつあるものの、未知の領域もまだまだ多く奥深い学問だ。
研究過程での事故や人災も後を絶たず、そんな危険性から錬金術の研究は相当な“欲”が無ければ成し遂げられないとされている。
そんか事情から錬金術界隈では“欲深い”事はむしろ美徳とされている。
そもそも錬金術自体『不老不死になりたい』『屑鉄を
人の行動理念の根底には常に何らかの欲求がある訳で、まぁそれは錬金術に限った事では無いとは思うのだけれど……。
何はともあれ、錬金術界隈では力ありと認められた術士には"欲名"の称号が送られその名声が知れ渡る事になる。
“欲名”とは多くの錬金術師が生涯かけて追い求める大きな目標だ。
――つまりそんな“欲名持ち”の大錬金術師様にうちの店は早々と目をつけられてしまった訳だ。
商売を始めれば商売敵が現れるのは必然とはいえ……これはまいった。
深いため息を吐く俺にはお構いなしで、チンピラ達を追い払った店内では、シューに強引に誘われたロングソードさんも交え何事もなかったかのように既にお茶会が再開されている。
(はぁ……この人達のお気楽さを少しは分けて貰いたい)
一抹の不安を残しつつも、初めての依頼はこうして無事解決したのだった。
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