2 こんにちは異世界!
「……い……愛依……」
「うーん……」
「愛依っ! 起っきろっー!」
「ひゃあっ!?」
私は突如耳元に大声を浴びせかけられて立ち上がって飛び起きる。
それと同時にガシャン! という物音をさせ膝をぶつけてしまう。
「おおお……」
思わず苦痛の声を上げてしまう私。
どうやら学校の机の上で寝てしまっていたらしい。
「たくっ……帰りのホームルームからずっと寝てたのかよ」
呆れたように私に言うのはボタンを開いたブレザー姿の茉莉だった。
彼女は片手に教科書を丸め簡易のメガホンにしたものを持っている。それで私の耳元で叫んだらしい。
それがなくても十分な声の大きさであるが。
「はは……でもほら、今日の最後の体育のバレーで愛依ちゃん、大活躍だったから……」
茉莉の後ろで苦笑いしながら言うのは怜子だ。ブレザーはしっかりとボタンをすべて閉じ、スカートも長い。
彼女は茉莉と違って声が小さく、ガンガンと茉莉の声が鳴り響いている私の耳には少し聞こえづらい。
「ま、そだよねー。愛依っちのおかげでうちらのチームが勝てたし、愛依っちさまさまって感じー?」
ユミナが怜子の横から歩み出て茉莉の横に並んで言う。ちなみに彼女は一応ブレザーのボタンは閉じているが、スカートはかなり短い。少し動いたら見えてしまいそうなぐらいには。
「ユミナはずっと一人で楽してたでしょ……おかげで私が二人分頑張らなくちゃならなかったんだからね」
私はヘラヘラと言うユミナに文句を言う。
すると、ユミナはそっぽを向いて、
「んー? そだったかなー?」
と、ユミナはとぼける。
「まあでもあれぐらいで寝るってのもどうかと思うぞ。ったく、鍛え方が足りねぇんだよなー愛依は」
「運動部の茉莉からすればそうなんだろうけどさぁ」
私はそんな彼女に「ハァ……」と軽くため息を付きながら、机の横にひっかけていたカバンを手にする。
「まあでも確かに私も悪かったよ。今日、一緒に放課後遊びに行く約束だったのに寝ちゃったのは」
「べ、別に愛依ちゃんは悪くないよ! 悪かったのは、わたしがロクに動けなかったのもあるし……」
「んーもうまた怜子は!」
私は怜子の前に出ると、彼女の頭をワシャワシャと撫でる。
「ひゃぁ!?」
「そういうのよくないって言ったでしょ? 誰にでも向き不向きがあるんだから、ね」
「う、うん。ありがと……」
怜子は私の言葉にぎこちない微笑みを作る。
そんな彼女に、私はニッコリと笑いかけた。
「うん、やっぱ笑った顔がかわいいね、怜子は!」
「あ、ありがとう、愛依ちゃん……」
怜子のお礼の言葉を受け取った私は、自分でかき乱した彼女の髪を自分で梳き直す。
髪は女の子の命だし大事にしないとね。
「よし、じゃあ行こうか! 今日はみんなで楽しくショッピングだもんね!」
私達四人は同じ高校に通う仲良しグループだ。
お互い趣味も性格も全然違うのだが、幼馴染でもあり、ずっとこうして仲良く一緒にいる。
グループを作れと言われればこの四人で組むし、それ以外の勉強や遊びも常に一緒だ。
もはやこの四人で行動すること以外は考えられないぐらいには、私達はいつもべったりとくっついていた。
だから今日も、四人で一緒に遊びに出かけているのである。
今回の遊び場は学校近場の大型ショッピングモールだ。
よく私達のような高校生や年下の中学生のたまり場になっている。
「よし、じゃあまずは何しよっか!」
「……うーん、わたしは本屋に行きたいな。今集めてる漫画の新刊がこの前発売だったから」
「うーんでも本屋って盛り上がりづらくないか? そうだ! ここ確かバッティングセンターも併設してたはずだからそこ行こう!」
「えーやだよそんなーただでさえ体育で疲れてるところだってのにさー。うちはそれよりも服見たいなー。そろそろ夏の新作が出る頃だしぃー」
みんなの意見はバラバラだ。まあ、三人とも我が強いところがあるし、いつものことだ。
なので、私もこういうときは誰かに協調するわけでもなく我を押していくことにしている
。
「私はあれ! アイス食べに行きたい! 体動かした後だし冷たいものでキーンとしたいの!」
「……そうだね、愛依ちゃんがそういうなら」
「だなー。それが一番合理的かもな」
「スイーツは女の子の定番だよねー! 行く行くー!」
すると、三人はあっさりと同意してくれた。
意見が割れたときはわりかしこういうことも多く、ありがたいばかりだ。
「よし、じゃああのアイス食べに行こう! けってーい!」
そうして私達はショッピングモールにあるアイスの店へと足を運び始めた。
◇◆◇◆◇
「いやー楽しかったね!」
ショッピングモールでの散策を終えた帰り道。四人で夕焼けの街で、信号待ちのタイミングで話す。
「そうだねーいろいろ買いたいものも変えたし満足だよー」
ユミナが言う。彼女の両手には買い物袋がたくさんだ。
「わたしも……買いたい漫画が買えて満足……」
怜子が落ち着いた口調で言う。
「アタシも、がっつり体動かせて楽しかったよー!」
茉莉がのびのびとしながら言った。
みんなで行きたい場所に行って思い思いに遊んだ。それぞれ趣味は違うけど、みんなで一緒ならそれはとても楽しい体験だった。
こんな日々がずっと続いて欲しい。私は心からそう願う
「……と、そんなこと話してたら。そろそろ信号青だね」
歩行者用の信号を見ながら私は言う。そしてその直後に信号は青になった。
私達はゆっくりと歩みを進め始める。
しかし、そんなときだった。
「……え?」
私は言葉を失う。
目の前に、理解不能なものが出てきたのだ。
「嘘……?」
「は……?」
「……どゆこと?」
最初、それは私の目の錯覚かと思った。だが、他の三人も驚いているあたり、そんなわけではないようだった。
「ねぇ、愛依っち……これって私が変になったのかな……?」
「いや、そんなことないよ……確かに見えるよ、私にも……霧が」
そう、私達の前に突如霧が現れたのだ。
喧騒で騒がしかったはずの街中で、である。
「オイオイオイ……どうなってんだ?」
「こ、怖い……ホラーゲームみたい……」
茉莉と怜子が動揺した声を上げる。ユミナも目をキョロキョロとさせて明らかに慌てふためいているようだった。
そしてもちろん、私だって困惑している。
この街の中に霧が出るなんて、聞いたこともない。
しかもその霧は、どんどんと濃くなっていって一寸先も白という状態になっていく。
「みんな! 手を繋ごう!」
私はとっさに言った。
このままだと離れ離れになってしまう。そんな気がしたからだ。
「っ! う、うんっ!」
私の言葉にいち早く反応したのは怜子だ。怜子は手に持っていた漫画の入った袋を地面に落として、ぎゅっと私の手を握る。
それに続いて怜子の手を茉莉が、茉莉の手をユミナが握った。同じようにモノを落として。ただ着の身着のままの状態で。
私達はそうして濃くなる霧の中、手を握りながらじっと立っていた。
できれば、すぐにでも晴れて元の街に戻れますように。
そう願った。
だが、現実はそういかなかった。
霧は確かにだんだんと晴れていった。しかし、目の前に現れた風景は、私の望んだものと違ったのだ。
「はい……?」
私は思わず声を上げた。上げずにはいられなかった。
だって、霧が晴れた後に私達が立っていたのは、平原のど真ん中だったのだから。
「何、これ……?」
ポカンと口を上げながら言う私。
それは怜子達も同じなようで、私達はいつの間にかお互い手を放し放心していた。
「……あ、ああ! 分かったぞ! 夢だなこれは! こんなの夢に決まってるさ……!」
「で、でもみんなで同じ夢を見るって、ありえるのかな……?」
茉莉の言葉にユミナが返す。
確かに茉莉の言うことはそうだ。普通に考えればこれは夢に違いない。
でも、平原を吹き、体をなでる風も、そこから香る草の匂いもあまりにリアルすぎて、とても夢には思えなかった。
「もしかして……」
と、そこで怜子が何かに気づいたようなことをこぼす。
私はそれについて詳しく聞こうと声を出そうとする。
だが、次の瞬間だった。
「あっ、あれ見て! 誰か来るよっ!」
ユミナが叫んだ。
彼女が指をさす方向には、確かに何人かの人影らしきものがあった。
遠くて小さく見えるが、誰かが来ていることは間違いなかった。
「よかった……とりあえず人がいるんだね……話を聞いてみようよ。おーい!」
私はほっとする。そして、手を振って呼ぶ。
しかし、何かがおかしかった。確かにその集団は私達に気づき近づいてくるようだった。
だが、体の大きさは全然大きくならない。一応輪郭ははっきりし始めてきたが、大きさは小学生ぐらいの大きさから大きくならなかった。
そして、途中で気づいた。
私達に近づいてくるそれが、人間ではないことに。
「なっ、何あれっ……!?」
緑色の小さな体。野蛮な腰蓑のみの格好。手から伸びるギラリとした長い爪。
それは人と言うにはあまりに醜悪な存在だった。
「キシャアアアアッ!」
そいつらは私達にある程度近づくと、声を上げ走ってきた。
私達はその異様な光景に動揺して動くことができず、そいつらが目前まで迫ってくるのを許してしまう。
「ひっ……!?」
そして、気づいたときには、怜子にそいつらの爪が伸びようとしているところだった。
「怜子っ!」
私はとっさに反応し怜子の体を抱いて横に倒れる。
すると、さきほどまで怜子がいた場所にその緑の小さなやつの爪が横切った。
「きゃあっ!?」
悲鳴を上げる怜子。
その体は震えていた。
「大丈夫、怜子っ!?」
「う、うん……! で、でもあいつら……!」
怜子が指をさす。
するとそこには、獲物を見定めるかのように私達を取り囲む緑の小人の姿があった。
「ま、まずい……!」
私は言う。このままでは、私達みんな襲われてしまう!
「な、何これぇ! 何これぇ!?」
「お、落ち着けユミナっ! 落ち着かねぇと死ぬぞっ!?」
「そういう茉莉っちだって動揺してるじゃんんん!」
動揺を隠せない二人。そんな二人を見て、そして腕の中でブルブルとしている怜子を見て、私は体が動いていた。
「っ!? 愛依ちゃん!?」
「愛依っ!?」
「愛依っち!?」
私は飛び出していた。三人の前に。三人を守るように。両手を広げて。
「く、来るなら来い! でも私だけを狙えっ! みんなには手を出すなっ!」
「ギシャアアアアッ!!」
そんな私めがけて、緑の小人が一匹、突っ込んでくる。私は、その瞬間に死を覚悟した。
だが――
「ギャアアッ!?」
私にギリギリまで手を伸ばしていた緑の小人が、突然横に吹っ飛んだのだ。
吹き飛んだその姿を見ると、頭に矢が刺さっていた。
「君達、大丈夫かっ!」
そこで、凛々しい声が聞こえてきた。
声のした方向を見ると、そこには、少し離れた位置から馬上から弓を携え放った姿の、白の甲冑姿の女性がいた。
流れるような金髪が眩しい女性だ。
その背後には、色違いの鈍色の甲冑姿の人達が同じく馬に乗っている。さらにその奥には馬車があった。
「行くぞ! ゴブリン共を掃討しあの少女達を助けるのだっ!」
その女性が号令を出したかと思うと、甲冑の集団が馬で駆け突っ込んできて、緑の小人――ゴブリンと呼ばれたそいつらを次々に倒していく。甲冑の集団の動きは、とても訓練されたものを素人目にも感じさせた。
そうして一瞬でゴブリンは駆除され、その場に残ったのは私達四人とその女性率いる甲冑の集団だけだった。
「怪我はないか?」
甲冑の女性が馬に乗りながら近づいてきて、私に話しかけてくる。
「は、はいっ」
私はみんなを代表し生返事する。
「私は帝国の将、カティア・レイヴンと言う。輸送任務の帰りだったが、まさかこんな平原のど真ん中でゴブリンに襲われているとはな」
カティアと名乗ったその女性。
彼女は、名乗ったあとまじまじと私達を訝しむような目で見る。
「……奇妙な出で立ちだな。一体どこの国のものだ? 帝国の民には見えぬが……」
「帝国……?」
その言葉が現実的に受け入れられない。
何を言っているのだろうこの人は。帝国とは、一体何のことなのか。
「帝国を知らんのか? ますますおかしな少女達だ。この大陸最大の版図を持つ帝国のことは、幼子ですら知っているはずだと言うのに」
「ゴブリン……帝国……大陸……やっぱり……!」
と、そこで怜子が何かを確信した口調で、しかし震えながら言った。
私はそんな彼女に気づき、怜子に振り返る。
「怜子、何か分かったの!?」
それに対し、怜子は小さく、コクリ、と頷いた。
「う、うん……多分、私もまだ信じられないんだけど……でも、状況がそうとしか言ってなくて……」
怜子は混乱しながらも確かに認識したように頷き、そして言った。
「わたし達、しちゃったんだ……異世界転移、を……!」
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