第25話 信用と信頼―常闇の魔女―
「この度はトーナ殿に不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
付き添いを断ろうとしました私の言葉をハル様が謝罪の言葉で遮りました。
「無理を言ってあなたをお連れしたのが原因なのですから、せめて最後まで送らせてください」
「ですが、元々はバロッソ伯爵の依頼であってハル様には何の責もありませんし……」
「いや、依頼の内容は解毒薬を入手する事でした。だから俺がきちんと説明すればよかったのです」
いつまでも玄関先で押し問答しているわけにはいはいきません。
しかし、ハル様はあまりに頑なで、譲るつもりがなさそうです。
「それで果たして伯爵が納得したかどうか……」
「確かに最初からトーナ殿を魔女呼ばわりでしたから……まあ、それは私もなのですが」
私と最初に出会った時の事を思い出したのか、ハル様は苦笑いされました。
「いいえ、ハル様には伯爵と違い悪意がありませんでした。それに私の言葉にも真剣に耳を傾けてもくださいましたし」
この街に来てから私の名前をまともに呼んでくださったのはハル様だけです。ハル様だけがきちんと私と向き合ってくれたのです。
「トーナ殿の説明はとても説得力がありましたから――」
そう言っていただけるのはハル様くらいのものです。
「――それでも塩の水や炭は我々の様な素人には少し刺激が強かったかもしれませんね」
私に友好的なハル様でもそう思われるのなら、幾ら説明しても伯爵に私の言葉が届かなかったのは無理からぬ事だったのかもしれません。
「そう……かもしれませんね。治癒師と患者の間に信頼関係がなければ、どんなに説明を尽くしても納得してはいただけないでしょう。私の説明の仕方も悪かったのかもしれません」
周囲が私に魔女と偏見を抱いている様に、私も伯爵に対してどうせ分かってもらえないと最初から諦めた気持ちがあったのではないでしょうか。
いえ、それ以前から私は患者に……街の人達に歩み寄る努力を放棄していたのかもしれません。
「しかし、伯爵はご自分でトーナ殿の薬を求められたのに、最初から話を聞こうとしない態度はいただけません」
「元々は私から解毒薬を入手できるのだと目算しておいでだったのでしょう。私の施術を必要とするなど夢にも思わなかったのではありませんか?」
薬ならまだしも魔女と蔑視していた私が娘に近寄るのに対して抵抗を感じたのでしょう。
「ご自身の娘の命が掛かっていると言うのに……」
「だからでしょう」
大切な娘だからこそ、魔女と疑う私を信じられず治療を任せられないのではないでしょうか。
「初めて会った、しかも悪い噂がある人物をいきなり信じられるものでしょうか?」
「それは……そうですね。確かに難しい」
「ましてや自分の選択で大切なものを失うかもしれないと思えば尚更です」
信用できない相手に命を預けられる筈もありません。
「どうやら私は患者との信頼関係を軽視していたようです」
「騎士の世界で信用と信頼の置けない戦友に命は預けられないのと同じですね」
きっとハル様は騎士団の中で信用と信頼を築きあげていらっしゃるのでしょう。
信用とは一朝一夕に築けるものではありませんから、日頃から関係の構築が如何に大切だったかが分かります。
今頃になって自分の愚かさに気付き、私は自然と視線が床へ落ちていました。
「とは言え、街でのトーナ殿に向けられる一方的な悪感情を見るに、あなたが信用を得られなかったのは決してあなたの責任とは思えません」
ハル様に擁護され、慰められるだけで私の重く沈んだ心が急に羽根の様に軽くなりました。
「信用や信頼を築くにはお互いの歩み寄りが必要です」
「ハル様……ありがとうございます」
私を無条件で信じてくださるハル様に自然と感謝の言葉が出ました。
ハル様はどうして私をこんなにも甘やかすのでしょう?
まだ出会って半日も経っていないのに、こんなにもハル様の言葉に影響を受ける私はどっぷりと彼に染められてしまっていないでしょうか。
「そう言っていただけると、自分の不甲斐なさも多少は救われます」
「エリーナ様の事が歯痒いのですか?」
どうしてハル様には私の気持ちが見透かされてしまうのでしょう?
「はい……私がもっと街で信用と信頼を築けていればお助けできたかもしれないのです」
「ガラック薬方店の薬では治療は難しいと?」
「忌み嫌う私にまで伯爵は縋ったのですからエリーナ様の病状はおそらく
実際にエリーナ様の容態を確認しなければはっきりとは分かりませんが、胆薬は逆効果になる可能性が高いと思われます。
「ですが、伯爵がガラックさんの言を取り上げられた以上は私にできる事はもうないのです」
「仕方がありません。選択したのは伯爵自身なのですから」
私にはエリーナ様のご快癒を祈る他に術はありません。
悩んでも詮無きことです。
いつまでも玄関先でこうしていても仕方がありません。
しかし、ハル様は一向に私の鞄を手放そうとはしてくれません。
仕方ありませんのでハル様のエスコートを受ける事にしました。
「もし、お待ち下さい!」
しかし、領主館を後にしようとした私達の背後から制止の声が上がったのでした……
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