第11話 森の中の魔女の家―白銀の騎士―

 

 伯爵からの依頼が例の魔女への使いだと知った同僚達に心配されながら送り出され、魔獣の棲む森へと向かったわけだが――



「思っていたより穏やかな森じゃないか」



 ――もっとおどろおどろしい雰囲気を想像していたんだが……なんだか拍子抜けだな。



 別に俺は魔女の噂を信じているわけではないのだが、同僚達の指摘通りこの森は魔獣が多く棲んでいる。そういう森は普通の森と違い陰気が強くなるものだ。



「魔獣の姿もまるで見えないな」



 森に入ってそれなりに時間が経過しているが、魔獣に遭遇するどころか気配も感じない。



「ここは本当に魔獣の森なのか?」



 いや、森の奥深くに魔獣が闊歩している姿は目撃されているのだから魔獣の森に間違いない筈だ。


 しかし、小鳥のさえずりが耳を楽しませ、涼やかで清涼な空気と漏れ日が差し込む森の中は爽やかな気で満ち満ちている。


 こう穏やかだとピクニックでもしている気分になってくるな。


 なんとも平和な森だ。



「私事に国家騎士を充てがうなど埒外とだ思ったのだが、これなら良い気分転換だと思えば悪くもないか」



 今回のバロッソ伯爵の頼みは、ヴェロムに襲われ魔狗毒に侵された娘のエリーナ様の為に解毒薬を手に入れること。


 以前に魔狗毒に侵された狩人を噂の森の魔女が治療しているらしく、おそらく彼女が解毒薬を持っているだろうとは伯爵の言である。


 これは完全に伯爵の私事であり、自分の配下を使うべき事案だ。当然だが、国家騎士に依頼するなど越権行為だ。


 だいたい、医師と薬師の街と謳われるファマスになら腕の良い医師か必要な良薬を街で入手できる筈である。


 殊更に森の魔女より薬を手に入れる必要が何処にあると言うのか?


 どうせ他に医師か薬師に頼んでいるだろう。


 依頼内容は緊急性のあるものなのだが、そんな理由もあって緊迫感は薄かったのだ。


 更に、この森の長閑のどかな景観が止めとなって、俺の緊張は完全にがれてしまった。


 もう鼻歌でも出てしまいそうな気分だ。



 人の往来が少ないのか道はかなり荒れていたが、所々に小さな青い花が咲いていて目を楽しませてくれる。


 騎士として殺伐とした生活を送る俺に花を愛でる習慣はなく、貴族の庭園や花屋で目にする主張の激しい派手で華美な花々を見ても特に感慨はなかった。


 しかし、目に入った小さく青い花は、俺の心に留まった。

 ひっそりと慎ましく佇む姿が俺の嗜好に添うものらしい。



「この控えめな感じがいいのかもな」



 薔薇の様な華やかな香りもない、本当に自己主張の少ない花。

 だからこそ、今まで見た花にはない健気けなげさに俺の気持ちが和むのだ。



「しかし、本当にこんな場所に人など住んでいるのか?」



 穏やかな森で散策には良さそうではある。


 だが、道は整備されておらず獣道よりはマシと言ったくらいだ。

 これでは街へ出るのも大変だろう。


 若い女性が一人で暮らしていけるものか甚だ疑問である。


 森の魔女などやはり噂でしかなく、この森には誰も居らず俺は無駄足を踏ませられているのではないかと不安になった。


 もしかしたら、エリーナ様が俺に首っ丈になっているのを面白くなく感じたバロッソ伯爵の嫌がらせなのではないか、とも疑い始めた。



 だが、そんな心配が鎌首をもたげ初めて間も無く、森が切り開かれた場所へと出て俺のそんな不安と疑念はすぐに杞憂であったと判明した。



 見渡せば先程までちょくちょく見たあの小さな青い花が一面に咲き誇っており、その中心には一軒の小さな小屋がぽつんと建っていた。



「ここが魔女の家……なのか?」



 森が思っていたより穏やかだったからだろうか?

 それともここが可愛い花畑だったからだろうか?


 その小さな家は魔女のと言うには暗くも陰湿さも感じさせない、何処にでもある普通の一軒家であった。



「拍子抜けだな」



 国家騎士に頼むくらいだから、もしかしたら本当に魔女でもいるのかとも僅かながら身構えていたが、やはり噂は噂でしかないようだった。



「いつまでも家を観察していても仕方がないか」



 俺はさっさと用事を済ませてしまおうと無造作に家へと向かい、扉に備え付けられた簡素なドアノッカーを叩いた。



 トントントン……



 扉の向こう側で慌ただしく動く気配を感じた。



「はーい、ただいま!」



 そして、返ってきた声はよく響くが、甲高くない若い女性のものであった……

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