1章 1節 4話

ウルスは即席で作成された司令部へと戻る。

司令部は休憩を取っている者も多く、人数は減っていた。

だが、司令部全体を休憩させるわけにはいかないので、

6人ほどはディスプレイや通信機と睨めっこしている。

その一人にウルスは近付く。


「カンジュン。変化はないかい?」


カンジュンと呼ばれた青年はウルスを見返すと

軽く3度ほど頷いた。


「ああ、今のところ何もないよ。」


そう言うとディスプレイに向き直る。

ウルスは肩越しにディスプレイを見たが、

カンジュンの言うように特に変化はないようだった。

正直なところ、これは杞憂である。

何故なら今回行われているのは、卒業演習であって

実戦ではない。

演習の目的は、敵拠点の制圧であり、

こちらが攻める立場である

つまり、想定された敵から攻撃が加えられることはなく、

防衛側としての奇襲の心配などは皆無なはずであったが、

ウルスはあくまで実戦を想定して部隊を動かしていた。

いじわるな教官が、想定外の課題を課してきていないとも

言い切れなかったからである。


「右翼と左翼の動向にも注意してくれ。

彼らが手こずるようなら、応援を出す必要があるから。」


ウルスはそう言って、カンジュンから離れた。

司令部の全体を見渡す。

サボっている者、集中力を欠いている者はいない。

いい雰囲気だと彼は思った。


「流石ね。ウルス」


ウルスは背後からかけられた声に振り向く。

衛生班のキャスリンだった。

学年一の美貌を誇る美女である。


「王の息子で王太子。成績優秀、品行方正、

モデル並の容姿に、カリスマもある。

それなのに、クラスの皆に声がけもする心意気。

敵わないわ。あなたには。」


優雅な口調でキャスリンは言う。


「茶化すのは止めてくれ。キャスリン。

そんなんじゃないんだから。

ただ僕は、僕の周囲の人を不幸にしてしまうから、

その償いをしているだけなんだ。」


「あら?私は貴方の居ない学生生活より、

貴方がいる3年間のほうが、楽しいわよ。」


告白ともとれる台詞だったが、彼女は整然と言ってのけた。

彼女がウルスにちょっかいをかけるのは初めてではない。


「ありがとう。でも君に僕は相応しくないよ。」


ウルスはいつものように答える。

少女に好意を持たれるのは迷惑ではない。

だが、ウルスは頑なに女性からの好意を拒んだ。

2人の間に微妙な空気が走る。


「自己評価が低いのが、貴方の唯一の欠点ね。ウルス。」


彼女はそう言うと微笑んだ。

好意を拒絶されたわけだが、それはいつもの事で

キャスリンにしてみれば、もう慣れた事である。

ウルスが「僕は相応しくない」というのは皮肉でもなんでもなく

それが本心なのをキャスリンは知っていた。

傍から見れば、王族で、成績優秀で、容姿もモデル並のウルスが、

相応しくない。と称するのは一般的にみれば

ただの皮肉である。

だが彼は何故か、人よりも劣等感が強い。

劣等感というにはちょっと違うかもしれないが、

人と関わること自体を恐れていた。

幼馴染のゲイリだけは心を許していたが、

他の学生とは明らかに距離を置いている節がある。

キャスリンからすれば、そこがまた魅力なのだが。


キャスリンが何かを言おうとした瞬間、通信係の声が割ってはいる。


「ウルス!右翼から救援信号が出ている。」


カンジュンからの報告に、ウルスはそちらに走っていく。

違和感を全ての人間が感じていた。

これは模擬戦で、卒業演習である。

課題は敵の拠点の攻略であって、救援信号が出るシチュエーションは

演習の全体の過程をみてもありえない。


「間違いないのか?カンジュン。

見間違えじゃないのか?」


ウルスは通信機を見た。

確かにそれは救援信号だった。それもかなり緊急の。


「マドロッテ。右翼の司令部に繋がるか?

3組のケトルが司令官だったはずだが。」


名前を呼ばれたマドロッテは既に通信機のチャネルを

いじっていたが、上手く繋がらないようである。

悲鳴をあげるようにウルスに報告する。


「無理です。繋がりません。」


「ケインズ。休憩中の皆を呼び出してくれ。

待機中の第3歩兵隊に偵察ドローンを飛ばすよう伝えて欲しい。」


ウルスは周りを見渡す。何人かは何が起こっているのか

理解できていないようであった。


「待てよ、ウルス。

何かの間違いじゃないのか?

おかしいだろ?模擬戦だぜ?」


呆然としていた一人の学生が、我にかえるとウルスに意見した。

彼の言い分はごもっともである。

ウルス自身もその考えを否定できていない。

だがウルスはその考え以上に、何かが起きていると実感していた。

一つのイレギュラーなら誤報・誤検知の可能性がある。

しかし今回は少なくとも現時点で二つのイレギュラーが重なった。

右翼からの救援信号。

そして、右翼司令部との通信断である。

しかもこの二つの事象は関連性が高い。

ウルスの結論は、右翼で何かが起きている。という事だった。


「なんだよ?騒がしいな。」


ウルスの後ろに人影があった。

それは前線から戻ってきた第1歩兵部隊隊長のティープだった。

彼は士官学校でウルスの次に知名度がある人間である。

運動神経が抜群で、18歳にしてフットコロという球技の

コンバック地方の代表選手になったほどの青年である。

全国の学生で行われるフットコロ選手権で、士官学校を

優勝に導いたキャプテンでもあった。

ウルスは王子という身分で有名だったが、士官学校の生徒として

有名なのはティープのほうであろう。


「ティープ!戻ってきたところすまない。

部隊のメンバーを集めてくれ!

何かが起きている。」


ウルスはティープの顔を見るなり言った。

実戦部隊の、特に体育系ではカリスマの彼である。

彼が前面に出ると士気が上がる。


「あ、ああ。何かわからんけど、

わかった。再召集をかけておくよ。」


身長はフットコロの選手としては大柄ではないが、

バランスの良い体格で機敏な動きをする童顔の青年は

心地よく返事した。

生徒全員につけられた腕の発信機が警報を鳴らす。

それは休憩時間の終わりを知らせる通信であり、ウルスが発させたものである。

通信機の信号を受けた生徒たちは、次々へと持ち場に戻るのであった。


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