第6話 就活婚活終活
新しくやってきた異世界からの主は、前向きで活力のある乙女だった。献身的で積極的、だがそれもいつまで持つだろうか。
世界の事情を知りもしないで、館の魔法使いの魔法を禁じてしまった。
とはいえ館の魔法使いは大半がドールで、使える魔法もないのだけれど。少なくともヴラドとノエルにとっては魔法は禁止である。この禁が解かれる機会は思いのほかはやくやってくるが、我々が思い描く展開とは違っていた。
深夜。魔法館に絹をさくような悲鳴が走り抜けた。悲鳴? そんな可愛いものだろうか。あれは絶叫。
最初に主の部屋に駆け込んだのはシデとヴラドだった。ノエルが到着する頃には主が頭を抱えて寝台の上で震えていた。口早に何かを呟いていたがおよそ聞き取れない。困惑しているヴラドと場所を代わりノエルが主に声をかけた。
「怖い夢でもみましたか」
本当なら敵襲でもあったかと慌てて駆けつけたものだから、部屋でただ震える主に少し安心してしまっていた。館の中は安全だ。大丈夫。いつも通りだ。
だから顔を上げた主が目を腫らしているのは、夢で何か怖い思いでもしただけなのだと。そう思いたかった。しかしながら乙女の口が語ったのはこうだ。
「全部思い出しました」
ヴラドとシデが息を飲んだ。ノエルは少しポカンとして反応が遅い。
「思い出した……? 元の異世界の自分を?」
「前の主は記憶が戻るまで何年もかかって、それだってところどころボンヤリした断片みたいなもんだったんすけどね」
「やはり高次元の影響か」
問題はそこではない。ノエルは次第に緊張した。
「帰りたいですか、元の世界へ」
思い出したということは、帰る場所があるということ。泣いているということは、帰りたいということ?
だとすれば、魔法館は再び主を失う。すぐに次の主を召喚などできるのだろうか。召喚だって魔法なのだ。そんな力が残っているのか。否。送り返すなんて一体誰ができるのだろう。
様々な思いがノエルの心を駆け抜けて行った。まだドールから回復しきれていない自分への後ろめたさ。だがこの主を自分たちのエゴでひきとめるわけにもいかない。
しかし。
「ぜったいいやです。ぜったいかえりません。どうかずっとここにいさせてください。なんでもします。どんなことでも。いっしょうかけて、いっしょうけんめいはたらきます。だからもういますぐにでもわたくしとけっこんしてください。だれでもいいので!!」
「お、落、主様落ち着いてください」
「じかんがありません。けいやくを」
??? なんだこれ。何がどうなっている。主は元の世界には帰りたくないらしい。ならば魔法館はひとまず安泰だ。結婚って言った?
「何か事情があるのですね」
「あのおとこがくるまえに!!!」
主は顔面蒼白だ。恐慌状態といっていいだろう。
「主様は異世界から召喚で来たのですから、そうすぐに迎えは」
「きます。すぐにでも。みつかる。そうしたらもう皆様、全力で魔法を使ってよろしいので、あの男だけは、本当に、ころしていただかないと」
物騒。翼ある乙女の口からまさかの物騒発言。いや、もしかしたら何か聞き違いがあったかもしれない。だってほら、
「皆様のケアはわたくしが責任をもって全回復させますので、あの男だけは出し惜しみなくもうほんとに何度でも死ぬまで殺してほしいのです!!!」
うわあ。こんな力いっぱいに肯定されることってあるんだ。
「そしてまずはそうきゅうにけっこんしてください!」
「主、わかったから一旦落ち着」
「ありがとうございます!!!!」
主を落ち着かせようとしたヴラドが逆ににわかに慌てた。
「いや、違う、そうではない」
「なぜですか!」
「お前の事情はわかった、が、結婚を了承したわけではない」
「わたくしでは結婚相手に不足ですか!!!」
「いや、違う、そうではない」
ヴラドがタジタジと怯むのをシデは信じられない思いで見ていた。あのいつも仏頂面のヴラドの旦那がめちゃめちゃ圧倒されている。いや、誰であろうと皆、この姫さんには振り回されるんすね……と。
「本当に困ったお姫様だ」
くすくすと笑う声がして、シデは弾かれるように振り返った。
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