第80話 苦悩と対話②

 同じ頃――


「寛明様? こんな庭の片隅で何をなされているのですか?部屋に戻っても姿が見あたらず、心配しました」

「……貞盛、私を置いて、どこかへ行ってしまうのか?」

「寛明様?」

「約束したではないか。お主は私の側にいてくれると、約束したではないか」

「……寛明様。もしや、先程のあの場にいらっしゃったのですね?」

「……」

「心配なさらないで下さい。ほんの少しの間、ここを留守にするだけです。すぐに戻って参ります」

「誠か? 誠すぐに戻ってくるか?私の元へ……戻って来てくれるのか?」

「はい、必ず。役目を果たしましたらば、すぐに貴方様の元へ戻って参ります」


 貞盛との別れを惜しむ朱雀帝に、貞盛は忠誠の証しとばかりに地面に片膝をつけ、朱雀帝に向かって深々と頭を下げて見せた。


「私は貴方様の臣。決して主を裏切るような真似はいたしません。どうか、信じて下さい」

「………」


 貞盛の行為をじっと静かに見つめる朱雀帝。長い長い沈黙の果てに


「分かった。お主の言葉、信じよう。すぐに帰ってくるのだぞ、朕の元へ。待っておるからな」


 不安や寂しさをぐっと心の奥へと押し殺しながら、朱雀帝は貞盛を送り出す決意を固めた。



 そして、それから二日の後――貞盛は豊田の地を立った。

 大きな使命を担って、実家へと帰る貞盛を一目見送ろうと、大勢の小次郎の館の者達が門前へと集まっていた。

 この日ばかりは、朱雀帝の姿もそこにあった。


「「「太郎様、どうぞお気を付けて」」」


 多くの者から声を掛けられる中、朱雀帝は群衆から少し離れた位置に、一人ぽつんと立っていた。

 そんな朱雀帝の姿を見つけた貞盛は、彼に向かってにっこり微笑みかけると、遠くから彼に向かって手を振ってみせた。

 朱雀帝もまた、小さく手を振り返していた。


「小次郎、私が留守の間、寛明様の事を頼んだぞ」

「あぁ。お前も――頼んだぞ」

「分かっている。必ず伯父達を説得して戻ってくるから。私に全て任せておけ」

「……あぁ」


 貞盛は最後に、小次郎と二、三言葉を交わした後、「じゃあな」と言って歩き出す。

 大きな使命を担って旅立つ友との別れは、以外なほどあっさりしたものだなと周囲は思った。

 だが、逆にお互いを信頼しあっているからこその別れにも思えて、周囲は貞盛に対する期待を大きくした。


「これできっと、大丈夫。これでもう戦も終わる」

「そうだな。貞盛様に任せておけば大丈夫だ。秋の収穫に向けて、わしらはわしらの仕事に励もうぞ」


 貞盛の姿が見えなくなる頃、皆が貞盛への期待を口にしながら、散り散りに館へと戻って行く。

 そんな中、何故か小次郎だけはなかなかその場を離れようとせず、ぽつりと小さく声を漏らした。


「頼んだぞ……貞盛。信じているからな、お前の事……信じているからな……」


 そんな小次郎の呟きを、彼のすぐ隣いた四郎は聞き逃さなかった。

 思わず見上げた兄の横顔。四郎の瞳には小次郎が、やけに寂しそうに映って見えて


「……兄貴?」


 四郎は何故か、言い知れない胸騒ぎを覚えたのだった。

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