第四章 刺客
「距離感すごくない?」 -1-
以前エヴァンがネイサンに提案した、邸宅の使用人全員が同じテーブルについてのアフタヌーンティーは、「ユレイト邸のすべての者のためのお茶会」として季節の終わりに定期開催されることとなっていた。
春節の最終日に初回のお茶会が開かれた。そして夏節の最終日である今日は、二回目のお茶会の日である。
はじめ使用人たちは、主人と同じテーブルに着くなど、めっそうもないと言って抵抗を示していた。しかし実際に開催してみれば、彼らも内心では楽しみにしているイベントとなった。
またエヴァンにとっても、彼らから情報を収集したり、連絡事項を共有したりするのに、絶好の場となっていた。
大食堂に、スコーンやケーキ、タルト、サンドイッチなどのさまざまな軽食が運び込まれる。それられを運んでいるのは、ネイサンとロウ、リリー。ギルバートは全員のお茶の準備をしている。
テーブルには、すでにエヴァンと守衛のダグラスがついている。ギルバート、ネイサン、ロウ、リリーが給仕を終えて腰を落ち着けた頃。最後に、それらの料理を作ったコックのベロニカがやってくる。
そうして邸宅で働く全ての者が集まれば、アフタヌーンティーの始まりである。
エヴァンの右横にはギルバートが座り、主人のカップに茶がなくなると、ギルバートがポットから注ぐ。左横にはネイサンが座っており、主人が何かを欲しがっていそうな雰囲気を感じ取ると、主人が椅子から立ち上がる前にネイサンがサッと運んでくるのである。
それ以外は、各人が、自分のことをしたいようにする、ということが徹底している。その光景は、この世界においては異質なものであった。
「このサンドイッチに挟んであるソース、本当に美味しいな」
エヴァンは生ハムのサンドイッチを手に取り一口齧ると、作り手であるベロニカへと感想を述べる。
「まぁ、ありがとうございます。こうしてお召し上がりいただいているところが見られるのは、これ以上ない程に、嬉しいことでございますわ」
おっとりと語るベロニカは四〇歳。鮮やかな赤毛をしているのだが、仕事中は常に大きなモブキャップを被り、髪が出ないようにしている。脱帽して彼女のまとめ上げた赤毛が見えている今の状態は、とても珍しい姿だった。
「確かに、ベロニカさんは普段キッチンに籠りきりになってしまいますから、ご主人様が食べていらっしゃる姿が見られませんよね」
リリーが同調し、ベロニカはニコニコと微笑みながら頷く。
「ご主人様は、お会いした折にはいつも労いの言葉をかけてくださるの。それでも、やはり嬉しそうなお顔が見られると、また頑張って美味しいものを作ろうってやる気が、いっそう湧いてまいりますわね。そういえばリリーちゃん、お料理を習いたいって、もうご主人様にお話ししたの?」
「あ、そうでした。せっかくの機会なので、今お話しさせていただいてしまいますね」
リリーはエヴァンの方へと視線を向け、手にしていたフォークを一度下ろした。
「ご主人様。今、ベロニカさんがおっしゃってくださったとおりなのですが。私、ベロニカさんにお料理を習いたいと思っているんです。使用人の賄いから始めさせていただいても構いませんでしょうか」
「ベロニカが良いなら、もちろん俺は構わないぞ。ギルバートはどうだ?」
「わたくしも賛成いたします。料理が作れる者が増えたら、お客様の対応もしやすくなりますからね。もちろん、できることが増えたら給金も増やしますよ」
エヴァンに話を向けられたギルバートがそう言葉を添えると、リリーは素直に「やったー」と喜びの声をあげた。
「私、頑張りますね。ベロニカ先生、ご指導のほどよろしくお願いいたします」
「ふふふ、そんな、先生だなんて。照れちゃうわ」
可愛らしい彼女たちの様子に、場がいっそう和んだ。そうしてしばらくは他愛ない会話が続いたが、エヴァンは頃合いを見計らって「俺からも皆に話したいことがあるのだが」と言葉を始める。
「先日から俺が取り組んでいた、職業選択の自由と、学舎の件だ。先日賢者のルイス様に懸念点をご説明いただいたこともあり、ひとまず、職業選択の自由を認める件は保留とする。その代わり、学舎に関してはいっそう話が進んだので、実際に学舎の建設に入ることとなった」
エヴァンの言葉に、その場にいる全員が耳を傾けて頷く。そもそもここにいる者たちには、荘園で行われる政策について、何か意見を言うような権利はない。そんな彼らに話をするのは、エヴァンが変わり者の領主であるからにほかならない。
しかしそんな中、ネイサンだけが独り言のように小さく言葉を漏らした。
「その話を聞いたら、テディくん。がっかりしそうですね……ずいぶんと楽しみにしていましたから」
「ネイサン」
ギルバートがたしなめるように、彼の名前を呼ぶ。だが、エヴァンは首を振る。
「構わない。実はこの先のことについてはギルバートにも言っていなかったのだが、話はここからが本番なのだ」
「この先のこと、ですか?」
「学舎で教えるのは、まず文字の読み書きだ。そのためには、教材となる本が必要になるわけだ。そこで、俺は本を購入したり、ありあわせのものを利用したりするのではなく、ユレイト領独自のものを作りたいと思っている」
「いったいどんな本を作るのですか?」
ダグラスからの質問を受けて、エヴァンは笑みを深める。そして、テーブルの端に座る者を見る。
「ロウのことを書いた本を作りたい」
「は? 俺?」
ロウは今まで、エヴァンの話を聞いているのか、聞いていないのかという無関心さでこの場に同席していた。しかし、急にエヴァンから視線と話を向けられて、ペールブルーの瞳をまたたかせる。
「そうだ。元農民であるロウが、男ながらもメイドになった経緯を、子供が読んでも楽しいような物語に仕立てて、一冊の本にする」
「ロウさんの話が、そんな物語になるんでしょうか」
エヴァンはネイサンを見る。
「初めてロウの話を聞いたとき、ネイサンはどう思った?」
「正直、何かの冗談かと思いました。とても本当のこととは思えませんでしたね」
率直な感想に、エヴァンは笑った。
「そうだろう。俺もそうだった。そして、その他の大勢の者にとってもそうなのだと思う。『これは冗談だろう』と感じるような奇抜な内容で、ノンフィクションの物語だという点が大事なのだ」
「どういった点において大事なのですか?」
そう問いかけたのはギルバートだ。エヴァンはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、瞳を輝かせる。
「ロウは元農民だ。しかし、あり得ない発想と努力の末に、己が望む職業を手に入れた。この話を広めることは、何か別の職業に就きたいと考えている者たちの支えになると思う。そして、一見冗談に見えることで、その内容は、世間にあまり重く受け止められないはずだ」
「つまり、ほとんどの人にはただの面白い物語として受け入れられるが、その実は職業選択の自由を肯定するような内容になっている。と、こういうことですね。そして噂などで、その物語は実話だとわかる。ユレイトの町民の何割かは、すでにロウのことは目にしています。作中に名前を出さずとも、ピンとくる者は多いはず」
ギルバートが理解した内容をまとめると、エヴァンは大きく頷いた。
「初めは土地の制約に縛られた農民のことだけを考えていた。だが、どんな立場に生まれたとしても、あらかじめ自分に用意されたもの以外の道を歩こうと思えば、そこにはそれぞれに障壁があるのは変わらぬものなのだ。そこに関しては、この世の中で不公平も公平もない。そして、全ての障壁を取り払ってやることが良いわけではない。何かを手に入れたければ、それなりの覚悟を持って、人よりも努力をしなければならない。だが、本当に何かを望み、真っ当にやり遂げれば、その望みは叶えられる。それが、俺が今考える、社会のあるべき姿だと思う」
ロウ、テディ、ルイス。それぞれに立場も意見も違う者たちの話を聞いて、エヴァンが導き出した答えがこれだった。
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