メリークリスマス/ハッピーバースデー 06-4



 他人について考えること。気持ちを込めるということ。想いを交換するということ。

 プレゼント交換というのは、言い方を変えれば気持ちの交換に等しく、それはある種、視方を変えれば儀式の一つといってもいい。

 一方的では成り立たず、双方向であるから成り立つ、心を通わす儀式。

 気安い契約である場合もあるだろう。だが重い場合もあるだろう。


 重きを厭う場合は、いわゆる消え物をプレゼントに選ぶことが多いかもしれない。

 逆に想いの質量のみを重視するなら、指輪や衣類などの残るものを選ぶかもしれない。


 何を選ぶかは人それぞれ。

 どんな気持ちを込めるのかも、人それぞれ。

 ゆえに、自然と交わされる契約の形も、人それぞれと言える。


 さて、時刻は17時を少し過ぎたころ。

 日は沈み、夜闇が世界を覆いはじめている。いかにクリスマスといえど、やはり一人暮らしだともの寂しいものだ。家にツリーもなく、イルミネーションとも縁がなく、せいぜいがチキンとケーキがあるくらい。

 そのチキンとケーキも、一人で食べるだけ。

 真魚が夕飯を一緒にするというならまた別の話だったかもしれないが、今日はそうではない。ただただ、プレゼントを渡すだけ、ほんの少しの間時間を共有するという、ただそれだけ。

 そういう重すぎない約束だったから、訪れること自体には思うところは少なくて。


 ピン、ポーン。

 

 ベルが鳴る。来客の知らせ。

 扉が開く。開いて、開いた瞬間、隔絶した相手が、身近な相手になる。


「やあ、いらっしゃい。メリークリスマス」

「……えと、ハッピーバースデー? こんばんは」

「ありがとう。あがってあがって」

「お邪魔します。……ココアですか?」

「うん、そう。外寒かっただろう」

「ありがとうございます」


 彼の部屋に入って真魚が真っ先に感じたのは、ココアの香り高さだった。

 自然と頬が緩む香り。心が安らぐ香り。

 自分が来るのに合わせて用意してくれていたんだな、ということも容易にわかって──その心遣いが、嬉しかった。


 一か月前か二か月前なら、申し訳ないとだけ思っていただろう。

 けれど今はそうではない。

 そうではなくなりつつあるから、真魚はいま、ここにいる。


「クリスマス、あの子と予定とかあったりしないの?」

「礼ちゃんですか? ありますよ。この後おゆはんご一緒させていただいて、そのままお泊り会です」

「なるほどね」


 テーブルに二人分のホットココアを置き、千夜は座り込む。

 真魚は勝手知ったようにコートを脱いで掛けて、彼の近くに、同じように座り込む。


「あったかいですね」

「うん。ぼくはやっぱり、冬場のココアが一番好きだな」

「わかります。私も好きです」


 少女はかじかんだ手をあたためながら、はー、と身震いをする。


「すぐ出ていく感じ?」

「あぁいえ。うーんと……30分くらいは平気です」

「そ」

「すいません、こんな時間に。小池さんのおゆはん前には帰ります」

「まぁそっちの時間都合に合わせてくれればいいよ。どうせ暇だし」

「ならいいんですけど……。チキンとか買いました?」

「一応ね」


 まったり。のんびり。ゆるやかな会話のテンポ。

 けれどそんな時間も長くは続かない。

 今日は時間の制限があるというのもあるし……やはり、どういう風に話を切り出すか、というのは少し悩むものがある。

 なんでもないように、さらっと。

 それができるなら理想なのだろうが……いろいろと考えてしまうと、それもまた、難しい。


「……ところで小池さんって、シーズンに合わせて映画とか見ないんですか?」

「……? というと?」

「クリスマスにクリスマスっぽい映画見たりみたいなことです」

「あー、あんまりない。あんまりそういうの意識したことないかな。そっちは? 結構意識する?」

「多少は。クリスマスにクリスマスの映画見れるのは、年に一回だけですしね」

「期間限定の罠」

「はい……」

「でも一理ある」

「ですよね」


 ココアの入ったマグカップを両手で持ちながら、ふふ、と少女は笑みを深める。

 そして息を吹きかけつつ、ココアを飲む。

 もう慣れ親しんだ味だった。温かかった。おいしかった。


「あったか……」

「どうやらココアの魔力に魅入られたようだな」

「参りました……」

「うむ。……というわけで、こっちのターンからはじめます。ドロー。クリスマスプレゼントを召喚」

「えっえっ。では私からも、こちらをどうぞ……!」


 真魚はあわてて、手元のかばんから、一つの包みを取り出す。

 千夜が出したプレゼントと、真魚が出したプレゼントが、一体ずつフィールドに揃った。

 彼の出した包みが手のひらより少し大きいくらい。少女の出した包みは、手のひらにはもう収まらないくらい。


「結構大きいな……」

「いえ……色々考えはしたんですけど……まぁはい……。お気には召さないかもですが……」

「まぁそこはお互いさまということで。……開けていい?」

「どうぞどうぞ。えと、私も開けていいですか……?」

「どうぞどうぞ」


 千夜は、ふんふふん、と口ずさみながら丁寧に包装を剥がしていく。


「プレゼント交換ってだけで楽しくなってきちゃうな」

「それはよかったです。……というか、小池さんも用意してくださってるとは……」

「思わなかった?」

「いえ、まぁ、はい。……正直小池さんはなにかくださる人だろうとは思ってました……」

「ぼくのことをよくわかっている。──と、おお。バームクーヘン……!」

「はい。ええと、普段口にされてるものからしてもアレルギーとかはないとは思ったのと、日持ちもするので……」

「いいね。賢い」


 バームクーヘン。お祝いの席でも出されることの多い、縁起のいい菓子だった。

 真魚にそのような知識はなかったが、本人も言うように、アレルギーなどのリスクを考慮しなくてよいことや日持ちすること……それからココアにもまぁ合うだろうというような理由で選んだものだった。


「小池さんのは、これ……金平糖ですか?」

「そうそう。ギフト用のやつ。かわいいし綺麗だなと思って」

「ありがとうございます。瓶もかわいいですね……」

「そうそう。インテリアにも──みたいな謳い文句で売ってた。実際かなりきれいで好き。最悪観賞用として楽しめるし、こういうデザインは、桶内さんも好きかなって」

「はい。嬉しいです」


 わー、と目を輝かせる真魚に、彼はほっと一安心する。

 言わないことはわかりきってはいたが、しょーもない、などと言われることを想像すると、やはり怖いものはあった。


 そんなわけでプレゼント交換もひと段落し、また穏やかな時間が戻──、りはしなかった。


 少女はちらちらと時計を見たり、彼の顔を見たり、手元に目を落としたりと、せわしない様子だった。

 どうしたのかな、と彼は思いつつ、ココアを飲みながらバームクーヘンへと思いをはせる。

 夕飯をまだ食べていないのでバームクーヘンに心を奪われていた。お腹が空いている。



「あのですね」



 少しの沈黙のあと、先に口を開いたのは真魚だった。

 緊張をしているのか、目が泳いでいる。あわわ、と動揺もしているようだった。


「ほんとにいらないかもなんですけど。ええと、お守りとしての意味もあるので、よかったら家に飾るだけでも、とか」


 コトリ、と包みを一つ、机の上に。

 なんでもないように渡せれば、気軽でいい。なんでもないように渡せれば、気負わせる必要もないし、重くない。

 理性はそう言っているが、そう上手くは運ばない。

 けれど想いがこもっているものは自然と重くて正解で、だからきっと、この渡し方も正解なのだろう。


「じゃあぼくからも、もう一個」

「えっ」

「はいどうぞ。二度目のプレゼント交換だ」

「えっ」


 戸惑う少女に、彼は微笑みながら、手渡しで一つの包みを渡す。

 重きには重きを、少し照れ臭そうに頬をかきつつ、彼にとっての重いものを、贈る。


「これは……まぁ正直、渡すか渡さないかはだいぶ迷ってたんだけどさ」

「……開けてもいいですか?」

「いいよ。こっちも開けていい?」

「はい」


 プレゼント交換、二回戦。

 千夜に贈られたのは、オニキスのブレスレット。オニキス、漆黒の石。魔除け、邪なるものを遠ざけるお守り。

 真魚に贈られたのは、エプロン。家庭的。家にいる人。家事をする誰か、の象徴。

 それぞれがどういう意味をもってこれらを選んだのか。

 重い。重たく。重くとも。

 だからこそ、心の奥に届くものも、ある。


「! ……あのこれ、この家に置いててもいいですか?」

「いいよ」


 わぁ、と嬉しそうにエプロンを見つめる真魚から、彼は照れ臭そうに目を外す。

 そして千夜も、オニキスブレスレットを、手首に通す。黒い石が、ずっしりと重みを伝えてくる。少女は、エプロンを抱えながらその様子をこれまた気恥ずかしそうに見つめていた。

 繰り返しになるが、何がしかの想いが込められているものは、やはり少し重いものだ。

 気持ち悪いだとか。意味が分からないとか。怖いとか。

 そんな風に思われても仕方がない。

 ただそれでも「たぶんこの人はそんなことを言わない」と信じているから、想いのこもったものは贈ることができる。


「ありがとう。かなり嬉しい」

「あの、いえっ。……よかったです」


 てれてれ、と真魚はほんのり頬を染める。

 千夜は千夜で、嘘偽りなく、本当に喜んでいた。好意の証明。関係性にもよるが、プレゼントというのはそういう側面を持つ。


「ところで、二つあるのって誕生日とクリスマスみたいなこと?」

「そうです。……ぇと、小池さんが二つ用意してたのは……?」

「あぁ同じ同じ。せっかくだし、ほんとに四か月越しにはなるけど、まぁ別にお祝いはお祝いだしいいかなと思って」

「……ありがとうございます」

「こちらこそ、わざわざありがとう」


 そんなこんなで、クリスマスプレゼント──それから誕生日プレゼントの交換という、想いを双方に受け渡す儀式は無事に終わった。

 バームクーヘンを選んだ理由。金平糖を選んだ理由。

 オニキスを選んだ理由。エプロンを選んだ理由。

 それぞれの思惑があって、だけどその気持ちの方向は同じ色をしていて。


 冬の夜。ゆるやかな時間。

 ココアを飲んで、プレゼントを交換したあたたかい時間。


 未だに関係性をあらわす言葉を持たない彼らは、けれど、お互いの存在を、より色濃く感じつつあった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る