メリークリスマス/ハッピーバースデー 06-2





 礼の先導に従いつつ、彼らはウィンドウショッピングに勤しんでいた。

 本来の目的は“プレゼント選び”であるが、渡す当人が目の前にいる以上、それを行うことは少々難しい。

 ……そう、実のところ、千夜だけでなく真魚もまだプレゼントを用意してはいなかった。

 理由は端的に言うと、以下の通りである。



 Q. 10歳年上の男の人が喜ぶものってなんですか?

 A. さぁ……?



 そんなわけで、しくも同行することになってしまったが、互いが互いのことを意識しつつ動いているのだった。

 意識、と言っても色めいたものではなく、ただ単に「選びづらいなぁ」というどちらかというとマイナスの感情である。


 ゆえに、ウィンドウショッピングとなる。

 主目的となる行為に手を出せない以上、色々な品物を見て、「わぁ~」とすることしかできない。


「小池さんは、好きな色とかございます?」

「言うほどこだわりはないけど、白とか黒とか青とか、寒色系かモノトーンカラーあたり?」

「ちなみに真魚ちゃんは青ですのよ」

「あー、ぽいね」

「ちなみに礼ちゃんはオレンジですよ」

「なるほどね」


 きゃぴきゃぴと品物を見ている女の子二人から一歩離れ、千夜も陳列棚を眺めていた。

 彼が眺めているのは、陶器製の箸置き。色々な種類が置いてあって、可愛らしいお猫さまの形状をしていたり、犬の形状をしていたり、焼き魚の形状をしていたりしていた。

 魚。海。鯨。

 青。

 彼は、真魚の好きなものを連想ゲーム的に、考えていた。


 真魚は真魚で、モノトーン……? と思いつつ、小さな猫のぬいぐるみを手に取っていたりした。白色。ふわふわで可愛らしく、真魚の好みであった。自分の好みだった。、と思った。わからなかった。

 ちらり、と真魚は千夜へと視線を向ける。

 彼はぼんやりと、陳列棚を見つめていた。


 そしてそんな真魚を、なんとも言えない気持ちで、礼は見ていた。


「わぁ、それ可愛いですわね! 猫さんっ」

「ねこさん~。ねこさんはいつも可愛いね」

「……小池さんはどう思われます? やっぱり殿方は、こういうものには興味がないのでしょうか」


 ん? と千夜は真魚が手にしているぬいぐるみに目をやる。


「んー、そうでもないんじゃないかな。男の部屋には似合わないからあれだけど、ぼくは普通に好きだしね」

「別に殿方の部屋に似合わないとか、そんなこともないとは思いますが」

「それはまぁ……。確かに一つくらいぬいぐるみとかがあったら、部屋がちょっと明るい感じになるかもしれないし」

「ですわね。可愛らしくていいと思いますわ」


 ところで真魚は、千夜のことはあまりよく知らない。

 まださして長い付き合いでないというのもそうだし、好みであるとか、そういうことにはあまり触れてこなかった。

 ホラーが好きであることや映画が好きなこと、食べ物や飲み物の好みの傾向はなんとなく知っているし、なんならどういうときに困った顔をするとかどういうときに裏の無い笑みを浮かべるかもなんとなくわかっているし、言動の癖もなんとなくわかってきてはいるのだが、やはりまだ知らないことが多かった。

 けれど真魚は、礼のことはよく知っていたから、この短時間で何を意図しているのかを、理解した。


「礼ちゃん、ちょっと」

「はい?」


 ちょいちょい、と真魚は棚の陰に手招きする。

 そして、千夜には聞こえないように、ささやく。


「好み聞き出そうとしてる?」

「まぁ、そうですわね。……余計なおせっかいでしたか?」

「気持ちは嬉しいけど……ううん……うーん……」


 ひそひそ、ひそひそ。


「『どうせなら喜んでもらいたいから』──と、そうおっしゃっていたでしょう? ちょっとでも聞き出せたら御の字ですわ。わたくし、別に図々しい女だと思われても構いませんし」

「礼ちゃんは図々しくなんてないよ」

「まぁそれはともかく。……構いませんこと?」


 真魚は逡巡したのち、こくり、とうなずいた。

 そして二人は物陰からひょこりと戻り、千夜が視線を送っていることに気付いた。

 真魚は、あせあせ、と千夜に近づいていく。


「も、もしかして聞こえてましたか?」

「え、いや別に。なにか話してるなーと見てただけ」

「ならいいんですけど」

「うん」


 別にないがしろにしていたわけでも邪魔に思ってるわけではないです、と言わんばかりの表情をする真魚。

 それを見て、わかってるよ、と言わんばかりの笑みを浮かべる千夜。

 そんな二人を、礼は興味深く眺めた後、ずずい、と会話に割り込む。


「ふふん。実は真魚ちゃんと、次に行くお店の話をしていたのですわっ」

「あぁそうなの。というか、君ら今日なにしに来たの?」

「えぇ、実は書籍を買いにきましたの。わたくしたちは冬休みに入るので、家で読む本がほしいという話をしていたのです」

「あーいいね。じゃあ行く?」

「えぇ」


 そうして、三人は移動をする。



「礼ちゃん礼ちゃん、私別に本を買う予定とかないんだけど」

「わたくしもありませんが……。ついノリで……」

「えぇ……」



 千夜の前を行き、またも、ひそひそ、と言葉を交わす二人。

 彼は少しの疎外感を抱きつつ、『この展開本当になんなんだろう。何故一緒にいる……?』と改めて疑問を感じていた。

 そして本屋へと赴いた。

 雑誌、小説、漫画、参考書など様々な文書が置いてある。

 千夜は入店して早々に、「ちょっと新刊みてくる」と二人から離れた。

 そんな彼を眺めて、少女二人は、言葉を交わす。真魚は少し困ったように、礼はなんでもないように。


「どうしよう礼ちゃん。私ほしい本特にないんだけど、何も買わないと不自然な流れな気がする……」

「普通に店頭で見て、電子で買うつもりだった──とかでいいのではないですか?」

「礼ちゃん頭いい……」

「この世でもっとも賢いのはわたくしですからね」


 えへん、と胸を張る礼に、真魚はささやかな拍手をおくる。


「さて、ではわたくしは、あの人の口をつるつるに滑らせる仕事へと取り掛かります。真魚ちゃんは少し時間をつぶしててくださいます?」

「え。私いちゃだめなの?」

「そうですね……。今日使用予定の術式は、真魚ちゃんが……というか人目があると少し使いづらいので……」

「私以外にも、大勢お客さんいるけど……」

「それはいいんです」

「はぁ……左様ですか……。じゃあちょっと時間潰してくるね……」

「申し訳ありませんわね」


 真魚は少し逡巡した後、雑誌コーナーへと向かう。

 そして華麗なトークで真魚を遠ざけ、礼は千夜がいるであろう本棚の向こうへと歩みを進める。

 千夜がいたのは、いかにも桃色な空気のする恋愛小説をまとめたコーナーだった。

 ぶっちゃけサシで千夜と話してみたかった礼は、これ幸いと話しかける。


「あら、ごきげんよう。……恋愛小説を嗜まれるんですの?」

「まぁ、たまにはと思ってね。君もかな?」

「まぁそんなところです。女の子は皆、恋のお話が好きですわ」

「なるほどね」


 主語が大きいな、と思いつつ、彼はうなずく。


「てなると桶内さんも、恋愛もの好きだったりするのかな」

「えぇ。好きですわよ。真魚ちゃんはロマンチストですし……。そうそう、なのでそれこそ、花とか宝石とかをプレゼントしたりするとかなり喜ぶと思いますわ」

「……」

「あら、もしかしてもう何か用意してらっしゃいます? それか何も渡さないつもりだったとかでしょうか」

「あぁいや別に。ただそういうのは把握してるんだなと思っただけです」

「色々聞いていると言ったとは思いますが」

「まぁ……」


 プレゼント、という単語を出そうと思うと、経緯を知っていないと無理だろう。

 なんだか気恥ずかしいなと思いつつ、女の子だな……などと彼は思った。

 しかし花はともかくとして、宝石はなかなか頭がおかしい。


「色々聞いてるなら色々知ってるんだろうけど、あの子とぼくが仲良くなるの、止めようとか思ったりしないの? 客観的に、ぼくはそこそこ怪しいと思うんだけど」

「思います」

「……思うんだ」

「正確に言うならば……自分の目で見てないひとを、丸きり信用するのは馬鹿ではないですか? 別にあなた個人がどうという話ではなく、わたくしの価値観の問題なので、そこはお気になさらないでください」

「別に気にしてないよ。そりゃそうだ」

「だからというわけではないのですが……個人的に少しお伺いしたいことがありまして、だから少し強引に着いてきていただいたのですが……。お時間いいですか?」

「いいけど……。つまり桶内さん抜きでって話?」

「そういうことです」


 そういうことなら、と彼は頷く。


「いいよ。場所変えようか」

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