第13話 聖女候補
ローズは神殿に戻り、回廊を渡る途中でハアとため息を落とす。
(……これからはディランとも離ればなれかぁ……)
とはいえ、ウジウジしていても仕方ない。ディランが立太子する一か月後までは特に用心しなければ。
ローズは先ほどの謁見の間にいた時に気になった大臣達の名前を素早くリストアップして、女官長キンバリーにメモを手渡す。
「この人達の身辺を調べて、何か動きがあったら教えてちょうだい」
「承知しました」
キンバリーは背後に控えていた下官に何やら指示を飛ばす。
ふと、ローズは中庭の遠くの方で何かが動くのが見えて、そちらに視線を向けた。
そこでは十二歳くらいの少女が植木鉢を運んでいるところだった。聖衣をまとっているところを見ると神殿女官だろう。そばかすの浮いた顔に腰まである茶色のみつあみと分厚い丸眼鏡という地味な風貌で、背が低く、ヨタヨタと歩いているせいか、どこか頼りなげな雰囲気がある。
その少女が急に、「わっ!」と叫び、聖衣の裾に足を引っかけて転んでしまった。そして盛大に植木鉢を割ってしまい、「あわわ……」と途方にくれている。
「あら……」
見ていられなくて、ローズはうめいた。
キンバリーが気付いたらしく、少女の方を見て「はあ。また、あの子ですか……」と頭を抱えている。
「エステルは本当におっちょこちょいなんです。すみません、ローズ様。後で彼女には、よく注意しておきます」
「いえ、それは良いのだけれど……」
エステルと呼ばれた少女は割れた植木鉢の中身を拾い上げている。
それは枯れかけた百合の花だった。毎朝ローズの部屋に飾られているものと同じ種類のだと気付く。
エステルは聖衣が汚れるのも構わずそれを花壇に素手で植えて膝をつくと、手を組んで祈り始めた。
「あれは……」
エステルの体が光り、しおれていた百合の茎がまっすぐになる。茶色だった花弁は真っ白に瑞々しく変化していた。
(治癒魔法……しかも、あんなに速いスピードで)
しかし、ローズは彼女の顔に覚えがなかった。あれだけ聖力が強いなら聖女候補にもなれるだろうに。
「ねえ、キンバリー。彼女はどうして聖女候補ではないの? 実力で言うなら十分だと思うけれど……」
ローズはそう女官長に尋ねる。
聖女候補は修行のためにローズの側仕えになるので四人全員顔なじみだが、その中にあの少女はいなかった。
キンバリーは困ったように肩をすくめる。
「……確かにエステルは潜在的な聖力は高いのですが、それ以外がまるでダメでして……裁縫をすれば自分の指を縫い、花壇の水やりをすればあのように鉢を壊し、料理も味音痴で塩と砂糖の違いが分かりません。その上、いつもあのようにオドオドキョロキョロしているので……聖女として振る舞うのは厳しかろうと。聖女様のお部屋に飾る花は彼女が育てていて、とても奉仕活動に熱心で良い部分もありますが……」
「なるほど……」
(つまり、総合点がダメだと……)
聖女になるには癒しの力が重視されるが、聖女らしい振る舞いができるかどうかも大事だ。堂々とした威厳のある態度ができないと神殿の権威が落ちてしまう──そう上層部が考える理屈は分かるのだが、あれだけの素養がありながら他がダメだから取り立てないというのはもったいないと思う。
(ルシアがいなくなってから、次期聖女をどうするか悩んでいたのよね……)
ローズは昨夜ディランから求婚を受けた。
まだ時期は不明だが、いずれ結婚ということになるだろう。
ローズは結婚したら神殿を去らねばならない。まだ猶予はあるが、早めに次期聖女を選定しておかなければならないだろう。聖女の座が空位になってはまずい。
通常、幾人かの聖女候補の中から当代聖女に指名された者が次期聖女になる。そして聖女候補になるには女官長キンバリーのような高位神官の推薦が必要だ。
(聖力は二十歳をピークに下がっていく……エステルはまだ十二歳くらいなのにあれだけの力を扱えるなら、神殿女官の中で一番素質があるわ。これならルシア以上でしょうに……)
最初は小さな聖力しか持たない者が大半だが、年齢を重ねるうちに聖力が高まる。まれにローズのように幼少期から高い素質がある者もいるが、そういう者は早々に次期聖女に指名されたりするのだ。
「あの子……エステルを聖女候補にしてちょうだい」
「はい……え、エステルをですか!? し、しかし、彼女に聖女候補は身にあまるかと……!」
声を裏返させたキンバリーに、ローズは苦笑する。
「それは、やってみないと分からないわ。それに誰だって最初は未熟なものよ。足りない部分があるなら私が指導するから」
「せ、聖女様がそうおっしゃるなら、そういたしますが……」
とても渋々といった様子で、キンバリーは了承した。
ローズはエステルを見つめて微笑む。
(……そうか、彼女だったのね)
ルシアに踏みつけにされて無残な様相になっていた花壇の花を綺麗な姿に戻したのはエステルなのだろう。
過去に戻る前も今も、毎朝ローズの部屋には瑞々しい季節の花が飾られていた。それは不思議なほど艶があり、ずっと生き生きとしているから誰が手入れしているのだろうと思っていたが……。
ルシアが「私が育てたんです」と、かつて自慢げに話していた。そういう日々の行いも聖女候補としてのアピールポイントになる。
以前はその言葉を疑っていなかったが、今考えてみると自分が花壇で丹精込めて育てた花だったら踏みつけるはずがない。ルシアは他人の功績を横取りしていたのだろう。
(どうしてエステルがルシアの言い分を否定せずに受け入れていたのかは分からないけれど……)
翌日、聖女付きの神殿女官になったエステルは挙動不審な動きで聖女の間に入ってきて挨拶をした。
「おおおおお、おは、おはようございますっ! 聖女様! なぜか昨日突然聖女候補に選ばれたエステル・ミュラーと申しますっ!」
「よろしくね、エステル。聖女候補の衣装がよく似合っているわ」
ローズはそう笑みを浮かべた。
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