第6話――依頼人
ドアを開けるとすぐ左側に
傍にはキャップが被ったままの閉じられたガス栓が見える。
本来、そのスペースにはガスコンロが置かれているはずなのだろう。
彼はその前に立ち、空中に何かをなぞる素振りをした。
ブツブツと言葉を
「
と、気合を入れ、まるで目に見えない何かに斬りかかるように手刀を斜めに振り下ろした。
ゆっくりと体勢を元に戻すと、神棚に向かい、拍を二回打ち、敬々しく頭を下げた。その状態のまま、また何かボソボソと口走ると
六畳間くらいだろうか。
狭いスペースに所狭しと図書館のような本棚が立ち並んでいた。
それらの本の中身はというと――
『UFOとのコンタクト』、『日本の目に見えない霊長類』、『契約の交わし方―悪魔編』、『結界の真髄、外し方』、『妖怪の扱い』――
などなど。
一般の人間が見たら
由良は、人一人通るのもままならないそれらの隙間を体を縦にしながらくぐり抜け、突き当りのデスクに辿り着いた。
その前に置かれた、見た目ではリサイクルショップで千円足らずで売られていそうな木でできた傷だらけの丸椅子に腰を掛けた。
机上に置かれた電源が入ったままのデスクトップパソコンと向き合う。
メールが十件ほど入っていた。
彼はいつものごとくそれらを斜め読みすると画面左端のチェックボックスに印を入れた。
ほとんどがネットショップの広告ばかりだ。
溜息混じりに不要なメールをゴミ箱に入れようとマウスでカーソルを合わせようとした。
しかし、それらのチラシに
表向きには、
探偵事務所のホームページを見て連絡するクライアントはそうだ。しかし、そのタイプの顧客は仕事全体の割合で言うと一割にも満たない。
残りの九割はこのクライアントの様に、標題なしで依頼してくる客ばかりだ。
何故、無題なのか。
表向きに、そういうのを
それだけではない。
得てして、そういう存在はターゲットにされやすい。
相手はクレーマーだけではない。
いや。
もう少し言い方を変えよう。
攻撃を仕掛けてくるのは、通常の人間だけじゃないということだ。
え? まさか……
幽霊がメールをハッキングして、こちらを特定してくる?
ひょっとして、そう思われた方もいるかもしれない。
言わせてもらうとそっち系の存在とは、何も霊だけに限らない。
この社会の中には、見た目は私達と同じだが、人間ではない者が数多く紛れている。
あえて名言は避けるが、この地球という惑星、はたまたこの次元に外から侵入し、人類を都合よく操り調整する輩が実在するのだ。
その者達は、れっきとした肉体を有している。
当然目にも見えるし、パソコンのキーボードを弾いてこちらをハッキングすることも難しくはない。
さすがに、それは妄想が過ぎるのでは……?
そう思うのが正常な人間の思考だ。
自分で言うのも何だが、私は普通ではない。
この力を本当に認識したのは、小学校の低学年の頃だ。
最初は、他の子達も自分と同じだと思っていた。
クラスメイトである女の子の背後に見える女性と会話を交わした。
その子の目の前で、
『お母さんが、君の事を守っている』
と、無邪気にも口走ってしまったのだ。
その子の母親は、数年前に若くしてガンで亡くなっていた。
その後、どうなったかはご察しの通り――
村八分。
その三文字が、その状況を表現するのに最も適している。
まるで奇異な化け物を見るようなクラス全員の視線。
いや、生徒だけでない。
教師である担任からも、不気味な児童というレッテルを貼られた。
壮絶なイジメも経験したが、敢えてこの場で語るのは
そういう事情などもあり、私自身から「
あくまでも「噂を聞いて」という前提で向こうから依頼が来るのが常である。
あくまでも裏稼業として。
由良は、そのタイトルのないメールを開いた。
『はじめまして。大学生です。噂を聞き、一度見てもらいたいと思いメールしました。最近あまり良くないことが続いています。人間関係もこじれてばかりで』
由良は思わず溜息を
ここまでの文面だけで、当たりか外れかは今までの経験からおおよそ見当がついてしまうのだ。
『人間関係がうまく行かない』
はっきりと名言すると、このパターンのおよそ九割は本人自身の問題だからだ。
霊が多少なりとも、干渉しているかもしれない。
しかし、それらのほとんどは、自身の力で
本人が問題に正面から向き合わないまま一方的にこちらが祓ってあげたとしても、リフォームを施したゴミ屋敷のように、一ヶ月後には元の状態に形状記憶のごとく回帰するだけだ。
ただ、これだけの文章で断るべきかはまだ断言はできない。
由良はメールの続きを読んだ。
『私の身の回りで、人がいないのに変な声とか耳にするようになって……。母が霊感の強い人で、一度見てもらった方がいいと言われて。もしかすると、本当に何か自分に憑りついているんじゃないかと思い今回相談することにしました。一度お会いしていただけませんか? 山下正美」
由良は少し考え込んだ後、キーボードを叩き始めた。
『どうもはじめまして。山下さん。メールいただきありがとうございます。
まず一度、お会いしないとご返答はしかねます。今週金曜日の十四時に、桜新町駅改札口にどうでしょうか? 由良一之』
すると、相手はよっぽど切羽詰まっているのか。
まるでチャットのごとくすぐに返事を返してきた。
『早速の返信とても心強いです。その日で大丈夫です。それではお待ちしています。 山下正美』
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