暁闇
ひどく寒い日だった。
まだ冬の風が残る薄暗い明け方、
私、
体を起こすと隣にあった冷たいブリキ製のゴミ箱ががたんばたんと音を立てる。
冷たい煉瓦造りの床の上に申し訳ない程度に引いた段ボールの上に眠っていたからか。身体中の痛みを感じて一度大きくのびをした。
ところでここはどこなのであろう。
確か私は明日の高校の準備をして自室のベットに就寝したはずだった。
あたりを見渡してみると狭い通路に通りからのキレかけた電灯の光と薄暗い月明かりが差し込んでいる
エアコンの室外機の音と混じってネズミの走るカサカサという音が聞こえどこからとなくすすり泣くような声も聞こえた。
「さっむ」
息を吸うと冷たい空気と混じって腐乱臭がする。あまりに目眩がするような悪臭に私はひどく咳き込んだ。
「おい、今こっちから声が聞こえなかったか?」
「確かに聞こえた。早くあいつを捕まえないと」
「そうだな、あの◾️◾️を野放しにしておくのは危険すぎる。それに俺らが捕まえればA区の居住許可が降りるかもしれない」
「そうだな、おいあっちの路地は見たか?」
そして何人かの怒声も聞こえる。会話の内容からも誰かを追っているようだった、
それにしても今日は寒い、それに足が冷たい、カーディガンを引っ張り湿った段ボールを少しさらによせようとふと足に目を向ける。そこには、自分のものではないような白くて青白い素足が見えた。慌てて下を向いた時にブロンドの髪が目の前にかかった。パッと別の方を見るとそばにあった割れている瓶越しにわかるくらいに日本人離れしたはっきりとした顔立ちも見えた。
その瞬間世界が反転したような衝撃を感じた。座っててもわかるくらいのめまいに頭をゴミ箱に思い切りぶつけのだ。
慌ててブリキのゴミ箱を押さえるが遅かった。
ガーンという大きな音がなりおまけに誰かの足音も聞こえた。さっきの人たちが戻ってきたのだろうか?
「いった…」
よく考えたら私は、自室で寝ていたはずがなぜこんなところにいるのか理解できなかった。
それに私金髪ではなく確か黒髪だ。そしてどちらかというと私は一重で塩顔、一発で日本人とわかるような顔をしていたはずだ。
「………」
思考がまとまらない
そういえばいつのまにか騒がしかった足音も気がついた時には止んでいた。
静まり返った路地の入り口に2人の影が見えた。そして片方は手に何か持っている。
ぬらりとそれがあらわになると拳銃のようなものが見えた。
「ヒィ」「バァン」
現状に恐怖して空気のような悲鳴をあげたのと同時に光が弾けた。
あたりは硝煙の香りがしていた。
そして少ししてから男の軽口が聞こえる。
「ちょっとお前さ…いくらスラムとはいえいきなり撃つのはやめろよ。それに俺らの仕事は生捕にだろ?」
「仕方ないだろ。てか別に撃っても問題ないだろどうせここらには、見捨子くらいだし生捕とはいえ傷一つ付けずにとは言われていなかっただろ」
「まあそうか。でもまあ結局居ねえじゃねえか。百発百中の異名のお前の腕も落ちたな」
「うるせえ誰と間違えてんのか知らねえが俺は昔から数うちやあたるををモットーにしているからな.まあけどここには居なさそうだな。おいつぎの路地行くぞ」
「私は最初からそのつもりだったけどなぁ」
足音が聞こえなくなるとあたりはまた静かで寒い裏路地に戻っていた。
だが私はどっと汗をかいてそれどころじゃない。
頬が焼けるように熱い。先程火花が散った時から急に熱くなった。徐に手を当てると生暖かい何かがベッタリとついた。
「ゆめじゃない」
それが何か確かめる前に私の精神は限界だった。そっと立ち上がって路地裏の奥をみた。暗闇に紛れてほとんど何も見えなかったが薄い街灯が結構先にあるのが見えた。
「………」
思考がまとまらない.いろんなことがありすぎてどうしたらいいかわからない…
だがここからは逃げなくては行けないと本能が告げていた。
足をもつれさせながらなんとか立ち上がる。すると今度は身体ごとおもいっきりゴミ箱にぶつけた。結構な音がなったが先程とは違い私は路地の奥へと走っていった。
どれくらい走っただろうか。
走って走って息ができなくなって路地の手前柱の影に倒れ込こむように座った。ちょうど路地からも今まで走ってきた道からも死角になる部分だ。
口の中が乾いて息を吸うたびに苦しい。
それを落ち着けようとゆっくり息を吸うと少し痛みすらあった。心臓が耳の近くでバクバクと言っている音が聞こえうるさい。
「大丈夫、大丈夫」
私はそう唱えると少し壁に頭を埋めた。
頭も痛い。近くにクラブが何かあるのかは知らないが繁華街特有の音楽の鼓動が頭に響いた。
こんなの絶対におかしい、私は部屋で寝ていたはずだ。それに私の住んでる街東京はこんな感じではなかった筈だ。東京にも場所によってはあるよと言われたら何も言えないが少なくとも私の住んでいた街ではクラブ風なところもないし西洋風の建物もない。ホームレスもそんなに居なかった。それに何より銃は禁止だ。
ここは何もかもおかしい
「落ち着いて、大丈夫だから」
そう自分を落ち着かせようとしたがまだ呼吸は苦しかった。頭を埋めているとガンガン頭痛がひどくなる。水が飲みたい。
何故かパジャマを着て眠ったはずなのに通っている高校の制服を着ていたし水道のパイプに移る私は中身は堀田律花だが堀田律花ではない誰かだった。そんなのを見ているともうなんだからわからなかった。
「とりあえず今は生きることだけを考えよう…」
立つとさっき走って擦りむいたところがめちゃくちゃ痛かった。頬の怪我も血がダラダラ出ている。だがそんなことを心配している場合ではないのだ。ここから逃げるか世が明けるまで待つかどうするか迷っていた。
パタパタと服の埃を叩く。思ったより煤と埃が酷く黒いカーディガンは白くモスグリーンタータンチェックのスカートは灰色に変わっていた。制服のポケットにはハンカチとミニサイフ中身は千円札とちょっとだけ入っていた。出てきたのが日本円なことに安堵した。
「大丈夫、きっと大丈夫、何かの勘違い」
私は祈るように何度も呟く。そうでもしないとおかしくなりそうだった。
先程の静まり返った路地とは違い人の声がしっかりと聞こえた。もしかしたら少し人混みに紛れられるかもしれない。そう思い死角から出て人混みを歩くことにした。
頬に出来た傷を目立たないように制服のポケットの中に入っていたハンカチで抑える。
まだ血が出ていてハンカチは一瞬で赤く染まったがないよりはいいだろう。
一歩一歩踏み出すと痛みが走った。
それでも歩かないと逃げないといけない。そんな思いであてもなく歩いた。
そんなこんなで歩いているといつのまにか一件の酒場の前に来ていた。そこには「out of the question 通称:論外」と書いてある。
ずいぶんと廃れた酒場だった。
飲み屋「out of the question」通称:論外の奥の席では二人の男がカードゲームをしていた。
一人は20代後半くらいの出立ちで洒落た薄いグレーのコートを着た男性、もう一人は小学生と言っても通用するのではないかというくらいかわいい顔立ちでよくあるシャツの上からクリーム色のニットのカーディガンを着ている少年がいた。二人で賭け事をしているようだ。
「いつも言っていますが未成年に飲み代集ろうとするの辞めてください。あっあがりです。」
「はっ絶対イカサマだろ。今度はブラックジャックでもう一回勝負だ。」
「わかりました。では僕は52回目の食事を奢ってもらう権利をかけます。」
「じゃあ俺が勝ったらチャラな」
「まあ好きにしてください、どうせ僕が勝つんで」
「あっ本当それずるいよな」
カーディガンの方が足をパタパタとさせながらメロンソーダを飲み灰色のコートの方がカードを切った。
側から見れば親子に見えるような歳の差でもあるが二人の顔はあまりにも似て居ない。それにもし親子ならこんな明け方に飲み屋の奥の席でブラックジャックなんてしていないだろう。
店の店員が注文を取りに来るが少年はすぐ決着がつくので大丈夫ですとにこりと笑った。
飲み屋「out of the question」通称論外では論外な客しか来ない。まず治安が論外なため仕方がないのだが本当に狂っている。ワンドリンクワンオーダー制だが持ち込みもありだし正直なんでもありだ。それによくこの店は備品が壊れる。これは完全に立地が悪い。
「スタンド、21です!!」
少年の声が響いた。まばらな拍手が聞こえる。
この時間は人がいない、いつもならもう少し混んでいるが今日は出払っている。
どうやら噂によるとレアな猛獣がB区を逃走中で総出で捕まえに行ってるらしい
葉巻をゆらゆら加えると店の外が少し騒がしい気がした。今日は、とても嫌な予感がする。
「またかよ…てか絵柄カード減らしたりしてないだろうな…」
「このカード僕のじゃないですよ。ということで約束どうりお支払いと…後まあよろしくお願いします。」
そしてこういう時の予感はとてもよく当たる。
カタンと飲んでいたウイスキーロックがカウンターから落ちガシャんと音を立てて割れた。
徐にカーディガンの方が扉を見た。
店が揺れる。
灰色コートがコートの中に隠していた長銃を取り出し連射したのと金髪の女子高生が扉を突き破って転がってくるのとほぼ同時だった。
何本もいろんな色の光があたりを通過していきそれが鉛の弾丸だったことはさくりと店の木に刺さる音や瓶が割れる音で聞こえる。
店の外からは二人の体格の良さそうな男が歩いてくる。ガシャンガシャンと連射する男とピストルを持っている男だ。
「ほらな数うちゃあたるだ!」
「だからといって少女一人に店のドア破壊する必要はあるか?」
店の奥を見ると灰色コートが銃をカーディガンがその女子高生を保護していた。
「大丈夫です。息はあります。」
「おーよ、ならよかった。」
「おい、そいつを渡せ。そいつは⬛︎⬛︎の重罪人なんだ」
長銃を待った男が連射しながら叫んだ。
灰色コートは迷いなくテーブルを蹴ると立てて迷わず弾除けとして使う。
カンカンとタマが弾かれる音が聞こえガラスが割れる音がした。他のお客さんの悲鳴も聞こえる。
またか…先日修繕したばっかりなのに…そんなことを思いながらカウンターの下で葉巻を吸っていた。ここ通称:論外では割と日常茶飯事の出来事だ。むしろこの立地に立っていて今日は店が燃えなかったことに感謝するしかない。
「なぜ邪魔をする。お前たちに⬛︎⬛︎は重罪だってこと知らないのか?」
「だからってな見ず知らずの女子高生をいきなり撃つのは間違っていると思うぜ」
「こっちは生活がかかっているんだ」
「はーそうかいじゃまず俺を倒すことから頑張ってくれ」
灰色コートと長銃を持った男は口論をしながらまたもや銃撃戦を繰り広げている。
ピストルを持った男はのんびりとその姿を見ているだけだった。
そんな時女子高生片手にカウンター裏にカーディガンが滑り込んでくる。
「おいおい少年よ、店壊しに絶賛加担中のお連れさんがいるのに俺が一服しているのを邪魔する気か?」
「すいません、お代つけといてください。彼が後日修繕費込みで今度払いにきますんで」
「はいよ、いつも通りよろしくな」
迷いなく請求書をカーディガンの空いてる方の手に、そして引き出しの中からはライフル2丁を取り出し片方をカーディガンに渡す。
カーディガンは口笛を鳴らすと激しい銃撃戦が行われているカウンター越しに叫ぶ。
「交渉成立です。」
それを聞くなり灰色コートは店内の照明を打った。それと同時にカーディガンも銃を取り出し机の後ろにあった窓ガラスを正確に撃ち抜いた。ガシャーンと大きな音がしたかと思うとそして灰色コートが机を蹴るとカーディガンと女子高生とともに窓から出て行った。
長銃の方が連射するがそこには無残に空いた壁の穴と割れた窓ガラスしかなかった。何もしていなかったピストルの方はやれやれというふうにため息をついた。
店が静寂になって数秒すぐさま笑い声が戻った。派手にやられたな〜という声や拍手をしている人だっている。
通称論外にくる時点で予想済みだったがやはりここにきている時点で只者ではない。そんな状況に二人もかなり慌てているみたいだった。
俺たちはリーミヤファミリーなんだぞという長銃の方の弱々しい声での威嚇を聞くとバイトの子がくすりと笑う。
「さてさて、お客さん方今日の会計は全部さっきの灰色コートのお兄ちゃんが後日支払ってくれるそうです。お二人も飲んでいきますか?」
バイトの子はまだ殺気立てている二人に飄々と声をかける。それは世間話をするくらいの気軽さだった。流石にまずいと思ったのかピストルを持った方が長銃の方を引きずって帰って行った。
その後もそれなりに盛り上がった。
「俺もそろそろ」「私も朝早いので」「これから出社かよ」
だが明け方に近づくにつれ一人また一人といなくなり店内には俺とバイトの子そしてお客さんはスーツの人と作業着の人だけになった。
「もう一杯飲んでいくか?そういえばあんたは作業着の方か」
「いやいいよ、また来る、それに充分面白いものを見せてもらったしな、あと私はスーツの方な」
「ああそうか、まあまたきてくれよ」
「はいはい、あなたも気をつけて、何せ…」
「ああ俺は見えないからな」
最後の二人の客を見送るとバイトの子が準備中の札をかけた。
空はいつのまにか明るくなっていた。
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