信じる者は救われる
それから二人は時間を見つけては猪肉を使ったチャーシュー作りを模索していく。
「煮込む時に他のハーブも使ってみるのはどう?」
「いいな。でもあまり濃過ぎるのも良くない。ラーメンのスープによっては味が喧嘩する」
夜更かしが続くと寝不足になり、全く同じタイミングで欠伸が出て揶揄われたりもした。やがて満足のいく出来のものが完成し、いよいよ父に試食してもらう事になった。
「……悪くないんじゃないか? 魔物の臭みがある肉を、よくここまで仕上げたもんだ」
「オーガスティンのおかげだよ。あとはスープとの相性なんだけど」
「猪肉は豚肉とは似ているようで違う。だったらこれ以上、無理に弄るよりはラーメンの方を合わせればいい」
ガタッと席を立つ父を、呆然と見送る。それは、新しい味を開発しろという事なんだろうが……とりあえずチャーシューは合格点をもらったので、期間限定でメニューに載せる事が決まった。
「よかったね、コール」
「どうだろうな……ラーメンの方は、自分で納得がいかないんだ。まだ店に出せるレベルじゃないって」
「賄いで食べた時は充分おいしかったし、店長だって最初から完璧だったわけじゃないんでしょ」
カトリシアはそうフォローしてくれるが、店に出すとは金銭を受け取る事である。無料で食べられるなら、よっぽどまずくない限りは悪い評価はされないだろうが、商品ともなれば途端に採点は厳しくなる。客は作り手側の事情や経験など、知った事ではないのだから。
「まあ、とにかく猪肉チャーシューに合うメニューを決めなきゃな。また試食してくれるか?」
「それは、もちろん……」
気持ちを切り替えたように後片付けを始めるコールの背中を見つめながら、カトリシアは心ここにあらずといった様子でぼんやりと返した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そんな彼女がコールの部屋を訪ねてきたのは、寝る直前になってからだった。引き戸が明かなくて寝室に入れないのだとか。カトリシアの部屋は引き戸と城に通じる扉の二つがあり、どちらかが使用中にはもう片方が使えなくなると母が言っていた。
「って事は、こんな時間に城の誰かが入室してるって事だ。もうバレたのか?」
「どうなのかしら……まあ鉢合わせはできないけど、今日は私の寝る場所がないの。また一緒に寝てくれる?」
「ゴホンッ!
寝間着姿で懇願され、沸き上がった衝動を咳で誤魔化す。カトリシアは完全にコールの事を信頼しているように見える……コールの方は新メニューを開発できた事で少し自信がついたが、同時に理性もその分傾いていた。だが表向きは面倒見のいい兄のように振る舞い、一週間ぶりに握った手の柔らかさからも意識を背けていた。
「コールは、何をそんなに焦っているの?」
灯りを消したあたりで、カトリシアが問いかけてくる。暗闇の中で発せられた声の真意が分からず黙っていると、握った手の力が強まった。
「店長から聞いたわ。コールはレシピもない中、自力で考えながら工夫を凝らして、追いついてきてるって……なのに他ならぬあなた自身が自分を認められない。どうしてそこまで自分に厳しいの?」
カトリシアがそれを言うのか、と歯噛みするが、疑問に思われてもしょうがない。コールは繋がれた手の方をちらりと見てから、天井に視線を移した。
「俺は子供の頃から漠然と、親父の跡を継ぐんだろうなって考えてた。親父は叶わなかった前世の悲願を達成して、お袋はそんな親父に惚れて魔族である事を捨ててでもついてきて……そんな二人が俺には誇りで。俺自身が、やりたい事なんて特に思い付かなかったし。
だけど最近、そんなんじゃダメだって分かったんだ。親父を真似て、お袋のくれる魔道具に頼ってるだけじゃ……俺だけの何かを生み出したい。他の何者でもない、俺自身の証を残すために」
無言で話を聞いていたカトリシアが、手を離した。ピクッと反応したのが伝わってしまったが、こちらに体ごと向きを変えただけのようだ。
「だから、グレートボアの肉でチャーシューを? それがあなたの目標なの?」
「いや実際、何でもよかったんだけどな……何かしていないと落ち着かなくて。お前の言う通り、焦っていたんだよ。けど結局、出来たのはオーガスティンのアイディアのおかげだった。
いつもそうなんだよな……俺は自力じゃ、何も生み出せない」
自嘲するコールの頬にカトリシアの伸ばした手が触れ、ドキンと大きく鼓動が跳ねる。何故か、責められている気がした。
「それの何がいけないの? 私は手伝いたかったから口を出したけど、魔物の餌をおいしく食べられるようにしたいなんて、普通は思い付かない。
コール、一人で思いつめないで。すごい家族がいるから気付けないだけで、あなたには充分才能があるわよ」
そんな事、今まで誰も言ってくれなかった。両親は厳しい人たちでなかなか認めてもらえなかったけれど、それも当然だと思っていた。未熟な自分がそう簡単に一人前になれるほど、世の中甘くない。
「信じてないわね?
ねぇコール、この国の神話は聞いた事あるでしょ? 教会には必ずある、ドラゴンの像……始祖が建国した時、霧の中に浮かび上がった夕焼け雲の影が、赤いドラゴンに見えたから。ロマンティックだけれど、有史以来、世界のどこにも赤いドラゴンなんて存在しない。
でもね、私はこう考えているの。あると言えばあるし、ないと言えばない。才能だってそうよ、自分があるんだって強く信じたなら、きっと何かを生み出せるって」
カトリシアの考えはひどく幼く、ある意味姫君らしかった。信じた結果が、身分を失って捨てられたのではないかと言いたいところだが。
「信じる者は救われるってか? 随分ぼんやりしたフォローだな。お前は赤いドラゴンを信じてるのかよ?」
「見た事がないものを、実際いるとは断言できないけど……ただ、こうしてコールと出会えた事を思えば、今なら信じてもいいわね」
二人が出会ったのは、運命だ。そう明言されたようで、何だか気恥ずかしい。それでも、自分がそんな大層な存在じゃないのは誰よりコール自身が分かっている。
だから、意地悪のつもりで口にした。
「俺は会った事あるけどな、赤いドラゴンと」
「えっ!? あの伝説の……どういう事っ??」
コールの爆弾発言は、眠気も何もかも吹っ飛ばしてしまったらしい。掴みかからん勢いで問いつめられ、仕方なく灯りをつけ直すと、布団の上に胡坐をかき彼女と向かい合う。
よくよく考えてみれば、自国の守護神と会うなど頭がおかしい発言だったと早くも後悔し始めていた。
「歴史書にも正体は雲の影だとちゃんと……」
「信じるっつっといてそれかよ……まあ実際に
コールからは冗談で言っている様子は窺えず、くらくらする頭を押さえながらカトリシアは確認してみた。
「それは、博物館の竜とは違うの? 突然変異とか」
「だったら宮廷にも知らせが入ってるはずだろ? 大体、大きさだってあそこには収まり切らないし」
「なら、聖地と言われる渓谷?」
「いーや、魔界だ」
魔界!
神と呼ばれるドラゴンの居場所を当たり前のように告げられ、カトリシアの口は開きっぱなしだ。しかし未知の場所にしかいないのであれば、確かに世界中を探しても見つかるわけがない。
「コールは……魔界に行った事があるの?」
「そりゃ、ダンジョンだって最奥は魔界と繋がってるからな。それにお袋も表向きはともかく、たまに里帰りしてるし。あいつに出会ったのは、そん時だったな」
改めて、目の前の男が魔王の血筋である事を彼女は思い出す。あまりにも普通に振る舞うものだから、普段はすっかり忘れてしまうのだが。
「世が世なら、コールは魔族の王子様だったのよね」
「はあ? ……ぷはっ、やめてくれよ。王子なんて柄じゃねえし、お袋が親父についてきたからこそ、こうして俺が生まれてるんだぞ」
「それもそうね……ねぇ、私も赤いドラゴンを見てみたい」
カトリシアの頭は既に伝説の存在でいっぱいになっている。自分で振っておいてなんだが、才能の話はすっかりどこかへ行ってしまったな、とキラキラした瞳を見返しながらコールは思った。
「俺に魔界へ連れてけって? 相変わらず怖いもの知らずだな。魔界の危険度はダンジョンの比じゃねえんだぞ」
「だけど家族で里帰りしているんでしょう?」
「……生き物は苦手なんじゃなかったのか」
「だっていつかは死んでしまうんだもの。でも赤いドラゴンは神様だから」
死ぬ心配さえなければいいという事らしい……基準はよく分からないが、好奇心に火の点いた彼女を止める術はない。
「しょーがない。明日はちょうど休みだし、久しぶりに行ってみるか」
「やった! ありがとうコール!!」
ぱあっと顔を輝かせたカトリシアに不意打ちで抱き着かれ、コールの頭の中で『明日の休み』が一瞬、別の目的に塗り替えられそうになる。興奮している彼女を再びベッドに寝かせ、即座に灯りを消した彼が半泣きで耐えていたのは、幸いにも気付かれる事はなかった。
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