街へお出かけ

 翌日は定休日だったので、ゆっくり寝ていたいところだったのだが。


「ほら起きな、今日は街へ行くよ」


 母に叩き起こされ、コールはしぶしぶ布団から顔を出した。休みと言っても家族そろって外出となると本当に久しぶりになる。父は仕込みのために留守番だが。


「そろそろオーガスティンの服も仕立ててやんないとね。いつまでもあたしのお古を着せられないだろ」

「そうだな……俺も街には用があったんだ」


 意地悪だと言われつつも、母はコールが思った以上にカトリシアを家族にする気満々である。彼女を逃せばもう息子にチャンスはないとばかりに……心外だが彼自身も、異性から懐かれたのは初めての経験なだけに否定はし辛い。


(ただ、俺らばっかで盛り上がっても、本人はどうなんだろうな)


 昨夜はキスを返してくれた事に舞い上がってしまったが、あれが恋愛感情によるものと決めてしまうのは早計だ。彼女の態度からまだ取引と同等か、単にからかわれただけの可能性も捨て切れない。

 コールは自分がいい男ではないという自覚があった。元々、男は女の初めてになりたがると聞く。最終的に誰と結ばれようが、特別な存在として刻まれるからだ。心の傷を癒してやりたい一方で、最初の男を超えられるのかというプレッシャーは常に付きまとう。カトリシアと添い遂げるためにも、コールにはここを乗り越える必要があった。



「魔法陣は本当にあっという間なんですね。馬車を使えばどのくらいの距離になるのですか?」

「大体二時間くらいかね。冒険者の連中は辻馬車を使うが、慣れないと乗り物酔いする者もいる」


 街の厩舎横のボロ小屋から、カトリシアは物珍しそうに顔を出す。パガトリー家の転移用魔法陣を置くには街には人目が多過ぎるので、狭いスペースを借りて隠しているのだ。


「昔はドラゴンが馬車を引いていたって話だよ。今よりもっと乗り心地が悪かったらしい」

「ふふっ、どのくらい昔なんですか。ドラコニア帝国が建国する頃には戦争と疫病でほぼ絶滅していて、今じゃ天然記念物ですよ」

「『ドラコニア』って名前の割には一匹も見かけないのは虚しいものだね」


 仕立て屋に向かいながら母が無駄話を始め、カトリシアもそれに乗っかる。ドラコニア帝国はその名の通り、ドラゴンを守護神として祀る国家だ。かつてはドラゴンの生息地だった周辺地域も、今や博物館で僅か数匹だけが細々と生き永らえている。


「コールはドラゴンを見た事はある?」

「博物館のなら、出前を届けに行ったついでに見たぞ。お前だって視さ……仕事で目にする事もあるんじゃないのか?」

「絵本や神殿に飾られた像ならいつも見ていたわ。本物なんて恐ろしくて、絶対に無理」


 視察でなら実物を見ただろうと思いきや、ここでもお姫様の生き物嫌いは発揮されていた。


 街はコールたちの村から馬車で二時間ほどの距離にあった。教会に宿屋、冒険者ギルドなどもここにあり、情報も人も金も村とは段違いのレベルで動いている。

 何故父グルタは街でラーメン屋を開かなかったのか? 一度コールは訊ねた事がある。わざわざ遠方にまでチラシをばらまいて宣伝しなくとも、街で評判になればもっと儲けられたし店も大きく出来ただろうと。


『そういうのは身の丈に合わない。儲かりたくてやってるわけじゃないからな。俺のラーメンで誰かを幸せにできてんなら、それで充分なんだよ』


 その時は何を言っているのか分からなかったが、成長するにつれ、だんだんと事情が見えてくる。

 街では一つ人気店が出ると、他も次々と同じ事業に手を出し、客の取り合いが起きる。スパイや引き抜きは序の口で、酷い時には双方が他店の悪い噂を流して共倒れになる事もあった。のんびりとした気質でお互い助け合う村では考えられない。

 もちろん【煉獄】にもラーメンに目をつけて、金儲けのためにすり寄ったり味を盗もうとする連中もいる。が、【煉獄】は家族経営で従業員を雇う予定はなく、街への移転も考えていないと突っぱねた。スープのレシピに関しては、息子のコールですら教えてもらっていない。


(あと、お袋の素性がバレるのを防ぐためでもあるんだろうな。あんなド田舎、ダンジョン目当ての冒険者ぐらいしか立ち寄らないし。……これからを考えると、その方がいいかもしれない)


 ちら、とカトリシアを見ると、母の古着を纏っているとは言え、品のある佇まいや日焼けしていない整った容姿からは、とても村娘には見えないだろう。せいぜい没落した訳ありの貴族令嬢といったところか。ダンジョンに出前に行った時に、カトリシアを知る者がいたと報告しているので、その長い金髪は帽子で隠しているが。


「さあ、まずは仕立て屋に行ってオーガスティンの採寸をしてもらうよ。昼は噴水前の定食屋で合流するから、それまで適当にぶらついといで」


 そう言われて最初は目的の場所へ行こうとしたが、荷物になるので帰る直前の方がいいかもしれない。仕方なく噴水近くでボーッとしていると、見回りの兵が二人、喋りながら歩いてくるのが見えた。


「なあ、例の密命ってどういう意味なんだろうな? 皇女殿下は今、療養中じゃなかったのか?」

「シッ! どうやら事情があって謹慎中らしいが、お忍びで抜け出しているとか聞いたぞ。噂だからあてにならんが……本当であれば見つけ次第、保護して城へお連れせねば」


 彼らの会話に思わずギクリとする。カトリシアも、冒険者たちからの情報で自分が療養している事になっていたと話していた。どうやら『密命』とは彼女の捜索らしいが、一度追い出しておきながら何故今更? もしや皇帝は感情的に命じたものの、すぐに後悔したのだろうか……普段は溺愛していたと聞くし。

 ともあれ、この事を本人に話しておくべきかと、兵士たちが完全に見えなくなるのを確認していると、タイミング良く母とカトリシアが戻ってきた。


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