ダンジョンは常連客③

 コールの様子を見に来た一同は、甲殻騎士の有り様を見て言葉を失った。関節部分に細長い金属の棒がぶっ刺され、そこからできた亀裂にコールがハサミを入れているのだ。銀色の鎧が、たかがハサミで切られている……あまりにも不条理な光景だった。


「な、何やってんだお前……」

「え? 何って、を切ってるんですけど?」

「そうじゃない! その鎧は、剣も魔法も通さないんだぞ! それをあっさり……一体どういう仕掛けなんだ!?」


 当たり前のように見たままを答えるコールに、薄ら寒いものを感じながら剣士は指を差す。コールはきょとんとして、の切り方を知りたいのだと思い、教える事にする。


「はい、そのままだと切れません。だからまず、この『蟹甲殻類大腿部歩脚身取出器具』でヒビを入れます」

「カニコウカク……なんだって?」

「あ、長ければ『蟹の身をほじくるやつ』でもいいです。で、隙間ができたらそこからこのカミバサミを差し込んで、ジョキジョキと……」


 コールの説明を聞いて、頭が痛くなってくる。蟹甲殻類……ほじくるやつはまだ関節という柔らかい部分に突き立てられるのは分かる。問題は、剣を防ぐほどの固さを誇る鎧をハサミで切れてしまっている点だ。


「ならそのハサミは、剣よりも強いと言うのか!?」

「そんなわけないじゃないですか。剣とハサミが戦ったら剣が勝つに決まってます。

でも適材適所って言うでしょ? カニバサミはカニなど甲殻類の殻を切るためにあるんです。そしてこいつも甲殻類……だったら切れないはずがない」


 そんなバカな!

 頭を抱えてしまった剣士の隣に、荷物持ちをしていた商人の男が顔を出す。興味深そうに器具や鎧のヒビを確かめていたが、感心したようにニヤッと笑みを浮かべる。


「なかなか凄いアイテムだな。だが、鎧を切ってどうするんだ?」

「魔法が効かないのは鎧だけでしょう? だからヒビを入れて隙間を作っとこうかと」

「後は俺たちがやるから、ちょっと器具を見せてもらってもいいか? あ、さっきのハンマーも」


 魔法使いに【火炎】を指示すると、商人は手を差し出した。特に断る理由もないので、コールも快く道具一式を渡しておく。


「それじゃ、血抜きの作業に戻ろうかな」

「血抜き?」

「さっきのグレートボア。あれだけ大型だと、冒険者ギルドでも高額で引き取ってくれそうでしょ? だったらなるべく早めに血抜きをした方が、臭みが残らないんじゃないかと思って」

「……何から何まで助かるよ」


 グレートボアの死体に駆け寄るコールを見送りながら、商人はコールから預かった道具一式を握りしめた。剣士が不安そうな顔で窺ってくる。


「どうだ? お前の【鑑定】は」

「驚いたな、どれも魔界の名工による逸品だ」

「魔界の名工!? そんな奴が、たかだか飲食店の調理器具を!? ……いや、実際あれで戦えてるんだから、そう見せかけた武器なのか」


 一体どんな経緯があって魔界人と知り合ったのかは謎だが、たまにこうした繋がりを持つ者はいたりする。直接魔界に行かずとも、気まぐれで人間の世界に住み着いた者との接触によって。


「いや鑑定によれば、調理器具や食器である事には違いない。このハンマーだって『肉叩き』と表示されてるしな……耐久値は高いが、普通のそれと違った効果が付与されているわけでもないんだ」

「どういう事なんだ……だったらその辺のハサミでも、甲殻騎士の鎧が切れるってのか……?」


 冒険者たちの目には、コールが得体の知れない者のように見えてきたのだった。


「さて、ここらで撤退するか」


 甲殻騎士を【火炎】で蒸し焼きにし、グレートボアも亜空間にアイテムを収納できる『マジックバッグ』に収納した後、商人が全員に声をかける。


「えーっ、まだ地下五階だぜ? これからだってのに」

「想定外の敵に手こずってるようじゃ、まだこの先は危険だ。結局は出前の坊主に助けてもらったしな」

「そうよ、リーダーの決定に従いなさいよ」


 リーダー?

 剣士を窘める魔法使いの台詞に、コールは首を傾げる。剣士がこのパーティーのリーダーじゃなかったのか。疑問が顔に出ていたらしく、剣士は苦笑いする。


「このパーティーは、おっさんがまとめ役なんだよ。年長者だし、活動費も管理できるからな」

「雑用係と言えば聞こえは悪いけど、そうした細かい配慮があるからこそ、私たちも遠慮なく戦いに集中できるの」

「リーダーはその界隈じゃ、ちょっとした実力者だしね」


 冒険者たちにそう教えられ、コールは大いに納得した。来店客の中にはたまに、雑用係を役立たずだとして追放を言い渡す連中がいる。店内で修羅場は迷惑なのでやめてほしいのだが。


「確かに『マジックバッグ』なんてレアアイテムは、簡単には手に入りませんよね。あったら配達も便利になるんですけど」

「魔界の名工と知り合いなら、作ってもらったらどうだ?」

「いや、名工と言ったって金物とか鍛冶屋の類だろ……魔道具とはまた違う」


 そうしてしばらく談笑していたが、帰りが遅くなると母に叱られる。空になった食器をおかもちに戻し、コールは冒険者一行と別れる事にした。


「では、またのご利用をお待ちしております」

「ああ、今度はぜひ店に寄らせてもらうよ」

「ご馳走様でした」

「カト……オーガスティンさんも、お元気で」

「じゃあねー♪」


 お辞儀をする二人に次々と声がかかり、最後にリーダーがコールに耳打ちしてきた。


「今回の礼に、グレートボアの肉を一部坊主に譲りたいんだが。冒険者ギルドに言って取っておいてもらうから、街に行く事があれば受け取ってきてくれ」

「いいんですか?」

「ラーメンの具材には使えそうにないがな」


 豪快に笑うと、バシン! と背中を叩き「しっかりな」と手を振った。背中を擦りながらも、コールはカトリシアを伴い魔法陣のある場所へ戻る。カトリシアは興奮したように話しかけてきた。


「コールってあんなに強かったのね! 女将さんが心配いらないって言っていたのも納得だわ。ねぇ、コールも冒険者に向いてるんじゃないかしら」

「俺が? まさか、剣も魔法も使えないのに無理無理」

「それはリーダーさんだって同じでしょう?」

「あのおっさ……お客様は【鑑定】が使える。それに『マジックバッグ』が持てるのは財力や冒険者としての経験がある証拠だ。俺にそんなスキルはない」


 その声色から諦めを感じ取ったカトリシアは、ムッとして頬を膨らませる。


「だけど実際、グレートボアも甲殻騎士もコールが倒してたじゃない。充分戦えてるわよ」

「倒してない、足止め! それに持ってきた道具だってお袋が用意したものだし、魔界の職人が作ったやつだぜ? あれがなきゃ俺だって大した事できねぇよ」


 あくまで自分には何の力もないと主張するコールは、手を引いているカトリシアが悲しそうな表情を向けている事に気付かなかった。


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