世界の果てまで届きそう
就寝時間になると、今夜もカトリシアが手を繋いで欲しいと懇願してきた。昼間まで手の痺れが残っていたところを見ていたので、眠るまでという条件付きで。
怖い夢を恐れているわけでもないあたり、単に甘えているだけなのだろうか……目標を達成するまではという決意がぐらつきそうになるが、無下にもできず、仕方なく今日も手を重ねて横になる。
「さっき、泣いてたよな」
「うふふ、たくさん叱られてしまったわ。丼は割るしオーダーは間違えるし……コールが出て行った後、結局また転んじゃったのよ」
照れ臭いのか、敢えて明るい声で笑われる。だからこっちも、茶化す方向で突っ込む事にした。
「それだけじゃないよな? 魔道具にいちいち感激して、いつまでもボーッとしてるってお袋がぼやいてたぜ」
「だってすごいのよ! 大型冷蔵庫は肉も氷も保存できるし、洗濯機はハンドルを回すだけで洗濯物を洗えるし、金銭登録機なんて会計すれば勝手にお釣りが入った引き出しが飛び出すのよ。しかも『チーン』って音付きで!」
興奮した様子で魔道具の凄さを語り出すカトリシアだが、幼い頃から慣れ親しんでいたコールにはありがたみがよく分からない。父からは前世の知識を母に伝え、それをもとに職人に依頼して作ってもらっているので、市場にはまだ出回っていないと聞いているが。
「お前にはさぞ物珍しい玩具なんだろうな」
「もうっ、からかって。いくら私でも、生活に役立つ発明だって事は分かります!
これがあれば、民衆の暮らしも今よりぐっと良くなるはずだわ……そうよ、それに女将さん! 回復魔法が使えるんでしょう?」
暗闇の中でも、膨れっ面をしているのが声色から分かる。昼間見せた母の魔法を指摘され、特に隠す事でもないかと肯定しておいた。
「そりゃ、腐っても魔王の娘だからな。あの程度は朝飯前だ」
「何故……ここまで優れた知識や力を持ちながら、世のため人のために使わないの?」
「さあ……めんどくさいからじゃねえの?」
コールの答えに、カトリシアは絶句する。便利な発明があれば手が荒れるほど働かなくても済むし、強力な魔法使いなら医学の限界だって超えられる。病気で死ぬ事も……減らせるかもしれないのに。
「異世界の知識や魔王の一族って立場は、世界からすれば脅威なんだよ。どれだけこっちは平和に生きたいと願っても、力を持ってるってだけで悪だと判断される。
あと、便利なのも善し悪しだ。お袋も言ってただろ? 王子の技術力は、その気になれば軍事に転用できるって。まあ発明は日々進歩してるから、ほっといてもいずれはそうなるだろうけど……少なくとも世界が需要として求めないうちは、安易に見せない方がいいってさ」
親からの受け売りを披露しながら、コールはふと、何をもってすればロジエル王子を超えたと言えるのかと思った。カトリシアはこの家の魔道具を、生活に役立つ凄い発明だと褒めていたが、それだって両親の力だ。自分はその恩恵を受けているだけ。どうすればカトリシアの心を……幸せを……
「そうだったの……私ったら無神経な事を聞いたわね。考えてみたら、お父様に追い出された私がいくら民の事を思ったところで無意味だったわ。自分一人の事で精一杯だもの」
「気にするなよ……お前のそういう好奇心旺盛なところ……見方によっちゃ強みにも、なるんだから」
「本当……? こんな私でも、役に立てると思う?」
話しているうちに、半分夢の世界へ足を踏み入れていたコールは、回らない口の代わりに握った手を指で撫でてやる。カトリシアが、息を飲んだ気配がした。
(王子が言うような、ガラクタ女なんかじゃない。そばにいてくれれば、それだけで……)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
数日するとカトリシアのミスも減っていき、手際が少しずつ良くなってきた。来店客もこの新人の日々の成長ぶりを微笑ましく見守ってくれている。
「そろそろ注文も受けてもらおうか。コール、『デンワ』の使い方を教えてやんな」
母に促され、コールはカトリシアをバックヤードに連れていく。水晶がはめ込まれ、巨大な釣鐘草が巻き付けられたような珍妙なデザインに、カトリシアは首を傾げていた。営業中、何度となくこの魔道具からけたたましい音が鳴り、母が釣鐘草を耳に当てながら壁に向かって話しかける光景は目にしている。改めて確認すると、魔道具の後ろからは何本もの細い根っこが出て、どこまでも伸びていっていた。
「音声伝達装置だよ。異世界では『デンキ』の力を利用した『デンワ』ってのがあって、親父もそう呼んでいるけど、これは『トドキ草』って植物の性質を活かした魔道具なんだ」
トドキ草は根っこ同士で繋がった花が拾う周辺の音声を、遠く離れていても届けられるのだとか。【煉獄】は宣伝用のチラシにトドキ草の種を数粒同封した袋を付けている。興味が湧いた相手が植えると驚異的なスピードで成長し、開花したタイミングで店の『デンワ』に繋がるよう、母は種を魔法で改良していた。
「自動で向こうの座標番号も告げられるから、注文と一緒にそれもメモっとけ」
「座標……?」
「注文客がいる位置の事だよ。通信が切れるとトドキ草はすぐ枯れるけど、その跡に一時的な魔法陣が現れる。行き来するには移動先の座標番号が必要になるから、【
そうしているうちに、『デンワ』からジリリリリン、とベルの音が鳴り響く。ビクッと身を竦ませたカトリシアを『デンワ』の前へ押しやり、コールは壁に貼ったマニュアルを指差した。
「ほら、やってみろ。失敗してもフォローしてやるから」
「う、うん……!」
釣鐘草型の受話器を取り、耳に押し当てるとカトリシアは光が点滅している水晶に触れた。
「お、お電話ありがとうございます。ラーメン屋【煉獄】です」
『お、本当に繋がった。なあ、注文すればこの『ラーメン』ってのが食えんの? ここ、ドラコニア帝国から海隔ててるんだけど』
「えっと……はい、注文後に魔法陣が現れますので、それを通じてお届けが可能となっております」
マニュアルとコールの顔を交互に見ながら、必死に受け答えするカトリシア。いざ注文を受けるとなると、途中で聞き間違えはあったものの、復唱する事ですぐに間違いに気付く事ができた。
「ご注文、ありがとうございました。三十分以内に配達いたしますので、しばらくお待ちください」
『通信ガ切レマシタ。座標番号ハ、「X1289Y564Z35」ニナリマス』
「メ、メモメモ……」
注文されたメニューと座標を書き記し、カトリシアは父に報告しに行く。おかもちを受け取ったコールは、彼女から聞いた座標番号を、物置に偽装した転移ルームにある魔法陣に書き込んだ。引き戸を閉めてもほの青く光る紋様は魔族の文字らしく、下手に弄れば二度と使えないと脅されているので、慎重に座標だけを変更する。
魔法陣の真ん中に立ったコールの姿が消えて三十分後、パーッと明るい光の中、再び彼はそこに現れた。
「お帰りなさい。無事届きました?」
「ああ。お前の声、たどたどしかったけど可愛いって褒めてたぞ」
初めての注文受付に緊張していたカトリシアは、可愛いと言われてはにかんでいる。コールの方は、すぐ食べ終わるからと引き留められて、無駄話を聞かせられた事にうんざりしていたが。
「丼鉢もその場で空になったから、持って帰ってきた」
「そう言えば、遠方のお客様に渡した丼はどうやって回収しているの?」
「向こうの魔法陣、まる一日残ってるから食べ終わった食器を置いてもらえれば返ってくるんだよ。割れたりパクられたりする時もあるけど、まあそっちの対応はお袋がしてるな」
ラーメンの丼鉢は独特なデザインでコレクションにもなりそうだったが、相手は魔王の娘……下手に出来心を出せば地獄を見そうだった。
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