今日から同室

 コールが両親を説得したのは、閉店後の賄いの時間だった。食べながらという事だったが、父が並べたチャーハンはすっかり冷めてしまっている。


「それで、どうするんだい?」

「とりあえず、やる事が見つかるまでは家に置いて……」


 言いかけた続きは、母がバン! とテーブルを叩く事で飲み込まれてしまう。


「あんたね、犬猫じゃないんだよ。全く、厄介なもん拾ってきたもんだね。

言っとくけど、誰だろうと働かざる者食うべからず、だよ。お姫様、あんたに何が出来るんだい?」

「えーと……ピアノで『かわいいオーガスティン』が弾けます」

「……」

「ゆ……指一本で、ですけど」


 母からの威圧にだんだん声が小さくなっていくカトリシア。やっぱりダメか、とコールが天井を仰いだその時。


「それくらいにしとけ」


 一人で先にチャーハンを口に運んでいた父が、蓮華を置き母を宥める。


「最初から何でも出来る人間なんていやしないだろ」

「あんたまで甘い顔すんのかい? 国をおん出された姫なんて、面倒事なんてもんじゃないよ」

「そうだな、魔王が倒された後に居場所をなくしたからって押しかけ女房になった魔界の姫なんてのもいたな」

「あ、あれはあたしの意思であんたについてくって決めたんだよ。コールは勝手に拾ってきただけじゃないか」


 昔の話を持ち出された母は気まずそうに視線を泳がせる。確かにコールが一方的に連れてきたのは否定しないが、あのままではカトリシアは自分から動こうとせずに野垂れ死んでもおかしくはなかった。無理やりにでも、生きる気力を取り戻して欲しかったのだ。


「お袋の言う通りだ。ここまでは俺の自己満足で助けたけど……改めて、あんたはどうしたい?」

「まだ、分かりません……でも」


 カトリシアは俯いていた顔を上げる。暗い雰囲気は払拭され、目に輝きが宿っていた。


「ここのご飯はおいしくて、お風呂は温かくて、何より旦那様とコール様は優しくて……奥様はちょっと意地悪だけど。その恩を返せるだけのものは、わたくしはまだ持っていません。

だけどきっと、報いるだけの力を身に付けると誓います。だからどうか、しばらくの間ここに置いてもらえませんか?」


 深く頭を下げるカトリシアを、母はじっと見下ろした。


「それは、働きたいって事でいいね?」

「はい!」

「明日からはお姫様じゃなくて、新人バイトとして扱うから。手加減もしないよ」

「はい! あ、わたく……私の事は『オーガスティン』とお呼びくださいませ」


 受け入れられてホッとしたのか、カトリシアの返事にも張りが出る。辺境とは言え帝国内で皇女が本名のままなのもまずいだろうと、偽名を提案するが……


「オーガスティンって……」

「カトリシアは城を追い出されましたから。今は何もない、オーガスティンです」


 何もない、と言いつつカトリシアは晴れ晴れとした笑みを浮かべた。普通の女の子らしい表情に、不意打ちを食らったようにドキッとしてしまう。


「ま、何でもいいけど。コール、この子の世話はあんたが責任持ってやるんだよ」

「あ、うん……ところで、部屋は」

「当然、あんたのとこだよ」


 容赦ない母の決定に「うえぇっ!?」と情けない悲鳴を漏らすコール。それを不思議そうに首を傾げて見ているカトリシアは、まだまだ子供から脱却し切れていなかった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 


 自分の部屋を宛がえと言われ、逆らえなかったコールは渋々カトリシアを案内した。こんなお姫様を、お世辞にも綺麗とは言えない思春期男子の部屋に入れるのはなかなか躊躇するものだ。


「ここだよ。散らかってて狭いけど……」

「豚小屋よりはマシね」


 そのレベルなのかと落ち込む。ここは豚小屋そのものじゃなかった事を喜ぶべきなのか。


「あ、でもベッドが一つしかないけれど」

「一人部屋だからな」


 城の天蓋付きふかふかベッドじゃなくて悪かったな、と思ったが、モジモジした様子からカトリシアが何を心配しているのかが分かってしまう。


「心配すんなって、俺は床に布団敷いて寝るよ」

「そ、そんな。元々あなたの部屋なのに」

「じゃ、どうする? 二人でベッド使う?」

「……」


 ズバッと言ってやれば、顔を赤らめて俯いてしまう。子供子供した箱入り娘でも、さすがに意味は通じるようで、意地悪したなとコールは頭を掻いた。


「悪いと思うなら、なるべく早いとこ自立を目指そうぜ。お袋もせっつくために同じ部屋にしたんだろうし」

「……ごめんなさい」

「いいって、ほっとけないからって連れてきたのは俺なんだしさ。最後までちゃんと責任は取るから」

「せっ、責任!」


 いちいち狼狽えるのはもう気にしない事にする。恐らくカトリシアの考えている責任は、コールとは違う。どこぞの豚飼い王子とは違い、嫁入り前の娘に手を出す気はない。


 軽く掃除してスペースを確保すると、コールは床に運んできた客用の布団を敷いた。カトリシアがベッドに入ったのを確認してから、灯りを消して自分も布団に潜り込む。


(……眠れない)


 奇跡のように美しくやんごとない姫君が、すぐ近くの自分のベッドで横になっている。明日からは着替えの時も気を使って退室しなければならないだろうし、プライベートはほぼないと言っていい。

 母は間違いを起こさないとでも思っているのだろうか。それとも二人まとめてお仕置きという意味なのか?

 悶々としていると、隣でごそりと寝返りを打つ気配がした。


「ねえ、起きてる?」

「ああ」

「わたく……私の事は洗いざらい話したのだから、今度はあなたの話が聞きたいわ」


 どうやらカトリシアも眠れないらしい。だからと言って、彼女を満足させられるのか自信はない。


「俺はしがないラーメン屋の息子だよ。面白い話を期待してるのなら残念だったな……まあ、両親の方は馴れ初めとか経緯が濃いんだけど……」

「それでいいわ。聞かせて」


 暗闇の中、こちらに視線が向けられているのを感じる。

 コールは今日一日の怒涛の展開で疲れ果てていたが、カトリシアのためにぽつりぽつりと話し始めた。


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