まるで極上の麺のような
ガンッ!
おかもちでぶん殴られた男は体勢を崩すが、中は空なのでそれほどダメージはなかったのだろう。一方のコールは、勢いで小屋の中に転がり込んでしまった。危うく火のついたかまどに激突しそうになるのを何とか避けて立ち上がると、のろのろと起き上がった少女は突如現れた救世主を呆然として見つめている。
「よくもやってくれたな、クソガキ……ぶっ殺してやる」
「お嬢さん、危ないから出来るだけ下がってな」
「え? え?」
忠告に戸惑いつつも、部屋の隅っこまでズリズリと移動する彼女。フルスイングした際におかもちは手から離れてしまったので、今のコールは手ぶらだ。それもあってニヤつきながら近付いてくる男は完全に失念している。すぐそこに、とんでもない破壊力の武器がある事に。
バシャッ!
「アッぢいいいいいっ!!」
かまどの上の小鍋を引っ掴み、ぐらぐら煮立った湯をぶっかけてやれば、男は悲鳴を上げて小屋から飛び出した。コールにも少し飛沫がかかってしまったが、ラーメン屋なのでこの程度の熱湯には慣れっこだ。残りの湯でかまどの火を消してしまうと、鈴の音が止んだ。どうも中身が沸騰するとメロディーを奏でる仕組みらしい。
「おい、大丈夫か?」
「……」
部屋の隅に避難した少女はポカーンとするだけで、目の前で手を振ってみせても反応がない。とりあえず無事なのか……胸元のボタンはいくつか弾け飛んでいるが、下はどうかと捲ってみたところ、ドロワーズを脱がされた形跡はなかった。
バチンッ!
「いってぇ!」
いきなりビンタされて顔を上げれば、我に返ったのか真っ赤になって涙ぐんでいる。
(あ、思いっきりスカート捲って中を見たな……当然か)
「さっきの男、追っ払っちまったけどあれでよかったのか? 恋人には見えないが、もし
一応確認しながらも、さすがに無理があると自分でも思った。人が滅多に来なさそうな森とは言え、ドアもない掘っ立て小屋で、地べたに押し倒されていたのだ。
危機が去ってようやく現実味が出てきたらしい少女は、震えながらも疑問に答えてくれた。
「あ、わた、わたくしその鍋でお湯を沸かそうとしたの。でも火のつけ方が分からなくて……そうしたらこの小屋の持ち主だというあの人が入ってきて、手伝ってくれたんです。それでお礼を……したいと言ったら……」
「アホか、森番なら猟犬も連れてるはずだろ。それにドアがないって事はここは廃棄されてる。あいつはたぶん山賊だよ」
そう指摘してやると、サーッと血の気が引いた後に彼女はシクシク泣き出した……世間知らずにも程がある。ドレスだけはやたら豪華だし、まさか本当にお姫様だとでも言うのか。
(でも……)
コールは改めて彼女を眺める。まるで極上の麺のような黄金の髪。ネギのように青々とした瞳。チャーシューのようにかぶりつきたくなる真っ赤な頬と唇……そこにキラキラと涙が流れ落ちて――
(あれ、この子かわいくね??)
空腹時に差し出されたラーメンを見るような目をしていたらしい。警戒した表情で後退る少女に、必死に何もしないと言い募る。いつまでもこんな場所にいて、山賊に戻って来られたら大変だ。
凹んだおかもちを拾い上げ、とりあえず行くあてがないなら家に来ないかと誘うと――
「あの、でしたらそこの小鍋と……あと、これも持って行っても?」
「何だよ、そのガラガラ?」
小鍋は何やら不思議な力と言うか仕掛けがあるので、値打ちものかもしれないが。少女によると、両方とも大切なものらしい。
「小鍋は煮ると『かわいいオーガスティン』を奏でるのです。中身がただの水だった場合は周辺の家で作られた料理の匂いがしますのよ」
「なるほど、それでラーメンの匂いがしてたのか」
ラーメンは配達したものだが、温め直したり取り分けたりするだけでも『料理』と言えなくもない。食べ物を持っていなかった彼女は匂いだけでもと湯を沸かして飲むつもりだったようだが……
(なんでこんな森の奥に一人でいたんだ?)
「そしてこのガラガラは、世にある全ての音楽を再現できますの。すごいでしょう!?」
「あースゴイネー。でもたぶん、あいつも同じ事できんじゃね?」
小鍋と割れた丼鉢をおかもちに仕舞って小屋から出ると、木の上に留まってこちらを見下ろしている小鳥を指差した。ここまでコールを案内してくれたから、てっきり彼女のペットかと思ったのだが。
「! あのナイチンゲール、こんなところまで……」
「お前のじゃねーの?」
「いいえ……ある御方から贈られたのですが、わたくしは受け取らずに逃がしてしまったのです」
(え、返却じゃなくて空に!? それは感じ悪いな……まあ、くれるって言った以上は好きにしていいと思うけど、飼われてる鳥が自然の中で生きていくのは難しいぞ)
「花はいつか枯れ、命はいつか尽きます。その様を見届けなければならないのなら……最初から要りません」
簡単に人を信じたり玩具をありがたがったりと、子供っぽいかと思いきや悟った事も言う。そのまま道を外れそうになったので、コールはそっとガラガラを握る手を取った。
「何を……!?」
「こっちだよ」
そしてカムフラージュしてあった岩場を探ると、人一人が潜り込めそうな祠が出現した。地面には魔法陣が描かれ、その上に立てば指定した場所に飛ぶ事ができるのだ。
魔法――そう、これによって短時間で遠く離れた場所への出前が可能だったのだ。
「一人用だから狭いけど、すぐだから我慢して」
「分かりましたわ」
くっつかなきゃいけないと言った途端、躊躇なく抱き着かれた。柔らかな感触に、女の子と抱擁している現実を思いっきり意識してしまう。
狼狽えるまま景色がぐにゃりと歪み、気付けば二人は暗がりの中で抱き合って座り込んでいた。何が起きたのか把握できてない彼女がキョロキョロしていると、
「コール、帰ったのかい? 出前は全部……あらっ!」
急に明るくなったと思ったら、引き戸を開けたコールの母が目を丸くしていた。おかもちはベコベコに凹み、乱れたドレスの金髪美少女にしがみつかれていたコールは――
「悪い、お袋。一人分ダメにしちまったから……豚骨ラーメンチャーシュー大盛り、もう一丁!」
両親からめちゃくちゃ怒られたのだった。
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