第34話 若旦那のお説教
「
「はい」
「出先で
「はい……!」
「場所によっては勢力争いに響くんだよね」
だからもう少しよく考えておくれよ、と
柚良は
しかも表の世界の罪と逃亡犯ということは積極的に隠していないとはいえ、面倒事を避けるため基本的に伏せることにしてある。だというのにあれだけ目立つ行動――少なくとも
すみませんと謝る柚良に椅子を勧め、蒼蓉は「まあ」と語気を緩めた。
「天業党はウチと競合してるわけでもないし、学校で娘二人を預かる程度には友好的な組織だからね。水面下で戦争おっぱじめることにはならない。ただ」
「た、ただ?」
「口が堅い組織でもない。覚悟しときなよ、君の力や立場を利用しようとする奴や、皇子殺しの罪自体を利用しようと考える輩の耳に入ったかもしれない」
それはつまり万化亭にも影響を与えるということだ。
素直に反省した柚良は再び頭を下げたが、蒼蓉はその顎に手をやり上を向かせる。
「反省してるみたいだから一旦水に流して、ボクからお願い事をしようかな」
「……?」
「
ペルテネオン通りで見かけた見慣れない売人もそこに繋がっていた。
その組織は古くからある各派閥などお構いなしに手を出しているという。
「まだ名前もまだわからないけど、もしこいつらに繋がるような情報を得たらボクに教えてくれないか」
「……てっきり近づくなって言われるのかと思いました」
「いやァ、糀寺さん、ボクがそう言っても生徒や大切なものが絡んだら近づいちゃうでしょ」
「よ、よくご存じで!」
「なんとなくわかってきたからね、困ったことに」
蒼蓉は言いながら「そういうところも好きだが」と気持ちをまったく隠す気がない様子で柚良の頬を撫でた。
「それにしても事件に巻き込まれたことは報告しましたけど、もうすでに天業党とのことや黒緋蜂の頭蓋会のことも把握してるなんて、さすが蒼蓉くんですね~……」
「ははは、ウチの情報網を侮ってもらっちゃ困るよ」
そのままずいっと顔を寄せた蒼蓉は口角を上げているものの、目が笑っていない表情で言う。
「君とデートに行ったのが魔法専門学校の教員だってことも知ってるよ」
「へ?」
「アルノス・テーベルナイト。推定二十二歳、
本人のいない場所で詳しい情報を知ってしまった。
ぽかんとしていた柚良は申し訳ない気持ちになりつつ蒼蓉に訂正する。
「デートじゃないですよ、遊びに行っただけです」
「ほう?」
「それに……なんと! アルノスさんは私とお友達になってくれたので! 蒼蓉くんが心配することは皆無ですよ!」
――アルノスが盛大にスッ転んだ後、何やら歯切れが悪かったものの「じゃあ、うん、お友達ね」とOKをもらったのだ。
柚良的にはアルノスがここで『お友達』になることを許可した時点で彼は友人であり、その前は同僚や仲間だった。
アルノスが彼氏に立候補したのも軽口の一環か、もしくはからかってのことだろう。そう柚良は思っている。
蒼蓉は人によっては呼吸が止まるような笑みを引っ込めると肩を竦めた。
「はー、わかってたけどね。糀寺さんの恋愛に関する感性は中学生より可愛らしいってことは」
「えぇ!? なんですかその評価!?」
「ここはボクが譲歩しよう。でもね」
蒼蓉は今度は面白げな感情を込めた目で笑う。
「これは多少の威嚇が必要だ。少なくとも君が通う学校内ではボクが心配するようなことが起こらないようにしないと」
「い、威嚇ですか。まさか学校にグングニルでも持って乗り込むんじゃ……」
「凄い想像するね君。でも多少は掠ってる」
肩を揺らして笑うと蒼蓉は己の指を見せながら言った。
「婚約指輪、明日見に行こう。そのあと学校の教師陣に挨拶に行くよ」
「これまた急な……!」
「萎縮させると仕事の効率が下がるから嫌なんだけどねぇ。まあボクの心配事を一つ減らすと思っておくれよ」
そんな心配するようなことにはならないと思いますけど、と柚良は目で訴えたが、自覚も何もない柚良が言ったところで説得力は皆無である。
なんにせよ婚約指輪は近々見に行こうということになっていた。
それが早まることになり、ついでに挨拶まで追加されただけだ。
(どのみち学校の方々にはいつか言おうと思ってたし……さすがにこれでトラブルなんて起こらないはず)
丁度いいか、とそんな安直な思考で柚良は「わかりました!」と頷いた。
***
今日は疲れたろ、言いたいことは言ったからゆっくり休みなよ、と。
蒼蓉がそう伝えると柚良は頭を下げて部屋を出る。
その背を見送り、蒼蓉が崩していた姿勢を戻したところでイェルハルドが姿を現した。
彼はすでに書いてあったメモを見せる。どうやら早い段階から言いたいことがあったらしい。
『あの程度でいいんですか』
「あれは糀寺さんの二番目の「どうしようもないところ」だからね。一番目の魔法への関心と同じく矯正できる部分じゃない。つまりこれから共にやってくならボクが譲歩すべきところだ」
『ですが個人の感性で行なう人助けにしては規模が大きすぎます』
「だね。ただ、まぁ」
蒼蓉は扇子を机の上に置くとイェルハルドを見た。
「糀寺さんも馬鹿じゃない。今後はもう少し熟考した上で動くだろうさ」
『そうでしょうか……』
それでもどうしようもなくて致し方なく力を行使するなら万化亭でサポートに動く、と蒼蓉は言う。
護衛として気配を消して潜み、柚良の物騒な面を山ほど見てきたイェルハルドには不安しかない。
恋は盲目だ。優秀なはずの蒼蓉は柚良が絡むと随分甘くなる。それを自覚しているのだろうかと心配する気持ちは護衛頭としてではなく、幼い頃から知っている人物としての気持ちだった。
だが蒼蓉は機嫌良く言う。
「それにこれ、糀寺さんにわかりやすく恩を売れるんだよね」
『恩ですか』
「すでに大恩売ってるけど、スタート地点が0だとわかった今は更に信頼を稼いでおきたい。で、今回の事件もボクとしちゃわりと歓迎だった」
面倒な仕事はちょっと増えたけど、と続けつつ、すでにその仕事の大半を片付け未解決案件にも手を打った蒼蓉は足を組む。
「アルノス……と、その後ろのメタリーナを泳がせてたのは糀寺さんに後ろめたさや罪悪感を感じてもらうためだった。その後視察と称して牽制しとこうと思ったんだ。けど」
そこで事件が起こった。
結果的に柚良に『婚約者が居るのに異性と遊びに出掛けること』に罪悪感がないとわかった上で見るなら渡りに船だ。
なにせ柚良は事件により悪目立ちし、恩人に迷惑をかけるという点には罪悪感を感じるのだから。
「ちょっと不服だが足掛かりとしては悪くない。別件扱いとはいえ罪悪感を持たせたおかげか婚約発表の件も嫌悪感を抱かせず一気に進められたしね」
「……」
「なんだ、おかしいか?」
『いえ、存外慎重だったんだなと』
柚良との距離の詰め方の話だ。
蒼蓉は一瞬きょとんとすると、目を
「モノにするだけなら初日から手篭めにしてる」
『なるほど』
「ボクはこれでも普通の恋愛をしてるつもりだ、イェルハルド」
蒼蓉は黒い爪に灯りを反射させながら言う。
「ボクはさ、好きな人の心まで欲しいんだよ」
確実に、と。
そう続けた蒼蓉を見てイェルハルドは思う。
心ごと欲しい相手にふっかけるにはなかなかに計算高すぎる作戦だが、あの価値観が妙な歪み方をした無邪気な天才に通用するだろうか。
恐らく柚良は実際には学校内の報告が不要なほど蒼蓉が柚良の周囲のことを把握していると知っても怒らないだろう。むしろ納得するかもしれない。
一般人と隙の出来方が異なる。
つまり経験則を主軸にしている蒼蓉には相手が悪い。
(けれど、まあ……)
蒼蓉も相当な歪みっぷりだ。
これだけ主人に想われているというのに軽率なことばかりする柚良をイェルハルドは初見から苛ついて見ていたが――存外、お似合いなのかもしれなかった。
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